#58 危険な露天風呂
上杉との京都町ブラリ旅を終え、夕刻、宿へと帰還する。この旅のメインである旅館内の査察は、食事と入浴を終えてからだそうだ。食事前に、俺は直江と共に露天風呂へと向かう。
「う、わ……」
この宿名物の露天風呂──俺はその景色に思わず感嘆を漏らす。木造屋敷の京風庭園を基調とした空間。岩を切り崩して作った天然の岩風呂。温かみのある提灯、そして温泉が流れるせせらぎと鹿威しが奏でる雅な演出は、俺達に安らぎを与えてくれる。
「ほう、風光明媚な景観ではないか。竹藪のざわめきもまた美しい」
旅館の定休日に、父さんが便宜を図って俺達生徒会御一行を入れているので、勿論貸し切り。俺達は早速身体を流して温泉へと浸かる。
「あ"ぁ"〜〜……」
「中年か貴様は……」
温泉なんて何年ぶりだろう。心地良い熱さが全身に広がり、身体が溶けていくようだ。直江も溜息交じりに湯に浸かる。変な意味じゃないが直江の裸なんて初めて見た。水泳合同授業の時も毎回休んでたしな。木柴も絶対休んでたけど……いい身体をしてる。俺は直江の腕を触る。
「へえ、お前結構鍛えてるんだな」
「む……別に家でウェイトトレーニングをしてるだけだ。茶道部も然り、仕事柄身体は鈍るだけだからな」
「ん、茶道部ってなんだよ」
「私は茶道部なんだ。まあ……生徒会の仕事が忙しく、顔を出すのは月に数回程度だがな。そういうお前こそ、出会った時より逞しくなっているんじゃないか?」
直江は俺の腕を持ち上げて観察する。時々三好に付き合ってスパーリングの相手になってるからだろうか。生徒会の校務で鬱憤が溜まってたらしく、いつも俺が相手になってる。木柴とかドクロ組の奴らとやった方が遥かにトレーニングになるだろうに……それも今思えば、俺といたい口実──いや、流石に自意識過剰だな。
「直江お前、胸周り凄いな……俺胸板だけは厚く出来ないんだよ。鍛えようとしても肩に負荷かかっちまうし……うおーカチコチだなオイ」
「胸周りはベンチプレスが一番だろう……オイ、あまりベタベタ触るんじゃない」
「いいじゃねえか。男同士減るもんじゃねーし……うお、ここなんてガチガチじゃないか」
「あっ……バカ……変な所触るな……! う、く……クフフフ……くすぐったい……」
「お? お前にも弱点があるのか。ここがいいのか? ふむ、ここも弱そうだ」
「あっ……ちょ……そこ、ダメ……! やめろ……!」
「ようし、もっと激しくしてやるぜ……ウリウリ」
「うぉおおぉお!? んはああぁーんッ!!!」
「なーに変なプレイしてんだオマエら……」
「え?」
振り返ると、いつからいたのか、ゴミでも見るような目で俺らを見つめる三好の姿があった。
「う……いや、これは違う……! 違うぞ! ちょっと直江と男同士でおさわりしてたけだぞ!」
「そ、そそそ、そうだ! だだ、断じていかがわしい猥褻な行為をしてた訳じゃなくて……あ……感度が遅れてやってくる……あぅん……」
「バカお前! 何顔赤くしてんだ! そっちっぽい反応すんなよ!!」
「元はといえば……き、貴様が私の身体を撫でるように触ってきた事が発端だろう……!」
「だからアヤシイ言い回ししてんじゃねえぇーッ!!!」
「喧しい! 近隣に響くだ───ッ!?!?!? っつぁ、マ"!? ガボォ!?」
直江が目が飛び出る勢いで三好の方を見ると、ピキっという痛々しい音と共に直江は温泉の底へと沈んでいった。足をつってバランスを崩し、そのまま溺れたよう──
え!? 三好!?!?!?
