#47 あの時のまま
数週間後──梅雨明け。未だ空に朝露の匂い残る7月の上旬。俺は祝日の連休の予定を明け、光高前の駅のホームで人を待っていた。目的地は尾羽里町。待ち合わせの時間まで10分……少し早く来すぎたかな。
と、スマホを弄って時間を潰していた数分後、上杉がやって来た。
「すまない。遅れたか?」
俺の元に早歩きで近付いてくる上杉……袖口に余裕がある白いブラウスに、黒いクロップドパンツ履いていた。ブラウスから透けるタンクトップと、珍しく髪をまとめたサイドポニーテール……普段見ない私服姿に、何かこう込み上げるものがある。暫し時を忘れて見惚れてしまった。
「佐藤? もしかして何か変か? 私の格好……」
「へ……い、いや、んな事ないって! 似合ってる……ぞ!?」
「そうか。ならいいんだが……何故そんな狼狽してるんだ?」
「い、いやぁ……」
赤く染まってゆく顔を誤魔化す為に向いた方向、木柴と竹部がこちらに向かって来ていたのが見えた。何か木柴が竹部に一方的に訴えかけていた。
「あ、おはよう〜。早いね2人とも〜」
「──だから、なんでお前はそう薄情なんだよっ、別に呼んでもよかっただろ!」
「え〜、クロベーなんているだけで邪魔だよ〜。無愛想だし付き合い悪いし。作戦はまた後日知らせるから大丈夫だって」
「おはよう……なんかあったのか?」
「大丈夫だよ。なーんにも問題なしっ」
手で大きくバッテンを作る竹部と、頭を抱えてため息をつく木柴。まあいいか……4人が揃った所で、俺達は尾羽里へ向かう為に電車へと乗車する。
そして2、3駅を通り過ぎると、やがて尾羽里町の駅へと辿り着く。俺は思わず息を飲んだ。
「うはは。相変わらず汚ねえ空気だな。ここは」
「うーん空気がマズイ。あはは、変わらないねえ」
「これはまた……すごい町並みだな……」
町並みがなんというかこう……世紀末だ。辺り一面荒野だという訳ではなく、むしろそれなりに賑わっている方だと言えよう。が……曇天の空も相成って、町を包み込む不穏な空気はどうしても消えない。
一泊だけする予定なのだが宿は取っていない。竹部の提案で、宿泊可能な温泉複合施設で一夜を過ごす事に。箱入りのお嬢にそれは酷だと、一度断ろうとしたが、上杉自らが興味があると言い出し、結局その施設で一泊する事が決定した。
駅を降りたベンチで、女子組がお花摘みへ行っている最中、俺は木柴に気になっていた事を聞く。
「なあ、お前らがいた終滅咾衆って……どんなグループだったんだ?」
「終滅咾衆はな……俺とシロベーと水黒、そして──リーダーの蜂加賀。幼なじみの俺達4人が集まって出来た場所なんだ。何をするにも無茶苦茶で粗暴で……全部が危なっかしくて、毎日生傷を作ってた。色々あったけど、今思い返すと楽しかったな……」
「ふーん……その蜂加賀って人とは、今でも連絡とったりすつのか?」
「……いんや。こっちに来てからは会ってない。そろそろ顔出さないと怒られそうだな……よし、久々に会いに行くか」
「ん……まあいいけど」
2人が帰って来ると、木柴は先導して町とは反対側の山へと進む。こんな山奥に家があるのだろうか……随分な場所に家があるんだな。低い山の斜面を数分歩いた所で、木柴が「着いたぜ」と立ち止まる。前方に見えたものに俺は言葉を失う。
「よう、久しぶりだな」
木柴の目の前には──萎れた花が供えられた、小さな墓石があった。
木柴と竹部の幼なじみ、蜂加賀はこの世を去っていた。かつてのリーダー……幼なじみ。どんな過去があったのかは知らない。だが、他人が安易に踏み込んでいい領域ではないのは確かだ。俺はすぐに頭を下げる。
「ごめん……俺、知らずに……」
「やめろって。しんみりしたのはアイツにも合わねえよ。幸せな最期だったしな……寂しくもない」
「久しぶりだねえハチ。あ、この呼び方怒るんだった。犬じゃねーよってさ」
「うはは。そうだったそうだった。あ、そうだマサ。コイツ今スカートとか履いててよ──」
木柴と竹部は、墓石の前で談笑する。まるでそこにもう一人いるように……今まで溜まっていた事を報告していた。俺と上杉は、黙ってそれを見届ける。
傍観していた俺に気付いた木柴は、少し恥ずかしそうに笑うと、墓石をポンポンと叩きながら頬を掻く。
「わりぃ。つい喋りすぎちまった……墓の前でこうやって、よく食べた菓子やジュースなんか置いてよ。当時の事とか現状とか喋れば、その場に蜂加賀がいるような気がしてな。本当はこんな所で眠ってねーし、コイツはぐーすか眠ってるけど……またこうして集まれば、あの時のまんまだよな」
「そうだね〜、ハチは老けないからね。いつまでも中学生の子供で羨ましいったら──いてっ!」
竹部の頭上から、突然木の枝が降ってくる。竹部は頭をさすりながら頭上を見上げて顔をしかめる。そんな様子に、木柴は吹き出すように手を叩いて大笑いする。
「うははは! シロベーおめー、マサに怒られたんじゃね? 地獄からツッコミが来たぜ!」
「あははは、ひっどいなあ。冗談だよハチ〜」
2人は声を上げて笑い合う。そんな2人を見て、上杉は思わずポツリと漏らすように呟く。
「美しいな……友情は。こんな関係、憧れるよ」
「ああ、そうだな……」
凄いな、コイツらは。なんて強かなんだろうか。心からそう思う。大切な人──一番身近にいた人物と死しても尚、こうして語り合える。
俺には多分……無理だ。痛みが消える事は無く、生涯、亡くした痛みに捕らわれ続けるだろう……なんでだろうな。そんな友や恋人なんていないのに、何故こう確信出来るのだろうか──俺も上杉もその墓石へ手を合わせ、その場を後にする。
「さーてと……そういえば俺達って、何しに来たんだっけ?」
「え……?」
「ん〜、遊びに来たんじゃないの? 夏ダン今日からの一週間だよね。折角ならやっぱ行かないとっ」
「あの、作戦……」
「そうだったな! 夏ダンと言ったらこう……ワクワクしてきたぜ!」
「そうこなくっちゃ。さ、会長さんも折角なら……ね? あれに着替えに行くよ〜」
「あ、ちょ……押さないでくれっ」
竹部は上杉の背中をグイグイと押しながら、町中へと消えていった。上杉は困った様子で、悲痛の叫び声を上げる。
「さ、作戦はどうするんだぁ〜……!」




