#62 七色の組曲
日が昇りきっていない早朝の京都。震えるような寒さが肌を突き抜ける。俺は──三好がいる旅館の屋上へと向かっていた。
旅館屋上、京都の町が一望出来る隠れた絶景スポット。屋上の舞台──竹垣にもたれ掛かり、白い町を見下ろす三好の横顔が見える。朝日の光が三好の金髪に差し込み、黄金色を放っていた。その姿は儚く、そして美しかった。
「佐、藤……」
俺に気付いた三好は、目を丸くして竦む。驚いてるようにも、怒っているようにも──そして嬉しそうにも見えた。三好は恥ずかしそうに頬を掻くと、後ろ手を組んで空を見上げる。
「んだよ……俺の方にきちまったか。なんだか……嬉しいような、そうでないような。ははは」
「結構勇気必要だったんぞ……この扉開けるの……」
三好は薄く笑みを浮かべると、屋上に一つだけ置かれていた縁台に腰を掛け、人差し指でちょんちょんと隣の位置を叩く。赤い縁台と野立傘……京都ではよく見るものだ。俺は誘われるがままに縁台へ座る。
俺達は暫しの間、無言で京都の町を眺めていた。本来なら……俺が先に沈黙を破るべきだ。想いを伝える……俺の声が喉を通る寸前。三好が先に静かに口を開く。この間、さほど時間は経っていないが、俺にはとても長く感じた。
「なあ佐藤……俺は試練のつもりだったんだ、麻冬のさ。アイツを選んだなら、それはそれでいいって腹ァ括ってたんだ。オマエと麻冬はきっといい恋人になれるってな……」
「何を……」
「でもオマエはここに来ちまった。いいか……オマエは本来麻冬を選ぶはずだった。それが……正しい事なんだ。ダメなんだよ……俺はジョーカーなんだ……もう、ゲームオーバーなんだよ」
「三好ッ!」
「だからさ、佐藤。麻冬んトコいけよ。きっと寂しい思いをしてるはずだ」
三好は立ち上がり、軽い口調でその場を去ろうとする。俺はその腕をしっかりと掴んだ。好き勝手言いやがって。絶対に……離すものか。こんなんで諦められるかよ!
「……離せよ」
「嘘つくなよ三好」
「嘘なんかついてねえよ……俺はちょっとした試練のつもりで──」
「自分に嘘つくなっつってんだよ。俺は。そんなに自分の気持ちを押さえ込んでさ……一番辛いのはお前だろ!」
俺の言葉に、三好の腕が一瞬震える。脱力したそれを俺は放した。
「お前最初に言ったよな? 欲しいもんは離さないって。自分で言うのもあれだけどさ……お前は俺が欲しいんじゃないのかよ!」
「じゃあ聞くけどよ。オマエは俺のどこに惚れたんだよ……不良の俺に……オマエみたいな立派な奴がさ。俺はオマエを利用しようとドクロ組に入れ、挙げ句蹴っ飛ばして、怪我負わせた。筋肉質で、ガサツでだらしのねえ奴だ。女らしさなんて1ミリも無ェ。そんな人間なんだぞ、俺は……」
腕で自らを抱き、目を逸らして俯く三好。俺はその肩を掴んで顔を覗き込む。しっかりと瞳を捉え、俺の本心をぶつける。
「可愛いよお前は。筋肉質でガサツ? 引き締まったモデルみたいなスタイルじゃないか。おっぱいもデカイし、女らしいよ。顔も整ってる。スゲー可愛い」
「な、な……」
「上杉を命懸けで庇ったり、自分の想いをこうやって殺したり……ドクロ組だって、不良グループなんて言われてるけど、お前とアイツらのおかげで、町の不良達による事件事故が減ったって話があるじゃないか。お前はお前なりに町を守ってたんだろ……見た目とか言動は粗暴だけどさ。本当のお前は、誰よりも優しい人間なんだよ。俺はお前のそんな所が大好きだ!」
ボンっと音が出る勢いで三好の顔が紅潮する。まるで、面と向かって褒められたのが最初だったかのように。口をアワアワと動かすその動作は、乙女そのものだった。
「や、やめろバカ……! もう言うな!」
「変な奴だな。お前が先にどこが好きか聞いてきたんじゃないか。そうだな……あと200個は言えるぞ」
「嘘つけ!!!」
「ああ嘘だ。本当はもう出尽くした」
「うっ……出尽くしてたのかよ…………な、なんかちょっとショックを感じる俺がいる……」
三好は、身体を小刻みにくねらせて悶える。俺の腕なんて三好からすれば一瞬で振りほどけるはずだ。でも、それをしなかった。
「で、でもよ……その、やっぱ不良と生徒会は一緒にいちゃマズイだろうし……」
「何いってんだ。お前まだ生徒会だし、俺だってまだドクロ組を抜けてない」
「え……?」
「これも言ったろ。お前に一本いれるまでドクロ組を抜けないって。本当は最初、何度か不意打ちでぶん殴ってやろうかと思ったけど……もう決めたよ。"一生"一本はとらん!」
「な……」
「なあ三好。ここにはドクロ組の不良達も、学校の生徒達も誰もいない。俺しかいない。建前や嘘はもうやめてしまえ。自分に正直になれよ……なんでも背負いすぎだお前は。たまには俺を信じてくれよ」
三好は大きくため息を吐くと、顔を真っ赤にしながら天を仰ぐ。そして吹っ切れたのか、腹の底から声を張り上げる。
