#69 筋肉だらけのチャペル
フルッカスの村がある大森林を抜け、甲斐田が運転する車型の乗り物に乗って草原を走る事数分。遠くに見えていた街が、いよいよ目の前に現れる。
「到着っす〜。大聖堂の町アンヘリノ! 白い石造りの家が綺麗っしょ?」
街門から中央まで一直線に繋ぐ大通り。規則正しく軒を連ねる白屋根の建物がなんとも壮観だ。そして中央にそびえ立つ一際大きな建造物が大聖堂だろうか。太陽に照らされ白い輝きを放つ大聖堂と、光の筋のように道に沿って造られた建物が相成って、とても神々しい。最近のゲームってすげえな……グラフィックが実際の風景となんら変わりがない。
「ここはアースヘブンで唯一結婚が出来る町です。町中央の大聖堂が見えるでしょ? あそこで愛を誓うんですよ〜! 互いにラブバンドという誓いのアイテムを渡して、婚姻を結ぶんです……そう、略してラブバン! 今日はセンパイ達にこのラブバンのテストをしてもらいまっす」
「はーい甲斐田さん質問でーす」
「なんでしょーサトーセンパイ」
「結婚っつっても、男1人と裸の老人3人しかいないんで、どう足掻いても地獄絵図になるんですけど、どうすればいいですか〜」
「男性キャラ同士でも結婚出来るので問題ありませーん。さ、時間勿体ないんで大聖堂に入ってラブバンイベをやりましょー!」
甲斐田は大聖堂の扉を開けて中へと消えていく。俺達3人もそれに続いた。
暫しのロードの後、画面に目映いばかりの光が差し込む。オルガンの神聖なBGMと共に現れたそれは、思わず感嘆の声を漏らしてしまう程であった。
「すっげ……」
「綺麗……」
天井に張り巡らされた極彩色の巨大なステンドグラス。天使達が楽器を奏でている姿は、まさに天国のような雰囲気だ。白い装飾品の数々も非常に良く作られている。なんて美麗なグラフィックなんだ……現実より綺麗なんじゃないか?
「んーじゃ、ラブバンするペアをグーとパーで分けますか。ハイ、ぐっとっぱーでわっかれま……」
「ちょっと待った! なんだその続きは。グーパーで分かれる時は普通、ぐーとっぱっ! だろ!?」
「えぇ〜! ぐっとっぱーでわっかれましょ! ですよ!」
「ぐーちぐーちーあったっちじゃないのか!?」
「え……かむにーかむねーさっかまむし、じゃないの……?」
「「ナニソレ怖!?」」
幼き頃の地域格差に苦戦しながらも、俺達は結婚相手を決めた。甲斐田と木柴ペア──そして俺と小田さんがペアになった。ゲームとはいえ、結婚という行為に物凄くむず痒くなるな……いや、ゲーム上じゃどっちも男だし、片方ジジイ確定してるし、どっちにしろ絵面が終わってるからまだマシか。小田さんが普通のアバターだったら気まずくて仕方なかったかもしれない。
「佐藤君……ふ、不束者ですが……宜しくお願いしますっ」
小田さんは赤面しながら頭を俺に下げる。いや待ってくれ。その言い方じゃ本当に結婚するみたいじゃないか! ご丁寧に挨拶しなくて大丈夫だから! けどなんだ……この何かが掻き立てるような感情は……く、ちょっと可愛い。
「なーに耳赤くしてんすかセンパイ。早く初めますよ〜」
まずは俺と小田さんペアが婚姻を結ぶ事に。ゲーム内の有償通貨によって式のグレードが上がるらしく、最高ランクでは運営協力の元、サーバー中の人を巻き込んだ一大イベントになるんだとか。前に一度行われた時は、1000人以上がお祝いに来たらしい。成る程……そこはしっかりと課金意欲を煽っていくのか。まあ、リアルでも結婚する事が決まっているならば、ゲーム内でそこまでやってもいいのかもしれないな。いい思い出になりそうだし。
今回テストするのは一番簡易的な式で、フレンド数人が招待できる比較的小規模なものだ。有償通貨も必要ないので、結婚のアイテム、マイホーム、加護、子供などを回収したい人だけが行うものらしい。ゲームとはいえ、それは少し寂しいような気もするが。
「佐藤君、おまたせ」
