#78 迫るタイムリミット
仮想現実世界、アースヘブンに囚われてから──3年の時が経過した。俺達は変わらぬ生活を送っていた。齷齪と異世界の仕事をこなし、何気ない日々を生きている。だが、決して幸せだらけの生活とは言えない。
「ぐあっ!?」
「ちょ、センパイ!」
火山地帯の岩山を登っている最中、噴火によって引き起こされた火砕流。それと共に発射された火山弾が俺の右足に直撃した。燃えるような熱さと激痛が全身に走る。信音はすかさず背中の鞄から治療キットを取り出し、素早い手付きで応急処置を施す。
「ここん所、適応化の進行が著しいですね。このままじゃ、痛みによるショック死の可能性も出てきます。ゲームオーバーではない……復活地点で蘇生も不可能な、完全な脳死。最早、アタシ達がやっているのはゲームじゃないですね」
「ああ。今まで頑張ってきた分、レベルも装備も最強にはなってるが、より一層旅路に気を付けなきゃな」
俺達が危惧しているのは、その感覚の適応化だ。最初の1年はせいぜい味覚くらしいか覚醒していなかったが……くそ、ついにここまで来てしまったか。そう──異世界に適応し過ぎた事によって、痛覚も感受してしまうようになったのだ。過去に何度か死亡を経験しているが、死の感覚というのは、復活すると分かっていても気が滅入るものだ。いつか……本当に死んでしまう日も近い。そんなのゴメンだ。
「う、ぐ……!」
「信音っ!」
今度は信音が膝を突いてしまう。苦しそうに腕を押さえて歯を食いしばる。信音の手から腕にかけての部位が、テレビのホワイトノイズのように半透明に掠れていた。
「これは……!」
「ええ、デバッグですね……いつか来るとは思ってましたよ。管理AIが支配する開発サーバーじゃ、有機物であるアタシ達は不明瞭な存在で、ゲームに進行を妨げる不要なバグ。本来ユーザーは入れませんからね……だからデバッグAIが、バグを排除しようと生体コードを書き換えてアタシ達を完全に抹消しようとしている。ついに見つかっちまったようですわ。抹消されたら、恐らく意識は永遠に閉ざされ、2度と身体には戻れない。つまり──死ぬ。自分が組んだコードに殺されるなんて、目も当てられねーっすよ」
「く、管理するAIめ……親を殺すってのかよ!」
「デバッグAIに感情なんてありません。ただ決められた命令を忠実に守る機械ですから。この世界への適応が進んだアタシはもうMIHATAとも話せないし、アタシのマスターボイスは通用しない。一切命令を受け付けないみたいですね」
片腕でタイピングをする信音。排除に抵抗する為に、自らの身体を特殊な言語で必死に組んでいく。信音が文字を入力すると同時に、腕は段々と元の形と色合いを取り戻していった。どうやら収まったようで、俺と信音は安堵したように息を吐く。
「ふう……これも一時的な処置に過ぎません。それに、いつかはこんな風にコードを組むといった開発者の権限も失うはず。いつ完全に排除されるか……適応すればする程、その世界にとって矛盾した存在であるアタシ達の排除優先レベルが上がる。痛覚覚醒による死の危険性に加え、デバッグによる死の危険……最悪の二重苦ですわ」
安堵か気温か……滝のように流れる汗を拭いながら、信音は息を整える。冗談じゃない……まだ3年しか経っていないというのに。あと7年もあるのにもうこんな現状じゃ、先行きは不安でしかない。
「くそ、八方塞がりかよ」
「対処法が無い事はないんすけどね……」
「え、あんのか!?」
「ええ。適応化はどうしようもないっすけど、デバッグは回避可能だと思います。機械に善意も悪意もありませんからね。アタシ達は世界に不必要なバグじゃないと、管理AIに認識させればいいんです」
「そりゃ確かにそうだな……具体的にどうするんだ?」
「アタシのAIは正確です。コードを書き換えようがNPCに擬態しようが、どこまでも探知して消去しに来るでしょう。けど、柔軟な思考プログラムも持ち合わせています。ユーザーにしか成し得ない事をこなせば、異常を察知してデバッグを中止するはず。原因不明な事態が起きれば、作業の手を止める……そう組んでありますから」
「ユーザーにしか出来ない事か……」
「まー厄介な事に、簡単なコンテンツの殆どはアースヘブンの戦士達も挑んでいる……っていう設定なんで、それこそ禁匣の聖戦レベルじゃないと、通用しなさそうっすけど」
禁匣の聖戦──このゲーム内における最高難易度のエンドコンテンツ。とても入手困難な禁匣チケットのかけらを10枚集め、ようやく敷居を踏んだかと思えば、その討伐成功割合は数万人に1人。個々の強さは勿論、プレイヤースキルからセンスや運等も問われる。まさに究極の戦いと言えよう。
狙ってチケットを集めてはいないものの、現在の枚数は3枚。まだスタート地点にすら立っていない。流石に今から目指すのは絶望的だ。
「いくらなんでも禁匣は無理だろう……装備やチケットはなんとかなるかもだけど、時間もない中、ゲームオーバーじゃなく本当に死ぬかもしれないのに挑むのは、リスキーどころじゃねえぞ」
「分かってますよ。禁匣の聖戦なら一発で認識させられるでしょうけど……今の状況でクリアするのは絶対に無理。なので選ぶのは、高難易度かつ死の危険が限りなく少ないコンテンツです」
「ふーん、トレフェスとか秘文とか?」
「お、センパイもここの生活が長いからわかってますねえ。そうっすね……世界に隠された秘宝を見つける『トレジャーフェスティバル』に、古代文明の謎を解き明かす『秘文の聖刻印』丁度アタシもその2つに目を付けてました。ひとまずはそれらを進める事にしますか」
「分かった。まあ要はゲームを進めればいいんだよな? なら、明日から行こうぜ」
「……本当は、もっと簡単かつ手っ取り早く証を残す事は出来るんすけどねー」
「は? んだよ、そんな方法があるのか。そんなのがあるなら──」
信音は唇を尖らせてそっぽを向き、その頬を紅潮させる。なんだよ勿体振りやがってと言いそうになったが、そんな妙ちくりんな顔をされたら、言葉に詰まってしまった。
「いや、流石にこればかりは……ダメダメ、無理! 無理っすね。禁匣より難しいっすわ、うん。忘れて下さい」
「なんだそりゃ……」
「ようし! 今日はもう夜なんで、ささっと寝て明日の朝から早速行きますよ。時間は限られてるんですからね」
「はいはい。わーったよ」
突然きびきびとした動きで俺を先導する信音。何を考えてるのかよく分からんな。明日からは本格的なゲーム攻略だ。未知なる冒険への高揚感と、一抹の不安を抱えながら、今日は俺も異世界で眠りにつくのであった。




