#79 破壊された何か
トレジャーフェスティバル──それは、かつてこの世を統べる2人の偉大なる国王達が遺した、伝説の秘宝を見つけ出す祭典。
国王達が建国した国は、それぞれの大陸で今も尚繁栄を続けている。年に1度、その各国に住まう1名が、神託によって選ばれた宝戦士となり、予め用意された伝説の秘宝を探し出す、お祭りのような儀式──そういう設定だ。
「へえ、ここが聖地か。話で何度か聞いたが、足を運ぶのは初めてだな」
「うわー、入り口だってのに歓声がここまで響いてくる。画面外じゃ味わえない喧騒っすね……ま、今にもっとうるさくなるんすけど」
ここは年に1度、トレフェスの開会式が行われる町、聖地ラタカ。山奥に佇むこの町は、白き大理石で造られた美しい建造物が景観の大半を占めており、その目映い光は宝石の如く輝いていた。かつて2人の王が誓いを立てた場所として知られ、秘宝伝説の始まりとなっているこの地は、あらゆるトレジャーハンターにとっての聖地となっている。今はお祭りのせいか、世界中からやってきたお宝マニアの人々で溢れかえっている。大いなる財宝を探す権利……何億もの人間が住む国の僅か1つの空席だ。一生の運が必要だろう。
「おお! 来たぞ! 一ノ王『サーン』の神託を授かり、神の寵愛を受けた宝戦士の1人が!」
深緑のローブを纏った神官が、俺の姿を見て驚愕の表情を浮かべ、民衆に向かって杖をかざす。一瞬の静寂の後に、震えるような大歓声が俺を突き刺した。
お察しの通り、主人公はその宝戦士に選ばれる事になる。所謂主人公補正ってやつだ。どうやらそこら辺は都合よく出来てるらしい。まあ当然っちゃ当然か。
壮大な開会式と派手な壮行会を終え、2人の宝戦士は秘宝探しの旅へ出発する。俺が宝戦士、信音は従者といった立場だ。主人公は2人存在する事は無く、どうやらこの世界の主人公に選ばれたのは、俺という事らしい。
「おぉ、二ノ王も来たぞ!」
続いてまた大きな歓声が沸き上がる。用意された高台。俺の横に1人の人影が並び立つ。神官が両手を天に掲げ、民衆に向かって声を張り上げる。
「一ノ王『サーン』の神託を受けしユーキ! 二ノ王『ムーン』の神託を受けしヨウヮル! この2名が今年の宝戦士である! 民達よ! 神々の御加護の元に、2人の勇士の門出を祝福したまえ!」
俺達は人々の盛大な歓呼に手を振って応える。まるで凱旋だな……そこまでされると少しむず痒いが。出発し、歓声が小さくなってきた場所で、俺と信音の背後から少女が声をかけてくる。
「こんにちは、サーンのユーキさん。お互い頑張りましょうね」
明るくにこやかに笑みを浮かべる角の生えた青肌少女は、薄緑の長いポニーテールを揺らし、遊牧民を彷彿させる衣装に飾られた宝石を輝かせる。少女の名はヨウヮル。アイヌをモチーフにした雪国、ティティマウペ村出身の旅人。
何故知っているのかって? 3年前、信音に聞いたんだ。毎年行われるゲームキャラの人気投票で、いつも首位争いをする程の人気キャラだってな。その凄絶な生い立ちと、引き付けられる人間性に、心打たれる人が多く存在している。
ちょっとだけ小田さんに似てるかもしれない。そういや学校の皆は元気かな……いやまあ、現実じゃ数時間しか経過してないんだけど。
「おぉ、あのヨウヮルが目の前で動いてるっすよ。こっちの世界で見るの始めてだわ……やっぱ可愛く出来てるっすねえ」
「そうだな……」
「……センパイ。妙な事考えてないっすか?」
「いや……」
「変な気を起こさないで下さいよ。下手に動いたら死ぬのはアタシ達なんすからね」
「わ、分かってるっつーの」