「うがァーッ! だーもう、そうだよ! 好きだよ、好き好き! ド好き!! 麻冬は関係無ェ! オマエを俺だけのものにしたい……俺なんかを好きって言ってくれて、俺なんかを女扱いしてくれて……死ぬ程嬉しい……! そんなカッコいいオマエを手放したくない…………こ、これが、俺の本音だッ」
「三好……ありがとう」
「ったく……クソ寒いのに茹で上がっちまいそうだ……」
三好の嘘偽りの無い想い。ようやく聞けた本音だ……誰かの代わり、なんて事は無い。俺は三好個人に惚れたんだ。
「ほ、本当に俺でいいのかよ……本気にするぞっ、オマエを信じて、胸を借りていいんだな? 責任……取ってくれんだな!? あ、後で冗談とか言いやがったらブチ殺すからな……!」
「ああ、お前じゃなきゃダメだ三好。お前とじゃなきゃ嫌だ。俺がお前を守る。そして、お前を俺を守ってくれ。改めて──俺の恋人になってくれ」
「う、うん────」
目の前にいる1人の乙女。その唇はちょっぴり……ミントの味がした。
────
──
時は流れ一年後の秋。俺と"七雲"はドクロ組のたまり場──校舎裏の林の広場で昼飯を食べていた。丁度今……ドクロ組の襲名式を終えた所だ。俺達3年は進学へ向けて舵を取っていく事になる。世代交代の時期なのだ。ドクロ組という不良グループは続いていくが、七雲の意思を継いだ漢がしっかりと役を担っていく……学校を守る裏の顔として。
じっと七雲の方を見つめていたら気付かれた。頬を膨らませてカルビ弁当を頬張る彼女。ドクロ組は変わったが、コイツの見た目は何も変わっていない。ライオンみたいなツンツンポニーテール頭も、漆黒の格好も。ただやっぱり……何気無い仕草とか、少しだけ女らしくなった気がする。
「何ガン飛ばしてんだ佑樹テメー、あんまジロジロ見てっとオマエの弁当も食っちまうぞゴラ」
「ははは、相変わらず女とは思えん言動だ」
七雲は相変わらず乱暴だが、それでいい。一人称を私にしようか? とか、髪をストレートにしてスカートを履こうかとか、最初はすごかったんだけど、俺は全部断った。勿論、俺を思って正そうとしてくれてる気持ちは嬉しい。けど、無理にしてまで直して欲しいもんじゃない。素の七雲が好きなんだ。
なんでも言い合える仲の恋人ってのは素晴らしい。俺達の関係は更に、よりよいものとなっている。これまで本当に色々な事があったけど……今は最高に幸せだ。
「ケッ、悪かったなガサツで」
「いーや、そんな所が可愛いんだよ」
七雲は目を細めてそっぽを向いてしまったが、俺はすかさず顔を近付けて見つめ返す。七雲はわかりやすく顔を赤くすると、目を左右へと逸らしながら弁当を咀嚼する。こんな面白い反応がいつでも見れるんだからイイ。
「よう2人とも。相変わらずアツイねぇ〜ったく、こんちくしょう」
「ほーんと……七雲はここ1年で艶っぽくなったっていうか……より一層乙女ちっくになったよね〜」
「青春だな……」
背後から声がする。木柴と竹部、水黒。いつもの顔ぶれだ。俺達と並んで昼飯を取り出す。いつもの……日常風景だ。
3人も、今はドクロ組を抜けて、進路へ向け進んでいる。竹部は時頭が良いから、どこの大学でも行けると言われていたが、水黒の家が運営しているジムの仕事が気に入ったようで、暫くはそこで腰を落ち着けるらしい。水黒はその巨体を生かしてプロの格闘家の道へ進むんだとか。格闘家として日々鍛錬する水黒と、それを支える竹部……コイツらお似合いだなあ。
木柴はというと……将来について酷く迷走しているようで、コイツの前で進路の話は禁句になっている。北条先生から、「そんなに悩むならここの教師目指すか?」と言われている始末。このまま本当になったりして。
皆、思い思いの道を進んでいる。俺達も……そろそろ前を向く時かもしれない。
「んだよテメーら……見世物じゃねー。とっとと失せろバカ」
三好は俺の首に手を回しながら額に青筋を浮かべる。その体勢で言われても、全くスゴみなど無い訳だが。
「あ、そういえばそろそろ秋のダンジョー祭りじゃね? 今度の休みいかねーか!?」
「秋ダンかあ、いいねえ。また皆で行こうよっ、でも猿弥はいいの? 進路もロクに決まってないのにフラフラ遊んでて」
「ごぼぶしゃあぁーー!!」
「木柴の目の前でその話はよせ……」
「おー、ダンジョー祭りか……ま、まあ行ってもいい、かな……?」
「お? 七雲はようやっとトラウマが拭えたのか?」
「あ〜……身体貫かれた傷は癒えても、心の傷がまだだったんだね〜」
「いやまあ、カッコ良かったぞ? 威勢良く登場して、結局倒したのは1人だったけど……」
「うるせえ!! 怖くなんかねーよ!!! クソ! とっとと行くぞ佑樹! チクショー!」
「ちょ、今から行くのかよォ──ッ!」
七雲の咆哮がこだまする。やれやれ……騒がしい秋休みになりそうだ。でもまあ、それが好きなんだけど。俺達は進み続ける。未来へ向かってひたすらに──七雲と一緒に、どこまでも。
THE END




