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移行中  作者: あ
甲斐田 信音編
76/106

#76 雪降る温泉宿

「ふー……町についたな。一息出来そうだ」

「ここは確かフワラの里ですね。どうやら止まった時の中でも都合よく、NPC達は稼働してるみたいですね」


 温泉郷フワラ。現実世界の温泉街をベースに、中世の中華風建築を取り入れた町。温泉の湯気と赤の装飾の煌めき。映画さながらの雰囲気だ。


「へえ……綺麗だな」

「っしょー。二胡と竹笛のBGMセンスも、我ながら最高だと思いますよ。ウンウン」

「さっき門番に話を聞いた所、明日からなんかお祭りをやるらしいな。踊り子や雑技団がパフォーマンスするってさ」

「へー、そうなんですね。ちゃんと世界観に沿った演出するようで。感心、感心」

「え? なんで知らないんだよ。お前がそうプログラムしたんじゃないのか?」

「だーかーらー。アタシは基礎となる部分しか組んでないんすよ。開発はほぼ全部AI任せ。アタシだってこの世界の全てを把握してる訳じゃないんす」

「マジかよ……どんだけ広いんだ? このアースヘブンは」

「丁度スカイ◯ムの10倍くらいですね」

「丁度いいからってそれで例えるんじゃねえ」

「マップ生成もAIが執り行ってるんで、アタシも初見の町やフィールドがあるので新鮮ですよ」

「ふーん……飽きなさそうだな」

「──さて、アタシはアタシで、作業を進めますか」


 腕を捲りながら、画面に視線を集中させる甲斐田。流石に根詰めし過ぎではないだろうか。いくらなんでも働きすぎだ。表情から溢れる疲労感は隠しきれていない。今にも倒れそうだ……精神世界でどうなるかは分からないけど。


「甲斐田……肩肘張りすぎなんじゃないか? 少しは休めって。時間はまだあるんだし」

「何言ってんすか。そんな事してらんねーです。前から煩わしいと思っていた、食事と睡眠を必要としないこの世界は実に都合が良い。こうなったら一刻でも早く帰る方法を探しますよ。10年とは言っても、満期まで茫然と時間を無駄にする訳にゃいきませんから。僅かな可能性が残されている以上、全身全霊を賭して、脱出の糸口を見つけてみせます──」


 そう言いながら画面のボタンを押した直後であった。甲斐田が突然意識を失ったように、前のめりで倒れてしまう。俺はなんとかそれを受け止めた。


「うお、ちょ……大丈夫かよ甲斐田! 言わんこっちゃない……」


 酷く顔が赤い……まさか発熱か? この世界で熱なんか出すのかよ。くそ、どうすれば……とりあえず安静にできる宿的なものを探そうと、辺りを見渡した最中だった。浴衣姿の女性がこちらへ駆け寄って来る。


「まあ大変! お連れさんひどい熱だわ 今すぐ 私の宿へ運びましょう 部屋は お貸しします」

「あ、ああ。あんたAIなのにすごいな……わかった。それじゃ頼むよ」


 宿の女将は俺と共に甲斐田の肩を支え、近くの宿屋へと運んでくれた。すごいな……こういう緊急時にも対応出来るとは。その表情から溢れる、心配そうな声音と焦る息遣い。何度見ても作り物だと思えないな。いや、感心してる場合じゃない。今はとにかく甲斐田を寝かせないと──


 ────

 ──


「うぅ、うーん……あれ……?」

「起きたか?」


 フワラの里の小さな宿。10畳程の和室からは温泉街の様子がよく見える。雪が積もり、温泉の流れる湯畑のせせらぎが静かに響く。角に敷かれた布団から、甲斐田はゆっくりと起床する。

 朝日を眩しそうに手で避けつつも、上手く状況が読み込めていないのか、甲斐田は首を傾げながら虚ろな目を擦る。


「あり……アタシこれ……寝てました?」

「ああ、もう朝だ。俺もさっき起きた所なんだが。丸一晩寝てたぞ。おはよう」

「あ、はは……この世界でも寝れるもんなんすね……無駄に頭がすっきりしてますよ……」

「そりゃ良かった。いきなりぶっ倒れたんだから、肝冷やしたぞ。やっぱ疲れが出たんだろうよ」


 睡眠欲などの体力という概念が存在しない世界と言えど、永遠と作業が出来る訳はなかったんだ。この世界でも、現実と同じように休息は必要のようだ。


「不便っすね……人間の身体ってのは本当に。睡眠を必要とせずとも、その長年行ってきた、生に必要な行為を急に取り除いてしまったから、ストレスで脳が拒否反応を起こしたんでしょうね。身体は正直みたいですわ……」

「食事と睡眠ってのは、人間にとって最大の幸福だからな。それをいきなり無くすなんて……上手く言えないけど、きっとそれは何よりも心を蝕む猛毒だと思うぞ。口に入れて食事をしないで、胃に直接栄養を入れてるような感覚なんだろうよ。辛いだろう……そりゃ」

「そう……なんすかね。胃瘻なんてアタシは──」

「ほらよ」

「え、なんすかこれ」


 俺は囲炉裏で作られた鍋料理をよそって、甲斐田に手渡す。中華風キノコ雑炊。女将がさっき作ってくれたものだ。立ち上る湯気と香ばしい香りが、食欲を誘う。いや腹は空いてないんだけどさ。