俺は声にならない叫び声を上げると、水中でバランスを崩し、衝撃で足に耐え難い激痛が走る。激しい動揺の末、俺は直江と全く同じ末路を辿る。俺の意識は温泉の中で消え行く──が、俺は意識を失う寸前に、凄まじい力によって腕ごと身体を引っ張り上げられた。ぼんやりとした視界の中にいたのは、案の定三好だった。
「忙しねえなあ、オマエはよ」
こっちのセリフだ──と言いたいが声が出ない。一本釣りされたマグロのような気分で、三好を視界に捉える。程よく鍛え上げられた肉体……見ることのなかった三好の身体。バスタオルを身体に巻いているとはいえ、恥ずかしい。
「んだよ。露天は混浴だって聞いてなかったのか? ビビりすぎだぜ、ったくよ」
高校生同士が修学旅行で混浴なんて聞いた事がない。事前に聞いたとしても、思春期真っ盛りの高校生の前に、いきなり同級生の女子の裸体が現れたらビビるのが普通だと思うんだが。貞操どうなってんだコイツ。
「っていうか……あの、直江の奴も……」
「あ……」
三好は忘れてたという表情を浮かべると、直江の死体を引っ張り上げて、その辺の地面に転がす。もう少し手心を加えてあげて欲しい。
「あぁ〜いい湯だぜ〜……生き返るなこりゃ」
三好は俺と肩を組んで温泉へ浸かる。俺は恥ずかしさで死にそうだ。
「おーい麻冬。そんな場所で突っ立ってないでお前も入れよ」
「……は!?」
俺は思わず反射的に振り返る。そこには──バスタオルで前を覆った上杉が立っていた。巻いてない。何がとは言わないが今にもこぼれ落ちそうだ。上杉は手で口を押さえながら肩を震わせていた。そしてゆっくりと湯船へと浸かる。足から温度を確めながら入浴するその動作は、神聖的な何かを感じる。
「あまり……こちらを見るな佐藤……っ! く、七雲お前……謀ったな……あえて時間を被るように……!」
「ん〜? 何の事かサッパリだなあ?」
上杉は少し離れた所に腰を掛ける。
「んだよ麻冬ゥ〜、そんな遠くにいていいのか? 佐藤にアプローチするチャンスだぞ? そんなんじゃ俺がもらっちまうぜ」
麻冬は組んでいた肩を更に自分の方へ寄せる。三好の火照った身体が直に触れる……の、の、のぉぉ〜……! ヤバい、ヤバい……! 俺の頬が三好の肩にガッツリ張り付く。ここからでは色々見えてしまいそうだ……!
「う……そ、それはダメだっ」
上杉は赤面しながらも、水面を揺らしながらこちらへ近付いてくる。そして……肩が触れる程まで接近し、肌と肌が触れあう。右肩に三好、左肩に上杉の感触。もちっとした女子の柔肌……それを感受した所で、俺の意識は限界に達した。
「────」
「……ん? オイ、佐藤?」
「気絶しているぞ……」
「オイオイ大丈夫かよ。刺激が強すぎたか……ま、このまま俺らの肩で寝かしといてやるか」
三好は事切れた佑樹の頭をワシャワシャと撫でながら、ニカっと微笑む。
「しっかしよ……見所ある男だとは思ってたが、まさか堅物だった麻冬も夢中にさせちまうとはな」
「そ、それは七雲も同じだろう……」
「へへ、まあな……」
2人は佑樹を隔てて、暫く京都の空を見上げながら温泉を堪能する。
「……オマエの気持ちも分かるぞ佐藤。女2人に言い寄られて困ってんだろ?」
「そうだな……形容し難い葛藤を抱いてるだろう……でも、それは私達も同じなんだ」
「なあ麻冬。俺はオマエに彼氏が出来たらすんげえ嬉しいよ。色恋沙汰に疎く、朴念人だったオマエにも好きなヤツがいたってさ。だからこれは──俺からの試練なんだ」
「試練……?」
「ああ。俺もコイツを好きなのは本気なんだぜ? だから、俺という壁を蹴りやぶってよ。俺から奪ってみやがれ。オマエがちょっとでも手を抜いたり遠慮したりしたら……俺がコイツを貰い受ける」
三好は自分の顔と佑樹(死体)の顎と頭を持って上杉の方へ向ける。その瞳は真剣そのものであった。上杉もそれに応える。
「ああ……分かっている。私も本気だ。フフ、思えばこれが最初の衝突……所謂、喧嘩ってやつなのかもな」
「そういやそうだな……へっ負けねーぜ……オイ、麻冬──」
「うん──」
2人は目を見合せ頷くと、佑樹の顔へ唇を近付け──同時に、優しく佑樹の頬へ口付けをした。




