#64 アースヘブンへ
いつの間にか眠ってたのか、ハッと目を覚ます。少し頭痛がするが、俺はすぐに気付く。
「ここは……どこだ?」
一面真っ白。床も天井も存在しない、ただ白いだけの空間。目の前にはGAME STARTのボタンが浮いている。俺はなんとなく、それに手をかざす。
フォーンという独特なSEが鳴ると、突然白い空間がポロポロと崩れはじめる。隙間から目映い光が漏れ、俺は咄嗟に目を瞑る。目蓋の裏から感じる光が収まったのを確認し、ゆっくりと目を開く。
「お、来ましたねセンパイ」
眼前に広がる景色は──なんと、一面山々の雪景色。何故か俺は、その山の山頂に立っていた。そしてすぐ横で、皮と鉄でできた鎧を纏い、腰に剣とロープ、背中に盾と弓を携えた金髪ロングの女性がこちらにヒラヒラと手を振っていた。甲斐田がそのまま10歳ほど年をとったような見た目だ。
「え……君まさか……」
「アタシですよアタシ。どうっすか? ここがあのゲームの舞台……創世の地、アースヘブンです!」
彼女はそう言うと、俺の手を引っ張って、山の頂上から景色を見せてくれた。
頂上から見えるその景色は、とても一言で表せるようなものではなかった。見たこともない大きい樹木、雲より高い塔、そしてあちこちに点在する城とその城下町……俺は目の前の景色に圧倒されていた。どこを見渡しても、先ほどの学校なんて存在しない。完全にファンタジーのゲーム世界だった。俺は堪えきれない興奮を、白い息と共に放出した。
「す、すげえーっ! 本当にゲームの世界に来たのかよ!?」
「にしし、いい反応っすねえ。どっすか? 初転移の感想は?」
「この凍えるような寒さ……雪の感触、空気。現実となんら変わらないじゃないか! いや、素直に感心するよ。本当によく作れるなこんなもの……どういう原理なんだ?」
「まあ、そこを詳しく話すとマジで何年もかかるんで……人間の脳、精神に干渉して世界を生み出してるって感じっすね。簡単に言うと、脳を操作して常に幻覚を見せてる感じ? 世に出ているVRと違って、視覚と聴覚だけでなく、脳に直接情報を送るってとこが大きな違いっすね。本物のアタシとセンパイの身体は、あの地下のカプセルの中で寝てます」
「それ……もはやゲーム知識じゃなくて脳科学の分野じゃないのか……? あれって何世紀も解明されてない研究じゃ……」
「ま、そっすね。でもぶっちゃけそこも全てAIに任せてるんで、アタシちょっとしか知らないんすよ」
そのちょっとで全てを任せられるAIをプログラムするこの子何者……? いや、いい。あんま考えない方が身のためだ。世界というか、なんかもう次元が違いすぎる。まるで何百年も未来の人間と接してるようだ。
「あ、そういえばセンパイのアバター作らないとですね。開発者サーバーだからOPすっ飛ばしてるんだった。センパイ今、裸のつるつるハゲだし」
「アバター? 初期設定みたいなもんか?」
「そっす。文字通りこの世界における自分の分身です。はい、どぞ」
甲斐田アバターが空中に、パソコンのキーボードのようなホログラムを浮かび上がらせ、手慣れた手つきで操作すると、雪景色が急に真っ黒になる。
すると、俺の前にも彼女と同じ操作パネルが浮かび上がった。ボタンは2つ。男と女。なるほど、これで分身を作るのか。
「好きなのでいっすよ〜。この世界には3つの種族があって、その中からキャラメイクするんです。性別、身長、体型はもちろん、鼻の高さ、耳の大きさ、目尻の位置まで、様々な特徴を細かく設定できるっす。アバターの組み合わせは兆を越えてますからね。ま、今の時代のMMOだとそれが普通ですけど。目鼻口で1つのパーツとして固定するなんて愚の骨頂ですよ。そんなんだからいつまでも海外に受けないんすよド──」
「うおぃ! 余計な事言うな!」
不穏な空気を察知した俺は、すかさずツッコミを入れる。何を言おうとしたのかは一切分からないが、めちゃくちゃ危ない発言だったのは確かだ。俺は気を取り直して、アバター作成を続ける。
「うお……すげえ情報量だな。これ確かに迷うなあ……種族もどれもカッコいいじゃないか」
「えへへ、あざーっす。ノーマルな人間タイプ、耳と肌の色に特徴があるデビルタイプ、けも耳や尻尾が特徴なビーストタイプ。どれも種類豊富に作れますよ。ちなみに私は人間で初期のまま弄ってません。なんか長考した結果、自分が最初に作ったモデルだし愛着あって……」
結局アバター制作に1時間かかってしまった。どうせなら自分の趣味を全開にしようと、デビルタイプで作った。青い肌に赤い瞳と白い髪……うん、中2だ。中2のアバター。今さらだけど恥ずかしくなってきたな……しかし確定ボタンを押した以上、もう後には引けない。再び世界が構築されていく。
「お、カッコいいっすね。どことなくセンパイに似てるし、分かりやすい! んじゃ分身も出来たことだし戻りますか。長い長い冒険の始まりっすよー!」
アバター甲斐田は、満面の笑みで大きく腕を突き上げるのだった。さあ……大冒険の始まりだ。