「雑炊……すか。食欲は存在しないっすよ。センパイ」

「いいから食ってみろって。形だけでもこういうのは大事だろ?」

「はあ……」


 雑炊をスプーンですくい、ふーふーしてからそれを口に運ぶ甲斐田。ほっと息を吐くと、雑炊の入った木の器で手を暖める。


「うん、旨いっすね。ネギと卵とキノコが身体に染みます。白だしの優しい風味も効いて、ポカポカしますよ」

「ははは。そりゃ良かったな」

「ええ。ホントに……って。え?」

「どうした?」


 甲斐田は怪訝な顔を浮かべると、雑炊を次々にパクパクと頬張る。何度も確かめるように、咀嚼し飲み込む。甲斐田は首をひねりながら、その器を俺へと突き付ける。


「センパイ妙です。これ、味します」

「へ? いや、味覚は遮断されてるんじゃなかったのか?」

「いいから食ってみて下さい」

「ああ……」


 言われるがままに、雑炊を一口食べてみる。うん……具材の出汁を白飯が吸って、なんとも身体に染みる良い味だ。キノコの食感はコリコリしてるし、卵は口のなかでフワリと溶ける。実に旨い……うん? 美味しい!?


「うお、うんまい! 甲斐田! 味がするぞこの食事!」

「イスミールの髭にかけて……どういう事っすかこれ! 仮想現実でそんなプログラムを組んだ覚えないんすけど!? 味覚は脳内でも快楽物質と口内に含まれる唾液の関係性が……」

「ショールにかけて……すげえな! さっきまで味どころか、口に入れて咀嚼も出来なかったのによ。んぐ……おお! ヒールドリンクも甘いぞ! こんなに甘かったのかこれ」


 俺達は片っ端から持っていた食糧を食い散らかす。不思議だ……今まで食べたことのない食材の味。新鮮で実に気分がいい。腹も膨れる感覚がある。現実世界と一緒じゃないか。甲斐田はAI音声と幾つか言葉を交わしていたが、納得出来る返答は返ってこなかったらしく、項垂れるだけであった。


「意味わからん……今の所、脳がこの世界に適応してるって解釈するしか無さそうですね。脳科学はやっぱ宇宙っすよ……」

「まあ、いいさ。食事と睡眠が出来るって何気ラッキーじゃないのか?」

「現実と同じ質のQOLが送れるって考えれば……気休めにはなりますかね」

「……なあ、昨日で懲りたろ? もう十何時間もぶっ通しで作業するのは止めろよな。起きれたから良かったけど、精神世界で気絶なんて、絶対よくない事起こるぞ」

「は、はい……」

「子供のクセに責任感じ過ぎなんだよ。たとえ解決策を見つけられなくとも、俺はお前を恨まないし、糾弾もしない。気にしてもない。むしろちょっと状況を楽しんでるくらいだ。俺が一番嫌なのは、追い込まれるように自分に鞭打って、血眼になって購うように作業する、お前の姿を見る事だぞ」


 稀代の天才と言ってもまだ12歳だ。そんな子に重圧を感じて欲しくない。それに、自分の為に他人が傷付くのが何よりも辛いんだ。甲斐田は俺の瞳を見つめ、ゆっくりと頭を下げる。


「センパイ……すみません。アタシが間違ってました。躍起になって視野が狭くなるのは悪い癖っすね……そうでした……彼にもそうやって何度も言われたんでした。もう……失敗はしません」

「ん?」

「ありがとうございます。アタシ、これからは少し、センパイに習って、この世界を楽しむ事にします!」

「おー、その意気だぜ。ここは人々を喜ばせる為にお前が生んだ世界だろ? なら、徹底的に自らが率先して楽しまなきゃな。自身に幸せを与えない人間に、人に幸せを分ける事など不可能だ……ってよ。ゲームにも言えるだろ?」

「おー……深い事言いますね。んじゃ幸せを分けるって事で、脱いでくれません?」

「は?」

「いやほら、食欲と睡眠欲があるなら性欲もあるのかなーって。さっき疑問に思ったんすよね。アタシ、頭で浮かんだのは即効で試さないと気が済まないんです。ほらアタシも脱ぐのでセンパイもお願いしますよ」


 そう言って甲斐田は徐に浴衣を脱ぎ出す。急に何を言い出すんだコイツは!? 俺はすぐに甲斐田の腕を掴み上げる。


「アホか! んなの今必要じゃねーだろ!」

「いいじゃないすかー! 精神世界でも生理現象は起きるのか否か。脳科学の探究の一環っすよこれは。神聖なるアタシの科学に邪な気を持ち込まないで下さい! 仮想現実なんだから失うもんないし良いでしょうが!」

「バカ言え、仮初めの肉体でも色々失うわ! 科学なんて知るか俺は一般人だ! あ、そうか人体の不思議か……って割り切れねーよ! 思春期の男子高校生舐めんなよ!?」

「ぬうぅ……往生際の悪い。アタシの科学に黙って従えやこらぁ! 大人しく脱げこのぉ!」

「のぉわ!? 火照った顔でこっち来んなー!!」


 宿を飛び出し、温泉街を駆けるバカ2人。こんなのが10年続くんだろうか……俺は果たして、普通の人間のままで抜け出せるのかな。未成年だけど、飲んで忘れたいわ。そうだ──ハチミツ酒を飲もう。


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