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移行中  作者: あ
甲斐田 信音編
75/106

#75 異世界転生?

「おっ、レアドロップのアトラスミート落としたぞ。HP減ってるし食っとくか……甲斐田も食っとくか?」

「うーん、うーん……」


 聞こえていないのか俺の問いには答えず、一心不乱にモニターと向き合う甲斐田。俺達は洞窟を抜け、甲斐田は引き続き脱出する為の作業を進めるが、特にする事の無い俺はレベル上げに勤しんでいた。


「アトラスミートを調理して……ヒールドリンクで一杯やるか! ただの回復薬だけど、説明欄曰く甘くて美味しいらしいし。コイツはごきげんなディナーになりそうだ」


 俺はこんがりと焼き上がった肉汁滴る巨大肉を頬張り、それをビンに入ったヒールドリンクで流し込む。


「くぅー……味しねえー!」


 勿論味覚なんて存在しないので、味わう事は不可能だ。それっぽく食事してるが、肉と瓶は口に持っていくだけで虚しく消えるだけ。物質は数値としてデータに蓄積され、ただのHPとなる。流石にG◯ロボみたいに、仮想空間内では味覚までは再現出来ないらしい。いつか出来るようにするって言ってたけどな。

 エア飯を終えた俺は甲斐田に視線を移す。彼女は画面から目を離し、キョロキョロと辺りを見渡していた。


「……? おかしいっすね」

「ん、どうした甲斐田」

「ここ……チチェク大草原ですよね? ここは現在、アースヘブンで最高率のレベリングスポットの一つなんですよ。開発者用じゃなくて普通のサーバーなのに……人1人いないのは異常すぎます」

「そう言われれば、確かに人がいないな……いつもならプレイヤーで溢れてるはずなのに。兵士とか、そういうゲームキャラしかいないじゃないか」


 甲斐田はアゴに手を当てて暫く長考する。そして何か嫌な事を思い出したかのように、焦った様子で再び画面へと食い入る。冷や汗を流し、息遣いを荒くさせる。


「へい、TATENA──ちょっと応答してくれる?」

「…………」

「なんで応答しないのよ!」

「ごきげんようマスターシオン」

「その声……あんたMIHATAじゃない。ちょっとどういう事?」

「システム管理アンドロイドTATENAは、現在応答がございません。対象機のエマージェンシーモードを検知した為、ご報告致しました」

「まさか……ね、ねえMIHATA……私の中──仮想空間上でしか存在しないアンタでも、外気を調べる機能は入れてあったよね? 調べてくれる──現在時刻を」


 甲斐田はぎゅっと両手を握る。頼むから予感は間違っていてくれと言わんばかりに、下唇を噛み締めながら。しかし、合成音声は無慈悲に現実を突き付けるのであった。


「エラーコード606。時空間転移システム及び、時層外郭空間に50CE以上の異質を検知。時間座標が正しくありません。現在時刻を受信出来ません。有り体に申し上げますと、御二人の身体が存在する外郭空間時間は、限り無く停止に近い状態を維持しております」


 AIの返答を聞いた瞬間、甲斐田は額に手を当てて両膝を地に突いてしまう。


「な、なあ甲斐田。俺には1ミリも意味が分からないんだが……どういう事なんだ?」

「……外郭空間時間の停止。つまり、私達の本体がいる時間が、ほぼ止まってるって事ですよ」

「は、はあ? 世界の時が止まってるって事なのか? そんじゃあ、止まった時の中で俺達だけ動いてるって訳か? そんなアホな……」

「いんや……正確に言えば、時は止まってません。今も時間は進んでいます。すごーく遅くね……私達だけ、時間の感覚がズレてるんです。身体継続時間と精神継続時間が切り離されてるって事ね」

「んじゃ何か? 走馬灯的な感じで、止まった時の中に俺達は捕らわれたって事か!?」

「そうなりますね……」

「あらまー……」

「MIHATAは私の精神世界のみに存在するAI。時間に置き去りにされた私と会話出来るのは、脳が繋がってるから。止まってると解釈したのもきっとそのせい。だから物理的に存在するTATENAが応答しなかったんだ……アタシは……また……」


 甲斐田は両手で顔を覆う。普段弱みを表に出さず、常に明るい彼女が見せた深い絶望。きっと自責と後悔の念に駆られているだろう。俺は甲斐田の肩にそっと手を置く。励ます言葉は出ずに無言で身体をさする。それしか出来ない。


「……今は恐らく21時前後。幸いな事に今日は月末なので、あと3時間で日付を跨いだメンテナンスが入ります。こちら側から閉じろと命令は出来ないけど、メンテナンスは管理AIの手によって強制的に世界が閉ざされるので、恐らくそれで仮想空間から抜けられ、覚醒出来ます。それまで待つしか無さそうです……本当にごめんなさい……」

「そうか……うん、まあ、あまり気負うなよ。それくらい俺は別に構わないさ。3時間っていうと、俺らの体感でどれくらいなんだ?」


 甲斐田は今にも泣きそうな顔で俺を見上げる。震える口を動かし、その決められた懲役を告げる。


「計算が正しければ──10年は下らないです……」


 3時間が……10年。何か頭が揺れた気がした。裁判官に刑を告げられた時ってこんな気分なんだろうか。俺は顔に出さないように堪え、静かに目を瞑る。10年……このゲームの世界で10年を過ごすのか。目まぐるしく俺の脳内で様々な思惑が交差する。そして、辿り着いた答えは──


「そんな悪い話じゃないじゃないか」

「へ……?」

「10年、異世界に飛ばされたって思えば、なんだかこう心踊るもんがあるじゃないか。現実世界で3時間しか経たないならリスクも無い」

「センパイ……」

「待ってるしか出来ないなら楽しもうぜ。何事も気持ちの持ちようだろ」

「優しいっすねセンパイは……ありがとうございます」


 甲斐田は目を擦りながら立ち上がって、大きく深呼吸をする。


「私も私で出来る事を探します。解法を見つけてみせますよ! どちらにせよ長い間になると思いますけど……」

「10年かあ……俺は帰る頃には、身体は17歳だけど精神的に27歳になる訳だ。はっはっは! ちょっとお得感あるなあ。まあなんだ……これから10年一緒に過ごすんだ。色々とよろしくな甲斐田」

「はいっ! 絶対脱出方法を導き出しますから。待ってて下さい!」


 俺達は町へ向かって歩きだす。本当は今すぐにでも叫びだしたい。でも、俺まで絶望しては、甲斐田に心の枷をかける事になる。それは重圧となり大いなる責任となってしまう。あまり負担をかけたくないんだ。俺が出来るのはそれくらいしかないから。

 これから過ごす10年という歳月……まだ実感は無い。しかし後になって言える。俺はこのアクシデントがあって本当に良かったってな──

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