#51 尾羽里・夏の陣②
『お前に継いでほしいんだよ。二代目総長はお前しかいない。頼むぜ相棒、この深紅のトップクに袖を通してくれ!』
『ガラじゃねえ。俺は王にはなれねえんだよ。喧嘩しか能がねえからな』
『頼むよ猿弥! ほらお前にも似合うってこの赤!』
『だーもう、しつけーなマサ! お前とタメの俺が継いだら意味ねーだろうが! 大体、何をそんなに焦ってんだよ。お前はまだ現役で──』
『俺には……時間がねーんだよッ──!』
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「うおっしゃーーッ!!!」
「うぐぉわー!?」
「な、なんだコイツ……! 化け物かよ!」
下では、水黒が男達と喧嘩をしていた……いや、あれは喧嘩なのだろうか。身の丈2mはあろう巨漢が丸太のような腕で、人を片手で掴んでは投げ、掴んでは投げ……男達を次々と薙ぎ倒していった。
「ファーハッハァ!! こんなもんかぁ!? こんな程度じゃ、このクロベーは死なねえぞぉぉ!!」
水黒はそう言うと、着ていた漆黒の浴衣を脱ぎ捨て、上半身を露出させる。な、なんて身体してんだ!? 俺はずっと水黒を巨漢……つまり肥満体だと思っていた。違う……肥大化した水黒のそれは──全て鍛え上げられた筋肉だったのだ。日焼けした黒い肌に、ここからでも見える程の浮き出る血管。高校生の身体じゃねえだろあれ!
「あはは、すごいでしょ? 通称"ブラックコング"の水黒。150kgの握力でなんでも掴んでなんでも投げる。まさに怪力無双のゴリラさ。終滅咾衆の元No2の喧嘩自慢の名は伊達じゃないよ」
竹部は少しだけ声量を上げて俺に説明してくれた。終月の男達にも聞こえてたようで、下方から動揺を孕んだ声が漏れてくる。
「ブラックコング、て……あの50人殺しの……!?」
「終滅咾衆の三柱の1人じゃねえか……!」
「待てよ、じゃあアイツは……"ホワイトポンゴ"のシロベー……!?」
「マジかよ……ドクロはあんな怪物共を飼い慣らしてんのかっ!」
明らかに男達の士気が下がっている。名前を出しただけで筋入りの不良達が戦々恐々とする……コイツら、今までどんだけ伝説作ってきたんだろう。
「ほら、動揺してる間にもクロベーがどんどん倒してってるよ。まずは作戦通りに事は進んで──」
その時だった。鈍い音と共に、水黒の進撃が止まった。眼下には、水黒が投げた男を片足一本で蹴り上げた人影がいた。
「モブ共がよ〜……失せてろ。雑魚敵みてぇにバッタバッタ倒れやがってよ〜カスの塊なのかァ〜? 終月はよ〜」
他の不良達とは明らかに異なる風貌。特徴的な姿をした男が水黒の前に姿を現す。赤と黒の長髪を三つ編みで纏め、顔に炎のタトゥーが入った細身の男が、タバコを吸いながら立ち塞がる。
太くて背の高い水黒と並ぶと、どうしても体格差が目立つが、不思議と水黒と同等の威圧感がある男だった。
その男を見つめる竹部の瞳には、余裕が消えていた。
「さて、問題はここからだね。出てきたね……終月の最高戦力──幹部達が」
「幹部……」
「向こうの構成員は、その殆どが喧嘩もしたことないような頭数だけの雑魚だけど、アイツらは違う。過去に僕ら終滅咾衆と何度もヤり合った武闘派なんだよ」
冷や汗を垂らす竹部。その声に気付いたのか、赤髪の男がこちらに首をグンッと向け、粘り気のある笑顔で竹部を睨む。
「シロベェ〜……相変わらず白いなテメーはよ〜。お前のありとあらゆる穴に、ありとあらゆるモンをブチ込んでよ〜、可愛がってやるよォ〜」
「……麻火。お前の口から発せられる間延びた雑音は聞くに耐えないよ。もう一回ネンショーに送り返してあげようか? 前以上に屈辱的にさ……」
竹部は眉間にシワを寄せ歯噛みする……そんな竹部の言葉を気にしてない様子で、麻火と呼ばれた男は舌を出してレロレロと挑発的に動かしていた。
コイツは確かに他とは違うな。竹部は強い口調で言い返しているが、その声はどこか震えている。そりゃそうだ。コイツだって一応女の子……あんな言葉を浴びせられたら身震いもする。初対面でこんなに嫌悪感が這い上がってくる人間は初めてだ。心底気持ちワリィ。
「アイツは麻火奈生。僕らが中坊の時に争った、当時烈怒恐の総長をしてた男だよ。終月……あんな奴を引き入れてるとはね。
僕らに抗争で負けてネンショー入ってたはずなんだけど……もう出てきたみたいだね。ちなみに、罪状は傷害と強姦──強制性交等致傷罪さ……ヤられた本人は、2度と子供を作れない身体になった……」
「な、なんだよそれ……! マジもんのクズじゃねえか!!」
「……」
「……竹部?」
「そうだね……本当にどうしようもない人間だよ……でも、喧嘩の腕は本物だ」
下では、水黒と麻火の一騎討ちが行われていた。水黒の殺意が籠った一撃を、ヒラリヒラリと交わしていく……確かに、できる奴だな。最小限の動きで、間一髪の所を避けている。あの怪力パンチを既の所で……並みの度胸じゃない。
「ひゃっはァ〜!」
「フンッ!!!」
「うごォ!?」
水黒だってむやみやたらに攻撃してるワケじゃない。奴の動きのクセを理解し、動きを読んで溝尾に一発おみまいする。流石は歴戦の不良……戦闘時に相手のクセを見極め、戦局を好転させる。これはどんな戦いでも言える事で、ジャンル問わず強者というのは相手のクセを見抜く事に長けている。
俺も剣道の時に相手の動きを読めとは言われていたが、あそこまで冷静に対応できるかと言われれば……難しいかもしれない。
水黒は麻火の首を持ち上げ、木の幹に叩きつける。
「貴様は……貴様だけは俺の手で殺してやる……! 麻火ィ!!」
「オイオイ〜……余所見してていいのかよォ〜……タイマンじゃないんだぜ〜……?」
「何!?」
その時だった。水黒の背後に一瞬で人影が現れ──そして持っていた金属バットで水黒の後頭部を殴り付ける。
「……! クロベー!」
水黒は麻火の首を掴んだまま、地面に倒れてしまう。背後を襲った男──頭に幾何学模様の剃り込みをいれた坊主頭の男。バットを肩に担いで、水黒の巨体を片手で持ち上げる。
「逆上して血ィ上りすぎたな……ブラックコングよ。お前は厄介だからな。そこで眠ってろ」
「ヒャ、ハハ……水黒ォ〜……テメエは床の味でも──」
その時だった。坊主男が持っていた金属バットを、麻火の顔面めがけてフルスイングする。グシャリという鈍い音をたてて麻火は水黒と同じく地面へと倒れ込む。
仲間をやった!? なんだアイツ……! 坊主の男は、ギロリと麻火を睨み付ける。
「カスが……ブラックコングと同じで、テメエは俺も嫌いなんだよ。そこで寝てろ」
そしてゆっくりと、崖上のこちらへと首を向ける。
「ブラックコングは片付けた。このクソ野郎に寝首をかかれるのを阻止してやっただけありがたいと思え。次はテメーだホワイトポンゴ──」




