#43 盃
日がまだ高い授業終わりの午後。今日は午前中で終わりだ。が、それは一般生徒の話。俺には生徒会の仕事がある。身支度し、教室を出た直後……ちょんちょんと肩を突っつかれる。
「や、佐藤。調子はどうだい?」
「お前は……」
廊下の隅、ヒラヒラと手を振る白い人影……竹部だ。わざわざ俺を待っていたのか。俺はため息一つ吐いて竹部の方を向く。何故か今日はスカートを履いている。
「……なんか用かよ」
「あはは、そう口角をへの字にしないでよ。一応、昨日は僕が君を保健室まで運んだんだよ? ちょっとデートくらい──」
「用が無いなら帰るぞ」
「わー待って待って! ちゃんと用件はあるからっ、ちょっと付いて来てくれないかな?」
「断ったら?」
「あはは。そう言うと思った。残念だけど対策済みだよ……えいっ」
「のぅわ!?」
竹部は突然俺の腕にしがみつく。強く振っても一向に離れる様子が無い。走ろうとしても腕を組んでそのまま並走してくる。
こんな格好、まるでバカップ──はっ! まさかコイツ、これを見越してスカート履いてきたのか!?
「よせ、離れろ……! 誤解されんだろうが……ッ!」
「いや〜それが目的だしね〜。どうする? そろそろ視線が痛いんじゃない?」
「悪魔の子かテメーはッ、分かった……分かった行くから! 従うから離れろって!」
「えー、離れたら逃げるでしょ。もう、このまま行っちゃお♡」
「バカ、ふざけんなって!」
「ほらほら行くよ〜、僕だって恥ずかしいんだから。さっさとねっ」
腕にしがみついたままの竹部と廊下を駆け抜ける。情けなさと恥ずかしさが込み上げてくる。生徒達の突き刺さるような目線が痛い。どうか顔見知りに見られませんように……!
やがて娯楽棟の外環、薄暗い倉庫裏へと辿り着く。俺は息を切らしながら、竹部の腕を振りほどく。
「ゼェ……ゼェ……ったく、何が性別を捨てただ……! 生きた心地がしねえよ……」
「いやあ……僕に女を思い出させたのは、君の方じゃ──うあ、何でもないっ」
竹部は慌てて首を横に振る。そっぽを向いたかと思えば、赤くなった頬を手で押さえながら、チラチラとこちらを見てくる……なんだコイツ。もじもじしやがって。
「いつまで変な演技してんだよ……」
「うわ、ひどいな……演技じゃないもん……全く……ブツブツ……」
「あん?」
口を尖らせて何かを呟く竹部。よくわからない奴だ……その時だった。
「連れてきたか? シロベー……お、ちゃんといるな」
「な……!」
影から現れたのはドクロ組の首魁──三好七雲であった。三好はニヤリと口角を上げると、ドカっとその場に座り込む。
「佐藤、忘れた訳じゃねえよな? 俺に一発当てりゃ、オマエは去っていい話だった……」
そうだ……俺は木柴の餌になるのが嫌で、最後に足掻いて……そして負けた。ここで逃げたら、最早自分が自分でなくなりそうな気がする。俺は黙って三好の言葉に頷く。
「正直、オマエの事は威勢がいいだけの口だけ野郎かと思ってたが……あの剣さばきと啖呵。中々に骨がありそうだからな。喜べ、オマエは正式にウチに入れることにしたぜ」
「は……?」
「オマエは木柴の餌なんかじゃねえ。今日から俺の可愛い舎弟だ。はーっはっはッ!」
三好は俺の頭をワシャワシャと撫でる。あーあ……なんでこうなるかな……変に気概を見せたせいで、この化け物に気に入られてしまった。佑樹ッチ、今日から俺のダチなってか? うるせえよナイキーがよ! 俺の周りはモンキーで十分だよ。靴でも売ってろ!
