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移行中  作者: あ
甲斐田 信音編
81/106

#81 誓い、そして

 アースヘブンの南東に位置する孤島──小さな港町ヨスタピルカ。俗世間からの柵からは隔離された安寧の地。静かな海に囲まれた町は、まさに南国の楽園だ。


「いいもんだな……海の上の式なんて粋じゃないか」

「っしょ? センパイが、夕日に照らされた海で2人きりで誓い合いたい……って言ってたのを思い出したんすよね〜」

「おま……いつの話だそれ!」

「にしし。アタシの地獄耳を舐めない事っすね。アンヘリノ以外で結婚するの初めてっすよ」


 悪戯っぽく笑う信音。海辺の教会から少し離れた浅瀬の海上。俺達は丸木舟に揺られ、2人きりの時を過ごしていた。橙色に輝く夕日が水面に写り、舟は余多の花束で装飾されていて、とても幻想的だ。


「センパイ。誓いは男が立てるのがここの習わしっすよ。早くしないと日が暮れちゃいます」

「せ、急かすなって……緊張するんだから」


 今──俺達は結婚式の最中だ。大勢の来賓も、親族や神父もいない。海と共に生きるヨスタピルカの民の風習に習って、母なる海の上で永遠の愛を誓う。2人だけの小さな結婚式だ。互いの脚が交差するほどの狭い舟上。目の前にいる彼女が、これから生涯の伴侶となる。やっぱ緊張するな……こういうの初めてだし。


「えと……その……私はアースヘブンの神々に誓い……永久不滅の愛を……えっと……」

「んもー、聞こえないっすよ……って、あっ」

「うわちょ、狭いんだからバランス考えろって……うぉわ!?」


 ぐいっと顔を寄せる信音。片方に重心が傾いた舟は、船体を大きく揺らす。信音と俺は体勢を崩し、信音がそのまま覆い被さるように倒れてくる。

 が、幸い転覆する事は無く、舟はそのまま安定した。俺と信音は胸を撫で下ろすと、上体を起こさずに互いに笑い合う。俺は今にもくっつきそうな距離の瞳を見つめ、その細い腰に手を回す。


「……なあ信音、運命ってすごいよな。俺、父さんに結婚相手を探せなんて言われたけど、まさかこうして異世界で式を上げるなんて、思ってもみなかった」

「そりゃアタシもですよ……センパイとはくっつかないだろうなーって思ってたんすから。経緯はちょぴっと強引だけど、アタシはそのきっかけに感謝してますよ。現実じゃ絶対に──いや、今この幸せな時間を享受します。あー……ずっと覚めなければいいのにな……」


 信音は泣きそうな顔を見せると、俺の胸に頬を当てる。彼女の小さな息遣いが伝わる。身体越しにトクントクンっと鼓動を感じる。全てが愛おしかった。


「出会ってからの3年間、色々あったな」

「そうですね」

「お前と一緒になれて良かったって思う」

「アタシもですよ」

「お前はすぐに自分を犠牲にするし、知識を求めて暴走する」

「センパイはすぐ突っ走るし、気まぐれでいて、その場の感情に流されやすい」

「だから……お互いを支え合っていくんだよな」

「そうですよ。2人一緒に、頑張って生きていくんです」

「これからは……何があっても信音を守るって誓う」

「アタシも、ずっと見守ってるし、センパイを助けるって誓います」

「そして──愛するって誓うよ。信音」

「はい──アタシもです」


 信音は更に体重を預けてくる。沈み行く黄昏の海。誰もいない2人だけの世界の中で、俺達は何度も、不滅の愛を確め合ったのだった。


 ────

 ──


「ここも久しぶりだな……3年ぶりか?」

「そうっすねー。()()がここに降り立った時以来じゃないっすか?」

「まあ、ここが兄さんの故郷……」


 俺と信音……そしてヨウヮルは、辺境の村フルッカスへ訪れていた。チュートリアルが行われた最初の村。懐かしい……ここから始まったんだよな。俺の旅は。


「それでは兄さん。私はこれで……改めて、お二方のご結婚を祝福致します」

「おう、ありがとうよヨウヮル。家族なんだし、いつでも訪ねて来いよ」

「はい……ありがとうございます。では、お達者で──」


 会釈をして、村の外へと消えていくヨウヮル。彼女はティティマウペ村へ帰って行った。本来、帰ることはなかった帰郷……その後の彼女の物語は、誰にも分からない。プログラムの壁を越えて、自らの意思で生きていく。幸せになれよ……妹よ。


「俺達の家は……あれだな」

「ええ。帰ってきましたね」


 村の中心に建てられた石造りの水車家屋。あれが新居という事になる。今まで稼いだ額を考慮すれば、最高クラスの豪邸を大国の貴族地区に建てられるが、俺はのどかな方が好きなんだ。2人で話し合って、故郷の村で過ごした家に住む事になった。

 その後、村長達と再会を果たし、俺達の結婚を伝えると、村の中で軽い宴会が開かれた。魔族達の温かな笑い声が、森中に響いて止まなかった。完全に夜が更け、宴疲れで皆が寝静まった頃、俺達は並んで焚き火を眺める。


「はー……なんだか、改めて思うと夢みたいだな。こんな暮らし」

「そうっすね……時間が経つのもあっという間で、7年が短く感じますよ」


 信音は俺の肩に頭を預ける。結婚式を終えて、愛も誓い合った。やる事はまだ残っている……信音もきっと、同じ事を考えているだろう。


「なんか緊張しますね……」

「んだよ。散々人で性の実験しようしたクセに、自分の事になると恥ずかしいのか」

「う……仕方ないじゃないですか……これはその……実験とかじゃなく、あ、あ……愛の誓いなんですから……」

「フッ、今回ばかりはウブな少女のまんまだな信音」

「ぐ……なんか慣れてるのがムカつくっすね……でも……」


 信音は起き上がると、俺の手を引っ張って家へと向かっていく。俺はなすがままに手を引かれていた。


「センパイ……もう待てませんよ。せっかく夫婦になったのに、排除されて死別するなんて嫌っすからね」

「はは、そうだな。分かったよ──」


 この3年間。とても幸せだった。現実世界のような苦悩は無く、純粋に冒険というのを楽しみ、生を謳歌していたからだ。正直言うと何度も……このまま一生ゲーム世界で暮らせないかと思ってしまった。何も困難が無い訳じゃない。この世界にも苦痛や悲しみはある。それでも……試練として立ち塞がるもの、それを乗り越えて行く達成感。人間として高く成長する喜び。

 でもきっとそれは──信音。お前がいたからなんだろうな。ずっと隣で支えてくれて、笑って、手を差し伸べてくれる。そうだ……俺の方が、昔からずっとずっと──好きだったんだ。ありがとう信音。俺はお前を愛している。

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