あまりストーリーを気にした事が無い俺は、つい魔が差して、興味本位で彼女の情報をネットで検索した事がある。今思えば……やめておけばよかったと後悔している。確かに、あれは人気出るよなあ。
「ユーキ さんはとても強そうですね。そうだ……良かったら私と一緒に秘宝を探しませんか?」
「うーん……いいえ」
「そんな……大丈夫ですよっ、勿論一番手はお譲りしますから。お願いします!」
「いいえ」
「そんな……大丈夫ですよっ、勿論一番手はお譲りしますから。お願いします!」
「……」
「無駄っすよセンパイ。一緒に行くのは絶対の流れです」
「むう……」
宝探しのルールは至ってシンプル。手元に渡された地図の謎を解いて、隠された秘宝を探すのだ。それだけ。
この祭は飽くまで儀式であり、探し当てた宝は、2王の像へ捧げなければならない。宝は本物ではく模造品だ。繁栄の礎を築いた王達に感謝を伝える──それがこのトレフェスなのだ。一応、最も早く秘宝を持ってきた方の宝戦士には、少しばかりの賞金が授与されるが、民達は食べたり飲んだり騒いだりするのが目的だ。なので注目されるのは最初だけ……血眼になって秘宝探しをする必要は、これっぽっちも無いという訳さ。
「謎解きは私苦手でして……おまかせしても宜しいでしょうか」
「うん、まあ君に解かれちゃゲームが破綻するからな。いいよ」
「わあ、助かりますっ」
「んじゃあセンパイ頑張って下さいね」
「お前は手伝えよ!」
このコンテンツ最大の難関。それは……この地図の難解さだ。かなり頭を捻らないと解けない問題になっている。問題はAIによって完全ランダムで生成され、決まったパターンも存在しない為、攻略サイトを見ても解けないのだ。案の定地図を広げると、それはもう目を覆いたくなるような情報量であった。
「うっわ……キッツ」
「人が作ったモンを、んな虫を見るような目で見ないで下さいよ」
「だってお前これ……うわあ……いやキッツ! 畜生どうすんだよこれ。マジで信音も手伝えって!」
「トレフェスの時間制限は無いですけど、別の時間は迫ってますからね。しゃあない……パパっと解いてやりますか」
俺と信音の2人掛かりで地図の謎を読み解く。こういう時の信音は凄い。今ある情報を的確に整理し、それらを1つ1つパズルのように脳内で分別して張り付け、解法のピースを当てはめる。それも凄まじいスピードで。幾つもの盤面を想像し、あらゆる可能性を想定しつつ、超速かつ正確な取捨選択をする。棋士に近いものがあるが、信音のそれは次元が違った。そうだったな……そういやコイツ天才だった。
「うーっし出来た。多分ここに眠ってますね」
謎解きが得意な人でも、10分はかかると言われている地図を、僅か3分足らずで解いてしまった。俺は全く仕事していない。次々と分解され崩されていく謎を、俺はただボーッと眺めていた。
「すげえな……感心してる間に終わっちゃったよ」
「ここで時間使う暇は無いっすからね。とっととやっちゃいましょう」
「あ、ああ……」
そうして俺達は目的の遺跡へと辿り着く。今にも倒壊しそうな、森林の古代遺跡。いつの時代のかも分からないが、辺りには朽ち果てた武器や防具。そして、幾つもの戦争兵器が寂しそうに横たわっている。
「ここが怨嗟蠢く古戦場跡地。その中心にあるのが、カンダーガ遺跡……かつて、大いなる秘宝を巡って血みどろの戦いがあった場所。夜は首の無い亡霊が闊歩する闇の大地っす。良かったっすねーセンパイ。今が昼で」
「な、なんの話だよ」
聞き覚えのあるネーミング。そうか、ここがそうなのか……昼でも感じる、この這い寄る薄気味悪さは、軽い戦慄を覚える。夜だったらと思うと……うん。いや、別に怖い訳じゃないけどな?
