#54 尾羽里・夏の陣⑤
こちらへと走ってくるバイクは、徐々にその姿を露にする。赤く塗装がされた古い大型バイクに股がっていたのは、ボロボロの薄黒い特効服を羽織った見知らぬオールバックの男だった。バイクで不良達の間を突っ切ると、集団のど真ん中で止まる。本当に誰だ……? 新手の幹部か? クソ、こっちはただでさえ満身創痍だっつーのに……強そうな奴が出てきたな──
「ハ……チ…………?」
竹部はその男を見た瞬間瞠目し、立ち尽くしてしまう。そして膝を地に付けて一言「生きて……」と漏らす。竹部は今にも泣きそうな表情で愕然としている。
ハチ……? 俺は戦いの中で混濁した脳内の記憶を必死に探る──思い出したぞ。向こうの山で眠っている木柴達の友人の名だ。終滅咾衆の初代総長だとか……山で見た通り、故人のはずだが……竹部はどうしたんだ?
だーもう、ワケ分からねえ! 次々とアクシデントが起きすぎだ! 頭の整理が追い付かねえよ!
「ぉろぃ? お前だぁれ? どっかで見た顔だぉん?」
今氏はフラフラとバイクの男に近付く。不良達も警戒しながら、突然現れた新顔に武器を構えてにじり寄って行く。が、その中で明らかに挙動がおかしい者がいた──昨晩殴られていた元終滅咾衆の男達であった。
「そ……総長ォォ〜ッ!」
「蜂加賀さぁは〜ッん!」
「い、生き返ったんですかあぁあ〜ッ!!」
ある者は後退りしながら足を震わせ、またある者は嗚咽を漏らしながら泣き崩れる。その異常な事態に、他の不良達も困惑の色を示す。
「なんだ……!? オイ、終滅咾衆の奴らが……!」
「なんだコイツら……気持ちワリィ!」
「な、なあ……コイツら今、総長とか蜂加賀って……」
困惑する不良達を掻き分け、今氏がバイクの男の目の前へと詰め寄る。
「おいお〜ぃ……蜂加賀だぁん? 死人が生き返ったってきゃ? 冗談キツイぢょ。まぁ、本当に生き返った所じぇ……噂ぢゃまともにケンカした事ない奴なんろ? そんなやちゃ鉛弾で──」
今氏が銃口をバイクの男へと向ける。ゾワッと身震いし、声を上げる直前だった──目にも止まらぬスピードで男が銃を取り上げ、それを一寸の狂いも無い手付きで綺麗に分解させていった。その洗練された一瞬の動作に、俺達は口を開けて見てることしか出来なかった。
「……不完全だ」
「あぁん!?」
「ようマサ……こんなに汚れてちまってよ……今、戻してやるからな──」
男は一言呟く。俺は耳を疑った──違う。蜂加賀ではない。それは聞き慣れた声であった。男は一つ息を大きく吸うと、今氏を──パンチ一発で数メートル吹き飛ばす。
「な!?」
「かかって来いや──クソ野郎共がァァァーーッ!!!」
木柴!? 風貌が別人のように変わっていて気が付かなかった。木柴は雄叫びをあげると、向かってくる不良達を次々と殴り飛ばしていく。いつものおちゃらけた面影は無い……木柴は修羅と化していた。
「はは、すごいや。まるで生き写しだね猿弥……」
「竹部……こりゃ一体……!」
「うん、あれは猿弥だよ……"親友"と一緒に助けに来てくれたみたいだ。あの深紅の単車がまた見れるなんてね──佐藤、あれがかつて終滅咾衆最強の男……"猿夜叉丸"木柴だよ」
「木柴……」
「佐藤。少し昔話を聞いてくれるかい──」
竹部はその場で座り込むと、遠い目で空を仰ぎ見る。
「数年前──僕たちは終滅咾衆というチームを作った。リーダーはハチ。その下に猿弥、僕、クロベー……最初はこの幼なじみの4人だけだった。元々、僕達は何をするにも一緒で、名前が無いだけで既に昔からチームは出来ていたんだ。
あの時は何でもやった。ハチが無茶苦茶な提案をして、僕達3人がいつも振り回されるんだ。本当に好き放題自分らがしたい事を目一杯やった。真っ赤なトップクを羽織ったハチの背中を追いかけてね。
見るに耐えないような悪いチームを潰してると、自然と終滅咾衆に入りたいって言ってくる奴が集まって、大きくなっていった。でもね──このチームは、大きくなって勢力を拡大するのが目的じゃないんだ。終滅咾衆の行動理念は、ただハチのしたい事をするってだけ。でも、それでも他のメンバーはついてきてくれた。ハチのバカな夢に協力してくれた。大人数でケンカしたり、ツーリングしたり、海や山に行って思いっきり遊んだ。
