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移行中  作者: あ
甲斐田 信音編
66/106

#66 義務教育とは

「いやあ、しかし凄いなこの世界に生きる人達は。まるで生きてるみたいだ。セリフとかめちゃくちゃ種類あるし……あれらも手打ちじゃないんだろ?」

「そりゃそうっすよ。ウン千いるNPCを1人1人監理する人員も時間もありませんから。ワンオペなんで、無駄は極力排除しないとっすからね」

「無駄ねえ……こういう細かい所とかはこだわっていいと思うんだけど」

「そりゃ、アタシも同感っすよ。目に写りにくいこういう作り込み多ければ多い程、ゲームは魅力的になりますから。でも必ずしも、人の手で作らなくてもいいんじゃないかって思うワケですよ。AI自動生成より、手動テキストの方が温かみあるっていうのも分かりますけどね。多分近い将来、ゲーム開発はAIの力に頼る事が増えるでしょう。ゲームに限らずっすけど」

「ふーん……そんなもんなのか」

「あ、やべ」


 平原を歩いている最中、甲斐田がそんな事を呟いて足を止める。ホログラムのメニューを開き、それを俺に見せてくる。


「やべっすセンパイ。もう夜中の23時でした」

「マジで!?」


 急いでメニュー画面を開く。左上のウィンドウに表示されている時計は……23時11分を示していた。背中にぞわっと悪寒がする。時間を忘れてとはまさにこの事だ……無我夢中になってプレイしていた。オンラインゲームおっかねー。


「ここフィールドだからログアウト時間かかるし……けど移動魔法はセンパイが使えないから……あー、もういいや。サーバー落としちゃお。とりゃ」


 めんどくさそーに頭をかきながら、甲斐田は右手で赤いホログラムを出現させる。他の白いホログラム画面とは、随分と違う代物のようだ。英語の羅列が複雑に映し出されている。開発者用……ってやつなのかな。

 と思ったのも束の間──彼女がそれを弄った数秒後。突然、耐え難い睡魔に襲われ、俺は一瞬で意識を失ってその場で膝から崩れる──



 ────

 ──



「──パイ、センパ〜イ。いい加減起きて下さ〜い」


 ハッと目を覚ます。吐息がかかるくらい近い距離に、甲斐田の半目を開けた顔が。俺の頬を摘まんで、ぐにぐにと右往左往するその痛みに気付いたのは、数秒遅れての事だった。

 カプセルから出る為に腰を浮かせようとするが、身体が全く言うことを聞かない。ていうか身体中が痺れたようにピリピリと痛い。


「な、なんだこれ……身体が痛いし動かねえぞ……」

「あー……初回なんで、覚醒の反作用に慣れてない脳神経が、感覚麻痺を起こしてますね多分。暫くは頭痛とかあると思いますけど……2回3回とやれば慣れますよ」


 時計をチラッと見ると23時16分。5分眠っていたのか……丸3日くらい爆睡したかのような感覚が身体と頭に残っている。未だにあの吹雪の寒さ、森の蒸し暑さが鮮明に人体に記憶されている。全く恐ろしい技術だ……息苦しいくらい身体の痛みを感じるが、甲斐田はピンピンとしている。


「ほら、早く早く。もう終電来ちゃいますよ〜」

「そう言われても……身体動かないんだって……」

「んも〜しょうがないにゃあ…………んしょ」


 甲斐田は俺の腕を肩に回し、俺の歩行を支えてくれた。見かけに寄らず結構力持ちだ……少女らしい甘い香りが鼻腔を通り、少しだけ恥ずかしかった。身体の麻痺は少しずつ治っていき、部室の扉を出た頃には自力で歩けるくらいにはなっていた。後は校舎を出るだけ……うむ、そうだ。出るだけだ。


「……センパイ? 立ち止まってどうしたんすか?」

「い、いや……なんでもない」


 明かりの無い暗く長く続く、先の見えない闇。いつも通ってるいつもの廊下は……本当に昼間と同じ場所なのかと見紛う程の変貌を遂げていた。立ち止まって闇を見つめる俺に、甲斐田は目を細めながら、呆れた様子で小さく息を吐く。


「センパイ……まさか暗闇が怖いなんて言わないっすよね?」

「な、なにぃ……いつ俺がそんな事言ったよ。全然怖くなんかねえし。明かりがないと寝れない子供じゃあるまいしよっ」

「はあ、ならいいすけど……こんなんで怖がられちゃ、ゲーム内の『呪われし幽鬼の闇城』とか『怨嗟蠢く古戦場跡地』とかのフィールド進めなくなっちゃいますからね」

「ゆ、幽……?」


 なんだその名前からして激ヤバな場所は……ゲームでもよくある少し雰囲気が暗いフィールド。そこに自ら足を踏み入れる事を想像してなかった。ぐ……VRの思わぬ弊害が……!

