#42 たった一人の存在
「大切な……それはつまり恋人……って事なのか……?」
「フフ、ある意味そうかもしれんな。私達は、恋人……いや、それ以上の関係だった。小さい時からどこへ行くのも一緒だった。七雲はそんな存在だ」
「そう、だったのか」
大切な人、か……俺の中で何か、言い様の無い感情が胸から込み上げてくる。校内一の不良と生徒会長……とても釣り合いそうにないが。
「かつて、私の隣にいた唯一の存在だったんだよ。俗離れで孤立していた私に、手を差し伸べてくれたのが七雲だった。
七雲は昔から少しやんちゃでな……年々それは過激化し、中学生の時には複数人での愚連隊を結成し、喧嘩に飲酒喫煙、ツーリングに……不良行為に明け暮れていたんだ。一度……高校に上がる前に不良グループ……今のドクロ組に誘われた事があった。だが私は……その手を取れなかった」
そりゃ当然だろう。生徒会を目指していた人間に不良グループに入れと誘う方がおかしい。厳格な家で育ったお嬢に、そんな事は許されるはずがない。
「言葉を交わしたのはそれで最後だ……不思議だな、あんなに毎日のように共に過ごした存在が、ある日急に疎遠になり、口もきかなくなってしまう……家族のように接していたのに、だ」
たった一人の存在……それを失い、孤独になってしまった訳なんだろうか。上杉の気持ちは痛い程伝わってくる……生徒会としての重荷、かつての恋人としての葛藤。どうすればいいのか分からない……だから俺にこんな話をしてくれたんだろう。
「七雲の仲間に退学処分を下した事もある……きっと七雲はもう、私の事を目の敵にしている。私の言葉は届かないだろう……」
「……優しいのな、上杉は」
「え?」
「んな一人で悩むなって。ドクロ組の奴らだって、父さんが直接認めた人間なんだ。話が全く通じない事はないはずだ。俺──いや、お前には生徒会の皆がいる。お前に必要なのは、誰かを頼る事だと思うぞ」
「佐藤……」
上杉は少し驚いた表情を見せると、すぐに微笑んで見せる。いやまあ……一人で突撃した俺が言うのも変なんだけど。
「すまない。そうだったな……私がこんな有り様では、理事長に顔向け出来ないな。礼を言うよ佐藤、話を聞いてくれて」
「ああ、それと……」
「どうした?」
「ありがとな。こんな時間まで看病してくれて」
上杉は笑みを浮かべると「替えの氷袋を取ってくる」と保健室を去っていった。
流石に、俺がついてる……なんてのは恥ずかしくて言えなかったな──
────
──
「よーう、おはようさん! 佐藤!」
「ああ、おはよう……」
翌朝の登校時間。いつものように坂道を上っていると、後ろから木柴の声が聞こえる。
「なんだよ、元気ねーな? もしかして生徒会で疲れてんのか? なら、そろそろ新聞部入るか、な?」
木柴が肩を組んで俺の顔を覗き込む。まだ諦めてないのかコイツ。校則的には問題ないんだろうが、流石に今さら新聞部へ入って部活するのはなあ……父さんの言う通り、部活と生徒会の両立は難しい。生徒会の仕事で手一杯だ。
それにしても、三好は何故木柴を欲しがるのか……分からねえ。恋心か? まさかアイツそっちの気なのか? 上杉と別れた傷心を木柴で癒そうと……うん、なんだか絵面を想像したら気分が悪くなってきた。コイツに直接相談するのもなあ。
「あ、おはよう猿弥、佐藤君」
俺達の背後から声が聞こえる。聞き覚えるのある優しい声音……振り返ると、そこには小田さんが──ッ!?
「ようひなた! おお、どうしたよ佐藤。頭なんか抱えて」
「佐藤君、平気?」
「い、いや……大丈夫だ……」
突然の頭痛が俺を襲う。前頭葉が痺れるような激しい頭痛に俺は思わず顔をしかめる。小田さんの顔を見た瞬間、電撃が走ったかのように、頭全体を衝撃が駆け抜けた。小田さんは心配してくれていたが、彼女も顔をしかめて頭を抱える。
「う、ん……でもなんだか、私も急に頭痛くなってきたかも……」
「おいおいなんだよ。2人して片頭痛か? ま、確かに今日気圧やべーらしいからな。俺の頭痛薬を飲むか……あ、やべ。これ使用期限3年くれー過ぎてたわ。しかもこれ鼻炎薬だし」
「いいって……お前と会話するだけで頭痛してきそうだ……」
片頭痛持ちじゃないんだけどな……妙な感覚だ。分からない……心の中で何か引っ掛かるような。でも思い出そうとすると激しい頭痛に苛まれる。
「っと、そろそろチャイムだぜ。一時限目英語だし……遅刻したらセンセーに何されるかわかんねーぞ」
「う……そりゃ御免だな」
俺達は急いで坂道を駆け上がる。頭痛は──気付いたら治まっていた。