根本は暴走族じゃないんだ──それは、最後まで悔いを残さないっていうハチの願いでもあった」
ただ自分がやりたい事をする為だけにチームを作ったのか……はは、勝手な理由だな。けど……最後の言葉が引っかかるな。竹部は話を続ける。
「ハチはね──小さい頃から不治の病に侵されていた。ハチは……成人する事は無いだろうって、前から決められていたんだ。僕達はそれを知らなかったんだ。急に余命が実はもう無い、なんて本当に勝手だよね。
だからハチは僕達に頼んで、自分が最後までやりたい事をしたいって頼んだんだって……」
そうだったのか……自分が死ぬ直前まで、命を燃やしてまで自分のやりたい事をやって悔いを残さない。その精神は本当にすごいな……。
「ハチは最後の最後まで僕達と遊んでいた……そして、中学を卒業すると同時に死んじゃったんだ──」
『お前らとバカやって楽しかったぜ、俺はもう大満足だぜ──』
『猿弥、クロベー、シロベー』
『こんな俺のワガママ聞いてくれて──』
『俺の夢についてきてくれて──』
『ありがとな────』
「フフ……僕達幼なじみにありがとう、なんて最初で最後だったんだよ……勝手に突っ走ってさ……最後の最後まで、自分勝手な奴だったよ……」
竹部は涙を溢しながら、笑みを浮かべる。
「そしてハチがいなくなり、僕達は終滅咾衆を去った。ハチは夢の続きを見せて欲しいって、猿弥に継いで欲しかったんだけど、猿弥は「お前のいねえ終滅咾衆に意味は無い」って言ってそれを断った。そして急に札束片手に「光宙高校に行く」って言うもんだから、僕達もそれについていった。風の噂でまだ終滅咾衆がやっていたのは知っていたけどね」
「そうだったのか……」
「でも……きっと猿弥は気にしてたんだろうね。ハチの夢を全部背負うって誓ったのに……自分は最後の願いを退けてしまったって」
死んだ親友の夢を継ぐ。確かにそれは、本人次第じゃバカげた事だったのかもしれない。お前がいなきゃなんの意味があるんだ、と。それを心残りにしていた木柴は──自分なりに叶えてやろうと、ここへ来たんだな。俺は、決心し立ち上がる。
「竹部……部外者の俺だけどさ。手伝わせてくれよ。俺にも、夢の続きって奴をさ。さ、行こうか!!」
「フフ……ありがとう佐藤。でも、もういいんだよ」
「オイオイ、俺も戦うぜ。棒さえありゃ俺だって戦力に──」
「本当にもういいんだ……だってほら──」
「猿弥が全部倒しちゃった」
「は!?」
俺は急いで崖下を覗く。そこには──信じられない光景が広がっていた。あちこちで踞るおびただしい数の人影。
その死屍累々の中、たった一人立っている男は幹部らしき屈強な男達全てを見下ろしていた。古ぼけて黒く汚れていた特効服は、反り血で真っ赤に染まっている。
「木柴……! アイツ、まさか今ちょっと喋ってる間に……!?」
「流石だね……250人はいたんだけど……はは……」
俺は思わずヘタリと尻餅をついてしまう。木柴はオールバックに固めていた髪をクシャリと解かすと、こちらに振り向き、いつもの顔でこちらに笑顔を向ける。
「帰るか────」
────
──
それからの事。俺達はパトカーのサイレンを聞くと真っ先に逃げ出し、伏贄山を後にする。祭りの喧騒で、発砲音と騒ぎが掻き消され、警察の到着が遅れたのが幸いだった。
重傷を負った三好はというと──幸いにも命に別状は無く、急遽父さんの用意した病院へと運ばれ、治療を受ける事になった。上杉は泣いて喜んでいた。上杉の迅速な行動が命を救ったのだ。
そして時は移ろい──秋風が過ぎ去った初冬。三好が退院したという報告と共に、俺は上杉の召集で生徒会城の会議室の椅子へ腰を下ろしていた。
「皆揃っているな。突然だが、新規役員を受け入れる事にした。入ってくれ──」
会議室へ入るなり、上杉はドアの奥の人物へと声をかける。俺の脳内に──とてつもなーく嫌な予感が走る。現れたのは──綺麗な艶髪をした女子生徒であった。
「はじめまして。三好七雲と言います。よろしくお願い致しますわ」
会議室に──否、城全域に、俺を含めた会員全員の叫びが響き渡る。
「「ええええええェェェェーーーッッ!?!?」」




