#84 禁匣の聖戦
仮想現実世界、アースヘブンに囚われてから──10年の時が過ぎた。10年……ここまで長かったような、一瞬で過ぎ去ったような。決して忘れる事のない異世界での人生。脳裏に旅の様々な思い出が過る。今、俺達の長い旅路が終わりを迎えようとしていた。
「いよいよだな。禁匣チケットは集まったし、装備もレベルも、前哨戦も完璧に終わった。後は……首魁である奴を倒すだけだ」
「ええ……アタシが作ったものが、本当の意味でのラスボスになるとはね。複雑っすけど、やるしかないっす」
終焉の塔『ラグナロク』の頂上で、俺達はそれを待ち構える。最早この世界に、俺達に対抗できる敵は存在しない。世界の外側からやってくる滅びの邪神。負けてなるものか。世界最強の力を……こてまで培ってきた10年の全てをぶつける。
「大丈夫だよ。パパ、ママ。僕たちがついてるから」
「はい、シーナはまけないのです!」
隣に並び立つユオンとシーナは、静かに武器を構える。最初は何度も説き伏せた。本当に死ぬかもしれない戦いに、お前達を連れてはいけないと。
しかし……2人は俺の意見を実力で振り払った。通常、あり得ない存在である2人は、世界をも破壊しうる力を有していたのだ。信音の血を引いているからなのか、頭脳、バトルセンス、どれを取っても天才的だった。非力な子供という常識を覆し、法則の殻を破った。この子に敵う者も存在しない事だろう。間違いなく世界最強の子供達だ。
2人には、誰にも曲げられない強い意思が瞳に宿っている。それを否定するのは、親として失格だ。俺も信音も……2人を信じている。俺達4人で禁匣を封印する。それしかない。
「来たよ!」
ユオンが声を上げ空を指差す。その方角から、神々しいオーケストラと共に、空から舞い降りた異形の生物が姿を現す。悪魔と天使の羽根が幾数にも重なり、女性型の本体の腰からは、黒い龍のような顔が生えている。背負う光輪には書物、剣、天秤とあらゆるものが連なっている。神々しくも、どこか禍々しいその姿を顕現させた。星を喰らう者『パンドロメダ』ついに来たか……破滅の使者である禁匣の一柱。
攻略情報は信音に教わり、その全てを叩き込んだ。だが、実物を目の前にして、この張り裂けそうな緊張感は拭えない。とてつもない威圧感だ。だが……逃げるわけにはいかない。俺達は──未来へと進む!
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誰1人として一切のミスも許されない。1人のミスが全滅を招く。今までの全てが……水泡と帰す。瞬きすら許されない刹那の時で勝負が決まる。そんな極限の緊張状態の中で、俺達4人はパンドロメダと剣を交えた。
しかし……研鑽を積み、全てを完璧に立ち回っても、勝てる保証は無い。俺は忘れていたんだ。この禁匣というコンテンツ、最後には結局──運なのだと。
「あ、なんかしてくるよ!」
パンドロメダは破滅の歌声を聞かせながら、翼を最大限に広げて、胸の辺りで光と闇が集束した混沌のエネルギーを作り出す。その強力な重力波は、立っているのがやっとの程。
「くっ、奴が力を溜め始めた。残りHPが20パーセントを切った証っすね。あともうちょっと……でも、これをくらったら終わりです! 佑樹、カードスキルを!!」
信音は腕を押さえ、血まみれになりながらも、俺に必死でそれを請う。カードスキル『堅牢なるファランクス』あれしかない。味方全員に、魔法攻撃無効を3秒間付与する防御スキル。これを引かなければ、俺達は一瞬で塵となる。
カードの手札は完璧なランダム配置になっているが、乱数を無視した仕様にはなっていない。偶数ターンと奇数ターン……今のカードが何ターンドローしていないか、このカードはあのカードをドローしないと出現しない……等、そのあらゆる法則を掴めば、ドローするタイミングはある程度分かる。しかし飽くまである程度。100パーセントでドローするカードは存在しない。堅牢なるファランクスを引く確率は大体75パーセントって所か……いや、迷うな……疑うな。ここで終わるはずがない。俺は決死の思いで手札を引いた。
「ここでのドローが全てを決める……頼むぞ、うおぉぉドローッ!? な、こ、これは……!!」
「佑樹!!」
「……」
「……佑樹!?」
「パパ!」
「……終わった」
俺の手に握られていたのは──『アダマスの右腕』だった。25パーセントを……外したのだ。俺は武器を捨て、空を仰ぎ、今尚も力を溜めるパンドロメダを眺める。
「佑樹……!」
「パパ……!!」
信音と子供達も、全てを悟ったかのように臨戦態勢を解いた。3人共に、とんでもない驚愕の表情を見せている事だろう。長かった旅が終わったのだ。呆気ない気もするが……これもまた一興だ。俺はこの世界で築いた全てに感謝をし、静かに目蓋を閉じた。
「ああ……終わった──」
「俺達の勝ちだ!!」
俺は目を見開き、手に握られたアダマスの右腕を実体化させる。この瞬間を待ちわびていた……これで揃ったんだ! アダマスの腕、このカードは単体では何の意味も成さない謂わば捨てカード。しかし、これのグループに属する他4つのカードが揃った時、最強のスキルが発動する。
しかしこの全てのカードを戦闘中に揃えるのは、困難極まりない。確率は約5パーセントくらいだろう。確かに当てれば強いスキルだが、禁匣の戦闘で狙うものではない……他のカードをドローしてスキルを放った方が遥かに効率はいいからな。ましてや、やり直しが絶望的なこのコンテンツで、そんな大博打をする奴なんていないだろう。だが俺は……やったんだ。勝負に勝った! 俺は手札に残していた4のカードを含めた5つのカードを全て破壊し、その救世主の名を呼ぶ。
「アダマスの右腕、イージスの左腕、ハデスの頭、タラリアの右足、キビシスの左足! 5つの封印を解き、今こそ現世へ降臨せよ──ヘルゼウス!!」
俺の呼びかけに応えるように、空から1人の巨人が降り立った。黄金の鎧を身に纏った威厳ある神話の騎士。10mはあろう剣を振りかざし、それをパンドロメダへと向ける。
「5つのカードが1つのカードへ……これが『ヘルゼウスの一撃』か。相手の防御力、特性、ギミック。これらを無視し、敵HPの25パーセント、必中割合攻撃を敵全体へ与える。意外とショボいように見えるが、エンドコンテンツである禁匣で使えれば反則級の技だ。そうだ、もうHPが2割を切ってるお前にこれを当てれば……分かるよな? 俺達は負けられないんでね。悪く思うなよ──」
竹刀を振りかぶるように、手を頭上へと持っていく。巨人は俺の動きとリンクし、剣を構え、パンドロメダへ王手をかけた。
「いっけえええぇぇーッ!!!」
俺の怒号と共に、巨人が大地を震わすような雄叫びを上げる。そして光の大剣は下ろされ、パンドロメダの巨体を切り裂いた。敵は聞くに耐えない絶望の断末魔を上げると、身体中から光を放出させその肉体を縮ませた。そしてどこからともなく、消費した禁匣チケットが舞ってきて、その紙を青く輝く10本の鎖へと変形させ、パンドロメダに向かってとぐろを巻いていく。それはやがて天へと昇っていき、流星のような速さで姿を消していった。ここに、禁匣の封印は果たされたのだ。
俺達は──禁匣の聖戦に勝利した。




