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移行中  作者: あ
甲斐田 信音編
83/106

#83 本当の幸せとは

『ねえパパ、ママ……』

『ん、どうしたんすかユオン』

『眠れないのか?』

『ボク、こわいゆめ見たんだ……パパとママが遠くにいってかえってこないんだ……僕と赤ん坊のシーナはずっと泣いてて……とってもさみしかった』

『ユオン……』

『ねえパパ、ママ。もしパパとママがとおくへいっちゃっても、見つけだして、ボクたちをむかえにきてくれる?』

『……ああ。約束するよ。お前達を忘れる訳がない。どこへいっても、パパとママが会いにいくからな』

『ええ、ユオンとシーナはアタシ達の大事な子です……絶対離したりしませんよ──』


 ────

 ──


 仮想現実世界、アースヘブンに囚われてから──8年の時が過ぎた。相も変わらず、平和な日々を享受している。


「わあ、すごいね!」

「ああ、そうだな。魔法パレードはいつ見ても綺麗だ」


 俺達は大聖堂の町アンヘリノへ足を運んでいた。今この町は年に一度の魔法凱旋式典『アース・ファンタジア』で大にぎわいを見せている。各国から魔法使いのギルドや公認団体が、この日の為に鍛練を積み、そのパフォーマンスを見せ付ける。現実世界のエレクトリカルなパレードに似たお祭りだ。

 執政貴族の特等席で、家族でディナーを楽しむ優雅な一時。先頭から最後尾まで、ここからならよく見える。子供達も目を輝かせて楽しんでいるようで何よりだ。


「団欒の最中、失礼するよ」


 奥の扉から、ロココ調の衣服を纏った上品な壮年男性がやってくる。ここを貸してくれたこの町の辺境伯だ。4年前、この町の裏で暗躍した暗殺兵団絡みの一連の事件も今は昔。その事で大恩ある辺境伯は、それからずっと俺達と懇意にしてくれている。20歳程年上だが、長い間共に冒険もした……謂わば信頼関係を築いた仲間でもある。


「どうかねユーキ。ここから見える景色は圧巻だろう」

「ああ。気を使わせたな辺境伯。ありがとう」

「いいんだ……地に落とされ、一男爵で生涯を終わるはずだった私が、今こうして爵位を取り戻せたのも、全て諸君のおかげだ。これでも恩は返しきれぬ程さ」

「おひげー!」


 突然、辺境伯の顔が菱形に変形する。ぐにーっと後ろから顔を摘まむのは──長女のシーナ。ユオンの妹で現在3歳。遺伝子は信音の方を色濃く残した、完全な人間タイプ。そして、誰に似たのかユオン以上のヤンチャ者だ。俺は慌てて娘を引き剥がす。


「ちょ、ダメだろシーナ! 人の顔で遊ぶんじゃない! 悪いな辺境伯……」

「ははは。いいんだ、子供はこれくらいの方が可愛いじゃないか。しかし大きくなったなシーナ……ユオンも背が伸びたようだ。父に似て男前に育ったな」


 涙目で頬を擦りながら、シーナの頭を撫でる辺境伯。俺の隣に座るユオンは、褒められて嬉しいのか鼻の下を擦る。


「下に降りて、パレードを間近で見たらどうかね? その方が子供達も喜ぶだろう」

「そうしてーのは山々なんだけど、ちょっと人目がな……」

「あ……はっはっは! そうだったな。君が降りて行ってしまえば、パレードの見物客が全て押し寄せてくるだろうね。君の名声はアンヘリノに止まらず、今やアースヘブン中に轟いているからな」


 照れ隠しで思わず頬をかいてしまう。ここ数年で色々あったからな……ゲームを進めてただけのつもりが、各方面から『伝説の英雄』なんて恥ずかしい呼ばれ方をしている。どこへ行っても、人を神様みたいに扱うもんだから、俺も信音も辟易している。俺達が望むのは、家族との平穏……ただそれだけなのだから。


「私が醸造したワインだ。この煌めく景色に乾杯しよう」


 辺境伯はどこからかワインボトルを取り出し、それをグラスに注いで俺に差し出す。ワインか……こういうのも久しぶりだ。彼と乾杯の音を奏でる。そのグラスを傾けると、芳醇な果実の香りが鼻腔に突き抜けてきた。


「ん……酸いめの葡萄が心地いいな。ブレンドされた甘味もまた丁度いい。美味しいよ」

「フフ、そう言ってもらえると冥利に尽きるよ」


 公用の場で飲みすぎたせいか、酒類には舌が詳しくなっていた。国の式典やら戦勝の宴やら……この世界じゃ酒からは逃げられない。本当は飲んじゃいけない年齢なんだけどな……いや、まあ今年で25歳だけどさ。


「美味しそうっすね。アタシにも下さいよ」


 扉から聞き慣れた声が近付いてくる。信音だ。振り返ると、そこには珍しく正装に身を包んだ妻が。群青色に輝いたバックレスのフォーマルドレスを着込んでいる。宝石細工をあしらったイヤリングから覗く信音の微笑みは、まるで御伽の国のプリンセスだった。見目麗しい妻の姿に、俺は暫し見とれてしまった。