「まあすごい。ここに秘宝があるんですね」
嬉しそうに微笑むヨウヮル。俺は遺跡へ入る一歩を踏み出せなかった。決して怖い訳ではない。ヨウヮル……彼女はここで──最期を迎える。この遺跡で彼女は死ぬのだ。主人公を庇って、その短い生涯を終える。
彼女の生い立ちが語られるのは、トレフェスが終わった後。彼女の故郷を訪れる事で、その背景が分かるのだ。内容は省くが、あれを死後に聞かされるのは、心にくるものがある。呆気ない死の後に語られる彼女の真意。葬式中はただ呆然としていたのに、終わった後の日常の中、何気ない写真を見て号泣してしまうアレだ。そうやってじわじわとやってくる喪失感に、苦しむユーザーが数多くいるのだ。
俺は彼女の半生を知った後にここにいる。ゲームという殻を破り、なんとしてでも助けたい……その思いが今も這い上がっている。
「……行こう。秘宝を探すぞ」
「……」
「はいっ」
助ける事は理論上不可能だ。今の世界は、最早現実に近いとも言える程リアリティーあるものへと変貌しているが、ゲームの筋書きは変わらない。そもそもヨウヮルがついてくる事が無ければ、彼女は死ぬことはない。が、さっきのように道を外れようとしても、無理やり元の筋へと強制的に戻される。俺が今全力ダッシュで逃げようとしても、見えない壁に激突するだろう。もう歯車は止まらない……もし無理やりゲームに逆らおうとすれば、直ぐ様デバッグされてしまうだろう。逆に死ぬのは俺達になってしまうのだ。信音がさっき心配していたのはそういう事だ。
「着いたな……」
遺跡の最奥。仰々しい石の扉は静かに佇んでいる。ここから数歩でも踏み出せば、後ろから十数人の盗賊が現れる。毒矢で主人公を麻痺させ、伏線を残すような発言をした後、主人公達に襲いかかるのだ。それを庇い、ヨウヮルは致命傷を負う。そこにまた主人公へと斬りかかる盗賊。そこに突然一ノ王サーンの声が聞こえ、不思議な力で動けるようになり、盗賊達と戦闘になってそれを倒す。そして、瀕死ヨウヮルは自らの使命を震える声で語り、主人公の腕で眠るように力尽きるのだ。それが正しい筋書きなのだ。
「来いよ……」
「……センパイ?」
俺は覚悟を決めた。一歩踏み出した瞬間、背中に鋭い痛みを感受する。一瞬にして視界がぐらつき、膝を突いてしまう。
「ああっ、ユーキさん!」
「……」
「そこまでだ貴様ら!」
「あなた達は一体!」
「貴様らは知らないだろう。が、直ぐに露見するであろうな。このトレフェスに隠された大いなる陰謀が──」
盗賊達が御託を並べている。俺は震える手を握り締め、自らを鼓舞させる。たかがゲームの1キャラクターだ……命を賭して守る者なんだろうか。様々な思いが巡り、交差する。フフ、異世界で3年暮らそうが、相変わらずだな俺は。そうして薄ら笑いを浮かべる俺は立ち上がり──ルールを破壊した。
「……センパイ? ちょ、動いちゃ──」
「関係ねえええーッ! 生き別れの妹を助けるのに理由なんているかあァァーーッ!!!」
「ぐぁぁーーー!!!」
気が付いたら俺は、武器を手に盗賊達に向かって行った。パリーン……っと何かが音を立てて壊れた気がした。
「俺は俺のやりたいようにやってやる! 作り物であろうが、目の前で消えると分かっている命を見捨てれるか! ゲームなんか……破壊してやるぞ!」




