#52 尾羽里・夏の陣③
「オカモト……君までいるとはね」
オカモトと呼ばれた坊主頭はバットをこちらに向け、じっとこちらを鋭い眼光で睨んでいる。
「どうすんだ竹部……水黒、やられちゃったぞ」
「作戦に支障は無いよ。クロベーは50人近くを倒してくれた……むしろ食い下がってくれた方さ」
「な、ホントだ……!」
気付けば、かなりの数の不良達が地面に転がっていた。水黒がこんなに減らしてくれていたのだ。残るは約250人……まだまだいるな。
「アイツは岡戸元葉。通称オカモト──奴も元は総長だった男さ。昂揚雷光っていうチームでね、ワルだったけど本人なりの信念を持った男で、終滅咾衆と徒党を組んだ時もあったんだよ。だから、こんな寄せ集めのチーマー軍団に入るような男じゃないんだけど……」
オカモトはバットを背中に携え、腰を落として構えると、突然こちらへと全速力で走って来る。
「……無駄だよ。ここへは一方通行。絶対来れはしない」
竹部がそう言って酒ビンを取り出し、振りかぶって構えた。が、オカモトはこちらへと続く坂とは別の方へ走っていった。何をする気だ──その瞬間、オカモトの姿が視界から突然消えた。
「フッ!」
「な、アイツ……!」
崖スレスレの所で下を覗くと、そこにはなんと崖の岩肌に掴まり、こちらへと真っ直ぐクライミングするオカモトの姿が。10mはある垂直の崖を……なんてヤツだ。
「くっ……!」
竹部はオカモト目掛けて酒ビンを構え直す。俺はその微かに震えるその腕を咄嗟に掴む。
「待て竹部! 今コイツを落としたら怪我じゃ済まないぞ!」
「う……」
今までどれ程他者を傷付けてきたかは分からない。でも……俺の目の前であまり手を汚して欲しくない。俺は必死に竹部の腕を離すまいとした。が、そうこうしている内に、オカモトの腕が崖縁にまで伸びていた。そして──
「フッ!」
「うぐわぁ!?」
崖から這い上がり、力一杯のラリアットで竹部を数メートル吹っ飛ばす。力を込めた腕に血管が浮き出る程、その一撃は殺気立っていた。竹部がワンパンで沈んだ……コイツはヤバい……。
「簡単に躊躇するとは……随分アマくなったじゃねえかホワイトポンゴ。俺はお前のネジがブッ飛んだケンカが好きだったんだけどな──そこの男に絆されやがったか?」
指を片手でポキポキと鳴らしながら、オカモトはこちらを睨む。三好に近いモノを感じる……相対しただけで分かる。ケンカの場数が違う本物の不良。
「誰だテメーは? どう見ても不良じゃねえ。取り繕ってもわかんだよ……パンピーがしゃしゃり出てくるんじゃねえよ!!」
「がっ!?」
重い溝尾への蹴りがモロに入る。呼吸が出来ず、俺は膝をついてしまう。
「ッ……かてえな。なんか武道でもかじってんのか? まあいい……とりあえず寝とけ──」
オカモトはそう言いかけた所で言葉を詰まらせる。息の出来ない苦しさをこらえ、俺はゆっくりと見上げる。そこには──無謀にもオカモトの前に立ちはだかる上杉の姿があった。
何してるんだ上杉! これはお前と竹部の知略が合わさって出来た、綿密な作戦なんだぞ。まだ過程は残っているというのに……トップであるお前が出て来てどうする!?
「これ以上の暴行は許さんぞ」
「何……してんだ上杉……」
「……テメーも誰なんだよ。何故三好の名を名乗る? 他の奴はどこなんだ、逃げたのか。ドクロは腰抜けの集まりなのか? 本人はどこいやがんだ……アァッ!?」
オカモトはバットを上杉の顔面スレスレの所まで持っていくと、額に青筋を浮かべて顔を覗き込む。
「パンピーに手ぇ出すんは癪だがよ。邪魔するってんなら女だろうとガキだろうと容赦はしねえぞ──」
そう言葉を発した瞬間、オカモトは担いでいたバットを両手で握り、思いっきり上杉の顔面横を狙ってフルスイングした。時が止まったような気がした──思考回路が危険を告げる。上杉が危ない、と。が、俺の傷付いた身体を動かそうとした時、バットは上杉の耳スレスレの所で止まった。風圧でフワリと上杉のウィッグが宙に舞う。
「……なんで避けねえんだ」
オカモトはバットを耳へ向けたまま、目を細め上杉に問う。上杉は瞬き一つせず、じっと立っているだけだったのだ。紙一重でバットを止めなければ、上杉はどうなっていたか──遅れて悪い身震いが俺の背中を這った。
「これ以上──」
「あん?」
「これ以上……七雲に罪を背負わせたくないんだ。小さい頃、怯弱なせいでいじめられていた私を、七雲は側に寄り添って守ってくれた。いつも男子を追い返しては傷だらけの顔で怪我はないかと笑ってくれた。七雲は私のヒーローだった……私はただ守られるだけの情けない人間だったんだ。そんな七雲の手を……私は一度退けたのだ……!
私が身代わりになるのは、これ以上七雲に傷付いて欲しくないからだ。これは七雲への購いなんだ。私の……私の……大切な"親友"の為ならば、私の身がどうなろうと構わないッ!」
心臓の音がドクンと鳴った気がした。大切な人の為ならばどんな事でもする──心の穢れが晴れたような、そんな清々しい言葉だった。
「七雲の元へは行かせない。私がいる限りな──通りたくば、私を本当に殺すしか方法はないぞ」
「ダチの為なら死ねるってか……? パンピーが一丁前にほざきやがる……なら、それが綺麗事じゃねえか確かめてやるよ!!」
オカモトがバットを再び構える。今度は決して止めない──直感だが、絶対の自信があった。避けろ、上杉ッ!!
そう、叫ぼうと喉を通る寸前、突然木の上から、人影が降ってくる。ズドォン! と崖上から割れるような大きな亀裂が入る。
「三好七雲、参上だゴルルァーーッ!!!」
煙の中──鬼のような形相で、咆哮を上げる三好の姿があった。




