#65 果てしない道のり
『おおっ よくぞ参ったな ユーキよ! この魔の村フルッカスでも 指折りの勇士である お前なら きっと成し遂げるであろう! これを持っていくがいい』
長老らしき、角と耳が尖った老人から数枚のカードを受けとる。アースヘブン辺境の地に存在する村フルッカス。所謂始まりの村という場所だ。村生まれの主人公は、世界中に眠ると言われている、大いなる神の遺物──『禁匣』という秘宝を探す大冒険に出発する……という設定だ。
しかし、本当にカードで戦うんだな……オープニングとチュートリアルが終わり、いよいよゲームの世界に放たれるのだ。しかし長老もリアルだな……吐息、しぐさ、声……どれも、そこにある実在する生物に感じる。
「あ、オープニング終わりました? んじゃ早速冒険に行きましょ!」
「うお、甲斐田! 目の前に急に現れるなって!」
ブォンとどこからともなく飛んできた金髪の女性。甲斐田だ……空高くから何かの呪文で飛翔してきた。怖くねーのかな、リアルで空飛ぶって……が、本人は慣れているのか、全く気にしていない様子だった。
「ホントはこっから仲間を探して、冒険に向かうってのがセオリーなんすけど……とりあえず、今はアタシはパーティー組んでもらいますね」
そう言うと、甲斐田は慣れた手付きでホログラムキーボードを操作し、ピコンっと緑のピンが俺と甲斐田の頭上に出現する。これで……パーティーを組めたのか? ゲームは好きだけど、如何せんオンラインゲームには疎い俺。オンゲは最初だけやって後は放置……って毎回なってしまうんだ。アップデートについていけないのもある。
「仲間ってのは、同じゲームをプレイしてるユーザーの事か?」
「アタシ……っていうか、ゲーム側はサポートAIっていう、自動で動く仲間を最初の内は推奨してます。戦闘などをAIが状況を判断してやってくれます。AIといってもそれぞれ個性があったり、戦闘を成功したり失敗したり、チャットで会話も出来るので、アースヘブン生活を大いに盛り上げてくれますよ! ま、ユーザー同士で組んで、画面越しの仲間達と冒険の喜びを分かち合うってのもMMOの醍醐味なんで、人それぞれっすね。1人でも皆でも自由な冒険が出来る──それがこのゲームです!」
「へえ……よく出来てるんだな」
「これ、四人までパーティー組めるんすけど、あと二人をサポートAIにすることも出来ますよ。やってみます?」
「そうだな……折角だし見てみるよ」
「やっほーう! それじゃー早速、酒場のある町まで一緒に行きましょー♪」
甲斐田は突然俺の腕にしがみついてくる。本当に腕を組んでいるような触覚……いや、感心してる場合じゃない。
「ちょ、近い! うわ、なんか当たってるから!」
「あ、そうそう。このゲーム画面越しじゃ分からないけど、到底見れないような箇所までしっかり作ってるんすよ」
「いらねえよそんな情報!!」
「普通、ゲームは下着って脱げないようになってるていうか、下着そのものが肌みたいな感じなんで見れないんすよね……でも! この仮想現実世界なら、そんなものは関係なあい! 私が追及した完璧な人体……見たいですよね? センパイも見たいですよね!? しょうがないにゃあ・・」
そう言うと、彼女はおもむろに上着を脱ぎだし、下着に指をかけた。どんなとこ追及してんだコイツ。俺はそれを慌てて制止する。
「バッ、まてまて! いきなり脱ぎ出すヤツがあるか! なんかよくわかんないけど、通報されるだろうが!」
「えー……別に自分の身体じゃないしよくないっすか〜? それに、開発者サーバーだからBANされないっすよ」
「貞操どうなってんだお前……っていうか、R18ゲームじゃあるまいし、そんなの作る必要ないだろっ」
「ふっふーん。これにはちゃんとした理由があるんすよ! それはズバリ……結婚です!」
「結婚んんん??」
「そーう! ゲーム内で結婚出来るんすよ〜! 冒険で培った愛を育む人間讃歌の結晶……ゲーム内で結婚した男女が、ゆくゆくはリアル世界でも……きゃー! ロマンスが止まらないわーっ!!」
キラキラとした目で1人叫び興奮する甲斐田に、俺は額に手を当てる。やれやれ……馬鹿と天才は紙一重とはよく言ったものだ。
村から大きな町へ辿り着く為に、俺達は深い森へ足を運ぶ。鬱蒼と生い茂る見たこともない怪しげな植物。蒸し返すような熱気と、独特な臭いを感じれる。本当にすげえ……慣れるまでかなり時間を要しそうだ。俺はふとポケットに手を突っ込み、中に入っていたカードを取り出す。
「そういえば長老からもらったカード……これどうやって使うんだ? 戦闘や生活の助けになるって言ったけど……ブック! とかゲイン! って唱えればいいのか?」
「あの、そろそろ怒られますよ? もー、違います。普通に手のひらでカードをかざせば使えるんですよ。ほら、試しにこれ使ってみて下さい。コモンのカード"火種"」
「こうか……はァ! いでよ……フッ!!」
「いや、んなP4風にやらんでも……そのポーズ伝わりにくいっすよ、色んな意味で」
