#70 課外授業
「そこ! そこでアビリティカードっす!」
「うおっしきたァ! 最高のタイミングでドローしたぜ! くらえオラァーーッ!!」
闇の一閃が異形の竜を貫く。一太刀、また一太刀と浴びせ続けた。その黒き巨体は、何度斬ってもまるで手応えが無かった。だが、確かなダメージが出ているという甲斐田の言葉を信じ、諦めずに何度も何度も攻撃をし──そしてついに、竜は月夜に向かって最後の咆哮を上げると、ゆっくりと崩れ落ちた。
「うっしゃあ! ボス撃破だ!」
「やったっすね〜!」
白い髪を揺らして汗を拭う俺。女剣士姿の甲斐田が、拍手をしながら駆け寄ってくる。
放課後の部活動──俺はまたあの機械でゲームの世界に入り、物語を進めていた。最初の関門と名高いアンデットドラゴン討伐クエストをようやく制覇したのだ。この緊張感……画面の前では到底味わえない。
「センパイもこの世界に慣れてきましたね〜、この調子でどんどん攻略していきましょ!」
「ああ、こりゃ禁匣の聖戦に挑む日も近いかもな!」
胸を張って鼻をこする俺に、甲斐田は急に白けた顔で首を横に振る。
「いや、無理無理。エンドコンテンツ舐めすぎっす。チケットを集め、レベルとステータス強化を最大にし、専用の最強装備を作り、弱体化した練習用のボスと何度も戦って試行錯誤する……これが"スタート地点"なんですよ。センパイはまだスタート地点にすら立ってないんですからね」
「ま、マジすか……」
「さー! どんどん行きましょ……って言いたいんすけど、今日はもう終わっときますか。センパイ、明日から夏の課外授業で朝早いんすよね?」
「うお、そうだった!」
そう──明日から3日間。夏の課外授業ことサマーキャンプが実施される。学外の清掃活動という建前で皆でキャンプがしたいっていう、理事長である父さんの意向で今年から実施されるらしい。明日は6時起きだ。もう夜中の22時……甲斐田の言う通りそろそろ終わりにしなければ。
「そっか……土日挟まずに行うから一週間くらい部活出来ないんだな」
思わず口に出た俺の発言に、甲斐田は目を細めてニヤつくと背後から俺の頬をつまんでグニグニと動かす。
「なんすかセンパイ、寂しんすか〜? 大丈夫ですよ。しっかり留守番してるんで、キャンプ楽しんでって下さいね〜。たまには電子機器から離れて、マイナスイオン吸うのもいいもんすよっ」
背中を強めに叩いていたずらっぽくニンマリ笑う甲斐田。否定すれば良かったのだが……何故か、言い返す言葉が喉につっかかって出てこなかった。俺は別れの挨拶を交わして、ゲーム部の部室を後にするのだった。
────
──
翌日の朝──俺は大型のツアーバスに揺られていた。夏のキャンプ合宿へ向かう2年生御一行を乗せたバスは、目的地である『天子の森』へと走っている。
廃業になったゴルフ場を改装したキャンプ施設であり、地方から大勢の人がやってくる観光地だ。ここを拠点として、付近の森や川の清掃をし、林業や農業といった第一次産業の仕事について学ぶという校外学習だ。ちなみに……同級生との友好を深めるという名目で、男女2人ずつの4人班が全クラスから完全ランダムで班が決まる。3日間共に過ごす人が、全く予想出来ないって事ね……ちょっと緊張するな。
「そろそろ目的地だ。全員準備するように」
A組を乗せたバスに、北条先生の号令が飛ぶ。窓の外を見ると、そこには緑豊かな自然が広がっていた。山に囲まれた閉鎖的な田舎。ここで3日間過ごすのか……うむ。まあ、こういう行事もたまにはいい。貴重な青春時間だし、しっかり楽しむとしよう。キャンプ場の入り口に降りると、早速班分けの紙が配られる。
班分けのメンバーは──男子は知らない生徒だが、女子2人……松家瀬那と鶴姫さんじゃないか。松家瀬那は確か、剣道部の主将。鶴姫さんは茶道部の部員だ。2人共一度武道エリアで会ったことがある。
「あ、いたいたぁ。佐藤さ〜ん」
独特なイントネーションで俺の名前を呼びながら、こっちに手を振るパッツン黒髪の少女。鶴姫さんがニコニコとした表情で駆けて来る。びっくりする程ジャージ姿が似合わないな……何故か草履らしきものを履いてる。
「今日は宜しくお願いしますね〜」
「鶴さん……それ草履か? 動きにくくねえ?」
「ほーかな? これの方が動きやすいんよ〜」
「後は2人だね」
「あ、いた」
そう呟いた時、後ろから声が近付いてくる。剣道娘の松家瀬那だ。俺達の方へ、腕を組みながら歩いてくる。
「瀬那さん〜お久しぶりですねえ」
「ええ、そうね。よろしく鶴さん」
「後は男子だけか」
「彼は来ないわよ。昨日から病欠で今回も休むらしいわ。班は私達3人だけ。さっさと行きましょう」
松家は小さく息を漏らしながら、そう言い放つ。マジで……え、じゃあ男子俺1人? うーむ……なんなんだ俺のこのハーレム属性は。唸っていた最中、松家がぐいっと顔を近付け、目を覗き込んでくる。
「ちょっと聞いてんの? 班長でしょアナタ。この課外活動では清掃以外、先生達は最低限の指示しかしないのよ。自分達で決められた場所に行って、森での仕事を生業としてる現地の人の話を聞いて、仕事を手伝い、スタンプを押してもらう……スタンプが足りないと補修を受ける羽目になるんだからね!」
「そうだったな……じ、じゃあ早速行きましょうか……」
「は〜い。楽しみですねえ」
女子2人を引き連れてキャンプ場の中へと入る俺。ちょっと不安だけど、班長として……男として。しっかりやるか。