「……なんかコイツ、すんげえ失礼な事考えてね?」
「うーん。佐藤は心の中でながーいツッコミをするクセがあるみたいだね」
が……これは逆にチャンスなんじゃないか? コイツに取り入れば、もしかして平和的に解決出来るかもしれない。そうだ……最終目標はドクロ組をなんとかするって話だしな。その為なら、俺はドクロにでも鬼でも、なんでもなろう。
「待てよ」
俺達の後ろから声がする。その声の主を見た三好は目を丸くして驚愕する。振り返る前に声の主は分かっていた。いつもより抑揚が無く、声が低かった気がしたが間違いないモンキー……じゃない──木柴だ。
振り返ると、案の定そこには木柴がポケット手を突っ込みながらフラフラ近付いてくる。いつもような軽薄そうなお調子者の面影は無い──怒っていた……殺気が伝わるくらい、その顔に憤怒の表情を浮かべている。
「何やってんだオメーらはよ」
「猿弥……っ」
「オマエは……木柴!」
「シロベーの後をつけて見れば……人のダチを連れ込んで、口だけ野郎だの餌だの……喧嘩売ってんか?」
「フッ……猿夜叉丸、直々のお出ましか……コイツはいい」
三好は興奮した様子で拳を握る。猿夜叉丸……? 一体何の話だ? 木柴はため息を吐くと、頭をかきながら鬱陶しそうに三好を睨む。
「大体の事情は分かった。三好お前、佐藤をダシに俺をドクロ組へ勧誘してえんだろ? 狡い手ぇ使いやがって」
「察しがいいな。そうだ。俺は……いや、俺達はオマエの力がどうしても必要なんだよ」
「ああ、いいぜ。なってやるよ、お前の兵に」
「ほう? 随分あっさりと引き受けたな」
「ただし、佐藤にはもう一切関わるな。それが絶対条件だ!」
木柴は右手を横に広げ、そう言い放つ。木柴なりに、俺を守ってくれているんだろう。コイツの事情、そして過去に……どんな事があったかは分からない。でも、1人の友人として、俺を庇ってくれている。それは確かだ。でもな……木柴──
「待ってくれ」
「佐藤……?」
俺は木柴の肩を退け、三好の前へ立つ。
「アンタに攻撃が当たったら俺を逃がす……まだ終わってないよな? このまま逃げるのは自分自身が許せない。俺はアンタに正々堂々と一撃を加えるまで、ドクロ組にいてやるよ。これは俺の筋だ」
「な、佐藤!?」
「ほう……いっちょまえに言うが、不良の道はアマくねーぞ。オマエにそんな覚悟はあるのか?」
自分が決めた事は決して曲げるな……それは幼い頃、父さんに教わった言葉だ。俺はそれを変えるつもりはない。自分が吐いた言葉にはキチンと向き合う。ずっとそうしてきた。これからも、だ。俺は真っ直ぐ三好を見据える。
「フン。まあ、いいぜ。オマエの筋とやら……しっかり見極めさせてもらおうか。集会は明日だ。待ってるぜ」
三好は不適な笑みを浮かべると、その場を後にする。木柴は俺の背中を軽く叩く。
「オメーはよ……格好つけすぎだっつーの。ま、ちっとは響いたけどな。仕方ねえ。俺も付き合うぜ、友よ!」
「……まあ、どっちにしろ接近はしなきゃだったしな。腹は括るさ。そろそろ俺は行くよ。生徒会の仕事があるしな」
「はぁ、生徒会も大変だな……んじゃ俺らは帰るぜ。またな!」
俺は2人に手を軽く振って、急ぎ足で校舎へ戻る。やべ……もう遅刻だ。さっさと戻らねーとな……あーあ……俺もついに不良かよ……上杉になんて言えばいいのか。俺は生徒会と不良の板挟みという葛藤に苛まれながら、駆けて行くのであった。
「はーあ……またお前と組むことになるなんてな……水黒の野郎もいるんだろ?」
「…………」
「……おい、シロベー。聞いてんのか? ってかお前、なんなんだその格好……女子の制服は一生着ねえんじゃなかったのかよ」
「なんかさ……」
「あん?」
「佐藤って……彼に似てるよね。心が強くて、頼りがいがあって、ぶっきらぼうだけど優しくてさ……そっくりだよね」
「……そうだな」
「あはは、これからが楽しみだよ──」