俺は天に向かってカードを掲げ、それを手のひらの上で破壊する。すると、突如かざしたカードが発光し、小さな丸い玉となって圧縮される。そして、チュイーンという音を立て消えたかと思うと、玉から一円玉にも満たない小さな炎が、ポトッと地面に落ちる。湿った落ち葉に落下し、それはすぐに消えた。
「……線香花火?」
「ま、そんなもんすよ。今のはマッチ一本程度って思ってくれれば分かりやすいっすかね? カードにはレア度の階級があって、戦闘用とか生活用とか1000種類くらいあるんですけど……その説明はまた今度っすね。使ってる内に慣れますよ」
長老から渡されたカードは10枚。薬草、火種、氷塊……最初はこんなもんだろう。こうして具現化させて使うタイプか。確かにこりゃ色々組み合わせて色んな使い方ができそうだ。
『ゲギャー!!』
前方の茂みから突然、蝙蝠に虫の足を生やしたような、異形な生物が飛び出してきた。俺は咄嗟に身構える。
「うわ、なんだコイツぁ!」
「あ、モンスターっすね。それはデビルバット。この森に生息する量産型のザコキャラです」
「うわ、なんか飛んできた! これどうすんの!?」
「どうも何も、早く倒してくださいよ」
「だからどうやってだよ!」
「武器持ってないんで……殴ってください」
「マジで!? う、うおりゃああ!」
俺は力任せにコウモリを殴り付ける。ポコ……っという情けない音が鳴ったかと思えば、コウモリの頭に8という数字が浮かぶ。数秒のラグの末、コウモリは、思い出したかのように突然断末魔を上げると、ヒラヒラと落下した。そして黒い霧となって空へ消える。倒した……のか? 呆気ないな。まあ最初の敵なんてこんなものか。
「ん、なんか落としたぞ?」
塵になった中から、不自然なものが露になる。金色に輝く紙切れ。指一本に乗るほど小さなものであったが、目映いばかりに輝いている。なんだこれ。
「うおおおおお! センパイすげーっすね! それは禁匣チケットのかけらっすよ!」
甲斐田が興奮した様子で、その紙切れを眺める。チケットのかけら……? よく分からんがレア素材なんだろうか。
「なんだよそれ」
「禁匣チケットのかけらは、フィールドにいる雑魚敵を、特定の時間帯に倒すと0.05%の確率で落とすレジェンドレアのアイテムっすよ! ビギナーズラックすげえー!」
「確率ひっく! ん、かけらっつー事は……集めるといい事起きるのか?」
「その通り! 禁匣チケットのかけらを10枚集めると、禁匣チケット1枚と交換出来るんです。禁匣チケットはこのゲームエンドコンテンツ──禁匣の聖戦という4人制バトルコンテンツの参加チケットなんですよ〜!」
なるほど……よくある超難関コンテンツか。特定の時間のみで敵を倒す必要があり、しかもその確率は0.05% それを10枚集めなくてはならない。なかなかだな。
「こりゃ……随分と、敷居が高いコンテンツだなあオイ」
普段オンラインゲームをやらない俺にとっては、気の遠くなるようなものだ。が……甲斐田から吐かれた追加の情報は、目眩がする程であった。
「ちなみに……今んとこ、禁匣に勝てる人は数万人に1人ですよ。装備、知識、コマンドの瞬発さは勿論、変わり行く戦況の中で、極限の状態でも、冷静に対処できる判断力とカードを使う柔軟な発想……そして運。簡単には倒せないようになってます。負けたらまたチケットを集めなくてはならない……めっちゃ鬼畜難易度に設定してます」
「マジで……?」
果てしない苦労の末、ようやく集めたチケットを使って、更に狭き門を潜る必要があるとは……なんちゅーコンテンツだ。頭が痛くなる。
「んな鬼畜コンテンツに時間費やす人いるのかよ……てか、報酬とかあるんだろうな?」
「誰もやらない、数万人に1人しか成し遂げられない。その特別な存在……その絶大な達成感と優越感は、得も言えぬ快感ですよ。それに、このくらいのバトルなら配信したら大バズリ間違いないっす! アタシら運営は配信者を支持する意向なんで、キャンペーンなんかもやったりして、動画投稿サイトでの配信を推奨してます。現に、登録者2桁だった無名配信者が、禁匣を配信で倒して、登録者が爆上がりした例もありますからね。まさに勇者ですよねえ。まあ、マジで鬼畜難易度なんで普通の人はすぐ諦めますけどね。コンテンツ作りは、いかにユーザーの承認欲求を煽るか……それが重要! 報酬はありますが……それはネタバレ厳禁って事で!」
ビシッと俺を指差す。本当に難しいんだな……倒したら真の英雄なんだろう。けどなんだろう……最初はそこまで興味が沸かなかった俺だが、心の根底から、一つの思いがせり上がってくる。
「……その禁匣の聖戦をクリアするってのが最終目標でも、面白そうだな。俺は壁が高くなっていく程越えたくなる性分なんだ」
「お……? マジですかセンパイ! センパイもゲーマーの才能ありますね……そこまで言うならアタシも付き合いますよ〜! 開発者のアタシですら勝ったことないんで、燃えますね〜! 楽しみだ〜!」
俺の言葉に、目を輝かせて頷く甲斐田。文字通り、禁匣はエンドコンテンツだ。まずはゲームを進めなくてはならない。俺と甲斐田は、最初の町を目指して森を抜けるのであった。