 俺は暗い廊下を歩きながら、気を紛らわす為に甲斐田に気になっていた事を聞いてみる。


「そういやさ……あの部屋は三大地下施設の一つとか言ってたよな。もしかしてこの学校って、他にもそういう施設があるのか?」

「……そうっすね。他にも施設はあるにはありますよ。理事長は色々やってますからね〜」

「ふーん……ちなみにどんな施設なんだ?」


 俺の素朴な質問に、甲斐田は少し悩んだ素振りを見せると、数秒の間を空けて答える。


「……理事長の息子であるセンパイなら話してもいいですかね。一つは、時空間研究室。特別電脳室に次いで2番目に深い場所にあるラボです。あそこには時空間転移装置──クロニクス=ルシィヌが存在しています。詳しい研究内容については伏せさせてもらいますがね」

「時空間……研究室ゥ?」

「あそこは電脳室とはスケールが違いますね……理事長が呼んだ、海外からの選りすぐりの研究者達が働いてます」

「マジかよ……」

「あ、やべ。これ言うの忘れてた──センパイ! 今の話を含めて、この地下施設の事は一切他言無用っすからね!」

「あ、ああ……分かった……ちなみに、その最後の地下施設ってのは──」

「ストーップ! 誰もいない校舎とはいえ、これ以上喋るのはもう無理っすよ! 理事長に殺されます!」


 甲斐田は両手を激しくシェイクし、それ以上は教えてくれなかった。

 光宙三大地下施設……か。父さんめ、隠れてかなり大規模な計画をしてるんだな……まあ、今に始まった事じゃないが。事情を知らない俺がこれ以上首を突っ込むのはよそう。しかし……部屋を設けているのもそうだが、何故そんな秘匿とされている事情を彼女が知っているんだろうか。めちゃくちゃ頭いいいし、地下施設の研究者だったりして……。


「あのーセンパイ。ちょっちお願いあるんすけど」

「なんだ?」

「すぐそこまでいいんで、送ってくれません〜? 家はそこの光宙の学生寮なんすけど、近距離でも万が一警察に見つかって補導されると、アタシ終わるんすよ色々……」


 校門を出た場所、町の明かりも消えかかっている深夜の町。坂の上からそれを見下ろしている時、甲斐田が上目遣いで腰をくねくねと動かして俺にそう懇願してくる。まあ……そのくらいの寄り道なら断る理由も無いので、俺はすぐに首を縦に振る。


「別に構わないけど……まあ、見た目が幼いから、1人で歩く危ないかもだしな」

「いや──」





「年齢的も、アタシまだ12歳なんで実際幼いんすよ」





「…………は?」


 彼女の言葉に、足を止めて暫し呆然としてしまう。12歳……え、高校生って15歳からだよな? 俺の聞き間違いか?


「もっかい……言ってくれるか……」

「だーかーらーアタシ12歳。恥ずかしながらお赤飯もまだなウブな少女なんです」

「はあああああぁぁぁーッ!!!??」

「ちょい、うるせーっすよ!」


 俺の魂の悲鳴が深夜の夜空に響き渡る。マジで言ってるのか!? 確かに見た目はそんくらいかもだけど、12歳って……マジで小学生じゃねえか!!! どんなビックリ天才ガールだよ!?


「あの……中学校っていうのは……」

「すっ飛ばしました。理事長が色々と便宜図ってくれて……ま、早い話、飛び級っすね飛び級。海外じゃよくあるでしょ?」

「ここ日本ですよお嬢さん……」


 義務教育をも覆す天才お団子少女。小学生でAIとゲーム開発って……もうどんな世界だよ……もう乾いた笑いしか出ない。ハハハ。


「あ、ヤバいっすセンパイ。こんな事してたら終電行っちゃいましたよ!」

「あっそう……もうどうでもいいよ……」

「センパイ帰れないじゃないですか〜! もー……でも、半分くらい私のせいなんで、今日はアタシの部屋でお泊まりしょうか? ほら、警察来る前に早く行きましょ!」

「そっすね…………って、そんなん俺が捕まるわーーッ!!!」


 再び夜空に、俺の悲痛な叫びが響き渡るのだった。


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