「おお、もう1人の英雄シオン。久しぶりだね。相変わらずお美しい……いや、素敵な妻を持ったユーキには嫉妬してしまうよ」

「ローゼル男爵……あ、もう辺境伯でした。お久しぶりっすね。にしし。ユオン、シーナ。いい子にしてたっすか?」

「ママきれーい!」

「おひめさまー!」

「綺麗だよ信音」

「ゆ、佑樹……あんま面と向かって褒めないで下さいよ……」


 無垢な子供のように口を尖らせて赤面する信音。その反応は相変わらずだな……そこもまた可愛いんだが。


「……ユーキ、シオン。2人で積もる話もある事だろう。私は子供達と一緒にパレードを近くで見てこよう。心配無い、こう見えても執政貴族だからね。警護は万全にしておくよ」

「いいのか? そうだな……じゃあお願いするよ」

「パレード近くで見れるの!?」

「わーい! まほー!」


 辺境伯は2人を連れて下へと降りて行った。彼は信頼出来る冒険仲間だ。子供達は任せても安心だろう。俺と信音は、ベランダの柵から身を乗り出し、喧騒止まない町を眺める。


「お……このワイン中々なもんっすね」

「お前、酒飲める年なんだっけ?」

「今年で成人っすよアタシは。しかも、この世界じゃとっくに20越えてるんで、なんも問題ナッシングです。ここは紳士淑女の町っすからね……大人の色気をムンムンさせないと」


 信音はグラスを回しているが、視線がパレードに集中している。最早テイスティングでも何でもない。ブルジョアっぽく振る舞っても、素が思いっきり露見している。


「やっぱいいですね……祭りっていうのは。平和になったのが実感出来ますよ」

「ああ……」

「……気を遣ってくれたんすかね。流石貴族……同調意識が物言う場所に身を置いている分、読心術に長けてるっすわ」

「信音……」

「ええ。この手の話は、子供達の前じゃ話せないっすから。ユオンももう5歳……聡明なあの子は、アタシ達の話を理解出来ちゃいます」

「……分かったんだな?」


 お互いの目は合わせずに、信音は頷く。いよいよこの日が来たんだな。


「話してくれ」

「大前提として……佑樹。このアースヘブンで培った全てを犠牲にしても、現実世界へ帰りたいですか?」

「……ここでの生活は幸せだ。お前がいて、仲間がいて、家族がいる。全てが充実してて、何一つ不自由が無い天国のような場所だよ。でもさ……どれだけ自分は魔族のユーキだって自覚しようとしても、後ろめたい暗い感情が心の奥底から出てくるんだ。俺だけが現実から逃げ出してるようで怖くなって……やっぱり俺は、地球で生まれ育った人間なんだよ。アースヘブンで生まれた魔族のユーキじゃない……俺は佐藤佑樹だ」

「……」

「それに……俺を呼ぶ声がするんだ。俺にはまだやるべき事がある……()()()()()がいるって……やり残した事があるんだって、光の中から手を差し伸べるようにさ。俺は……ここにいるべきじゃない。俺は──光宙高校に帰りたい!」

「佑樹……」


 何が本当の幸せなのか、今の状況は望むべきしてなったのか、今のままでいいのか……と、自問自答した日々は数知れない。英雄と呼ばれ、望む物全てを手に入れた。でもそれは、決して俺の力ではない。この力も、魔法も、運も。今の俺の全てはゲームの中の主人公でしかないんだ。幸せだったさ……でも、それを受け入れてしまえば、大事な何かが壊れてしまう。そんな気がしたんだ。


「フフ……佑樹ならそう言うと思ってましたよ。アタシは正直言ってしまうと……佑樹が否と首を横に振れば、この世界で生涯を終えるつもりでした。でも安心しましたよ……佑樹は……センパイはセンパイなんだなって。アタシも同意見です。アタシにはまだやるべき()()がある。帰って果たすべき責務がある。ここで死ぬべきじゃないですね」

「信音……」

「方法は確実なものを見つけましたが、簡単ではありませんよ。帰還方法、それは──禁匣の聖戦の報酬です。報酬の内容は、どんな願いでも叶える禁匣の盟約と呼ばれるモノ。その力を使うのが、アースヘブンから現実世界へと帰還する唯一の方法です」

「禁匣……! ついにここでか」

「ええ。本来は莫大な財産であったり、伝説の装備品であったり、ゲーム内だとそれなりの制限はありますが、ここは異世界。その願いに制約など無いでしょう。聖戦に打ち勝ち、現実に帰れるように盟約に願えば──帰れると思います。

 ですが、最高難易度の戦いというのをお忘れなく。準備やトレーニングは必須ですし、何より問題なのは期間です。禁匣の聖戦は、数十年に一度やってくる災いを退けるという設定が生きているはず。その周期は、現実で1日10日過ぎるゲーム内では頻繁に開催されますが、時間がゲーム通り進むこの世界では死活問題。幸か不幸か、禁匣はあと2年で降臨しますが、逃したら何十年後になるか……勿論っすけど、ゲームオーバーでもなれば、本当に()わりますよ」


 不思議だな……絶望的な戦いになるというのに、恐怖心は一切無い。本当に帰ることが幸せなのかも分からない。それでも……俺は前に進みたい。ゲームの世界ではなく、元の世界でまた、信音と歩みたいんだ。


「覚悟はしてるようっすね。あと2年……修行の日々ですよ」

「ああ、もう決めた事だ──待ってろ、禁匣!」

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