「ぶ!?」
小さな教会の扉。そこに現れたのは、花嫁姿のマッチョな老人だった。ドレス姿は筋肉がはち切れんばかりにミチミチだ。
「な、なんで女性用の衣装着てるんだい君は……」
「え? 佐藤君男子だし、こ……ここはお嫁さんの方がいいかなって……」
恥ずかしそうに袖で口元を隠す小田さん。いや、そんな乙女見せられても……画面内にいるのは、どう見ても目付きが修羅な歴戦の老人なんだが。
「あ、次は誓いの口付けお願いしまーす」
「うぇ!?」
キ、キスか……そうだな……普通するよなあ。落ち着け佑樹……これはゲームだ。横目でチラリと小田さんを見ると、目があってしまった。そしてお互い恥ずかしそうに顔をうつ向かせる。やっぱハズイな……早く終わらせてしまおう。えーっと……神父のテキスト後に決定ボタン押すだけだっけか。
「あ……」
決定ボタンを押下すると、ハープのロマンチックな音色と共に、俺のアバターと小田さんのアバター(老人)が口付けを交わした。うーむ。いざやって見ていても全くトキめかない。絵面が絵面だから仕方ないが。体格差があるせいで絞め技をやられてるみたいだ。やがて拍手のSEが鳴り、画面がホワイトアウトしていく。どうやらこれでイベントは終わりのようだ。
「なんだろう……何か大事なものを失った気がする」
「うん……私もなんだか、すごく勿体ない気がしてきた……」
お互い顔を見合わせて苦笑いする。ま、普通にやってたら恥ずかしいだけだし、気まずいからこれで良かった気もするな。
「エラーも吐いてないし、出力も問題無し……センパイ達のテストは終わりでっす。ご協力あざーっす。んじゃ次は──」
甲斐田は木柴の方に身体を向けると、デバッグ作業の解説する。俺達の番は終わったらしい。案外簡単に終わるんだな。
「もう終わりか。呆気ないな……」
「……ねえ佐藤君。佐藤君は結婚式はこんな風に豪華な方が好きだったりする?」
小田さんから突然そんな質問が飛んでくる。そのいたいけながらもどこか儚げな表情の小田さんに、俺は刺されたような胸の高鳴りを感じる。それを誤魔化すように、俺は顔を天へ向けてうーんと唸る。
「んー……夢はあるけど、俺は全くの逆かもしれない。大勢だと気が引けるしなあ。結婚を決める程の好きな人となら、どこでもいいとは思うんだけど、夕日に照らされた海を見ながら、そういう2人だけでの世界で静かに誓い合いたいなっつーか……あっ」
一気に体温高くなる。誤魔化すのに必死で本能に任せて喋ってしまった。言い終わった後に形容しがたい恥ずかしさが込み上げてきた……な、なんてクサイ妄言を吐くんだ俺は。
「素敵だね」
「……え?」
否定しようと言葉が喉を通る寸前で、小田さんが肩を上げて微笑む。
「私も同じかな。大勢の友人と家族達に祝福されるっていうのも、勿論素敵だと思うんだけどね。2人だけで誓い合うっていうのにどうしても憧れちゃうな。なんだかおとぎ話みたいでさ」
そう言って、幼い少女ような偏屈の無い笑顔を見せる小田さん。そういや、初めて会った時も学校を見てシンデレラのようだって言ってたっけ。あの視線の先には──城だけではなく、別なものも写っていたんだろうな。そんな王子様が来てくれるといいな小田さん。
けど、なんでだろう。
君を見ていると──言い様の無い深い悲しみが込み上げ、胸が張り裂けそうな苦しみで、今にも泣き崩れそうになってしまうのは。
「……? どうかしたの?」
「あ、いや。なんでもないよ」
じっと顔を見ていた小田さんが不思議そうに首を傾げる。どうしたんだ俺は。存在しない記憶を作ってるのかな……だとしたら絶対ヤバイぞ。全く……この前も変な夢も見るし、最近どうも妙だ。
「ねえねえ。信音ちゃん達が作業してる間に、町を散歩してみようよ」
「んー……そうだね。暇だしちょっとだけ散策してるか」
俺達は教会から抜け、甲斐田達の作業が終わるまでの間、町の探索を楽しむのであった。




