#68 ムキムキ四面楚歌
「あー……頭いてえ」
俺は地面から起き上がる。枕の無い固い床で寝ていたらしい。そのせいで物理的な頭痛が酷い……昨日はよく眠れなかったっていうか、そもそも記憶が無い。甲斐田に追い回されて、それで気絶したんだっけか。
時刻は9時……遅刻という2文字が頭を過ったが、今日は休日なのを思い出して胸を撫で下ろす。学校だって思ったら実は休みだったっていうパターン、すんげえ気分爽快だよな。いや、なんの話だ。
「あ、おはようっすセンパイ」
甲斐田の声と何かが煮える臭いで、俺の頭はすぐに覚醒する。部屋の隅、段ボールをテーブルにして床に座るパジャマ姿の甲斐田がいた。髪を下ろしている姿は初めて見たな……へえ、印象変わるもんだ。しかしすごい臭いだ……テーブルに置かれた土鍋が原因だろう。
「朝ごはん出来てるんで、一緒に食べましょ〜」
「おま……なんだこれ!?」
「何って……もつ鍋ですけど」
当然みたいな顔で首を傾げる甲斐田。マジでニンニクとニラの臭いが部屋中に充満してえげつない。朝ごはんにする料理ワースト10だろもつ鍋なんて。く……でも、この食欲のそそられる臭いに釣られる俺がいる。箸とお椀を手に、俺は渋々席につくのだった。
「なんかこうしてると同棲してるカップルみたいっすね〜」
「端からすりゃ、兄妹にしか見えないと思うんだが」
「うわ、ひっで〜、アタシだって乙女なんすけど〜。いつかボンボンボンのぼでーになって……んぐんぐ……ヘんふぁいを見返してやりまふから……はふ」
「……ある意味ダイナマイトだなそりゃ。まー、今のキュッキュッキュの体型も、すぐボンボンなるさ……あぐ」
「なんすかキュッキュッキュって。バスケやってんじゃねーんすよ」
休日の朝、たわいもない会話を交わしながら同じ鍋をつつく。うまい……最初の一口に慣れれば、朝もつ鍋も案外いける。甲斐田は料理も出来るんだなあ。完璧超人め。
「あ、センパイ今日暇ですよね?」
「なんだ藪から棒に。まあ、特に予定は無いけど……」
「んじゃ、ちょっとゲーム開発に協力してくれません?」
甲斐田はそう言うと、がらくたの山から一つのケースを取り出す。パッケージは……昨日プレイしたオンラインゲームだった。
「なんだ、また世界に入るのか?」
「いんや、今度はこっちのCS……ゲーム機でやります。誰でもいいんで、暇そうなそこら辺の人間2人くらい捕まえて来てくれませんか? CSの方で複数人検証したい事があるんすよ」
「ふーん……別にいいけど──」
────
──
「──で、俺とひなたが呼ばれた訳っすか……俺センセーん所行って補習受けないとなんだが……」
「佐藤君……私も今日は出掛ける予定が……」
暫くして俺は、グループチャットで呼び出した木柴と小田さんを部屋に連れ込む。渋い反応をする2人に、俺は爽やかな笑顔で肩に手を置く。
「まあまあ2人共。転校生の俺がさっと呼べる友人なんて限られてるんだからさ。助けると思って……な?」
「ったく、ちょっとだけだぞ……」
「私ゲームとかよく分からないんだけど大丈夫かな……」
人数分のパソコンをセットし終えた甲斐田が、奥から手をはたきながら出てくる。各々軽い自己紹介を済まし、俺達は早速パソコンの前へコントローラーを握って座る。
「お、テイルズオーバーキングダムインオンラインXIじゃん! 俺やってるぜこれ! マジかよ、開発側になれんのかよ〜!」
「お、じゃあ木柴センパイは持ってるアカウントでログインして大丈夫っすよ」
「えと……信音、ちゃん? ごめんね……これどうやって起動させるのかな」
「あーこれはデスね〜……こうやって、こう──」
俺もログインするか。昨日作ったアカウント情報を入力してっと……タイトル画面にログイン画面……スムーズに入力出来た。アバターが飛び立つ演出と共にロード画面が暗転し、俺はアースヘブンへと降り立った。今回は画面上だけど。
「お、いたいた! 佐藤みーっけ!」
前回ログアウトした草原。遠景に街が見える場所から、黄金色の鎧に身を包んだ大男が走って来る。木柴か……どこの聖闘士だよお前……いや顔怖っ! 創面にヒゲを貯えた眼帯の老人。ギリシャ神話の神を彷彿とさせる威厳あるアバターだった。
「強そうだな木柴……」
「へへ、結構やりこんでるからなあ。後は女子2人だな」
「あー今行きます。小田センパイ、ここに飛んで下さい」
「う、うん……」
ぎこちない手付きでコントローラーを操作する小田さん。やがて2つの人影が草原の奥から現れる。
「お、おまたせ……」
そこには──上半身裸の、髭を腰まで伸ばした筋骨隆々の老人がいた。いやアバターごっつ!!!
「あ、私だよ私」
画面外で微笑み、自らを指差す小田さん。なんで? なんでそのチョイスにした? 老体から溢れんばかりの筋肉。うわ血管が浮いてる……レベル1のキャラクターじゃない絶対。
「こ、個性的なアバターだね……小田さん」
「うーん……信音ちゃんが理想的な自分を作っちゃえって言うから、自然と手が勝手にね」
小田さんは将来、こんな霞とか食べてそうな仙人系ジジイになりたいんだろうか。見掛けに寄らずかなり攻めたキャラメイクするんだな……小田さんって。
「お待たせーっす。じゃあ行きましょうか」
甲斐田がそう伸びをしたと同時、目の前に甲斐田のアバター──上半身裸、筋骨隆々でグラサンスキンヘッドの老人が現れた。俺は頭をテーブルに強く打ち付ける。
「オイオイオイオイ!!!」
「どうかしました?」
「なんでなんでなんで!? お前昨日は普通のアバターだったんじゃん! なんで一夜で冒険者女子が、アメリカのチルラッパーみてえになってんだよ!! イカツすぎんだろ!」
「アタシ何体もアバターあるんすよ。今日はたまたまこの子の気分だっただけっす」
こういう老人って、普通仲間でも1人いるかいないだよね? なんでパーティーの大半が筋肉モリモリのジジイなんだよ!! なんだこの筋肉四面楚歌はァ! 草原に裸のジジイ3人と、細身の魔族が1人。なんだこの絵面……!
「センパイ達には今回……あることのデバッグ作業をしてもらいます」
「なにすんだ?」
「ズバリ──結婚イベントの動作チェックでっす!」
甲斐田が天を指差し、満面のどや顔を俺達に向ける。嫌な予感しかしない。地獄の老人会が幕を開けるのか……!?
俺は深い戦慄を覚えながら、生唾を飲み込むのだった。




