#41 土の味
「オラァッ!」
「おわっ!?」
ズガン! と俺がコンマ数秒前までいた場所にクレーターが出来る。棍棒がめり込み、地面の土を隆起させる。冗談じゃない……こんなもん木刀でも受けきれない。直撃したら松葉杖だけじゃ済まなそうだ。俺は咄嗟に後ろへ飛び、なんとかそれを避ける。
「よく避けたな。その動き……武道経験者か?」
「……ッ!」
驚いた。今の一瞬の挙動で経験者か否かを見抜くとは。コイツ、どんだけ場慣れしてるんだ……それだけに恐ろしい。この修羅の道を行く男から、果たして一本が取れるのだろうか。
「もいっちょいくぞオラァッ!!」
今度は棍棒を頭上に大きく振りかぶって、それを振り下ろす。俺は瞬時に詰め寄り、それが振り下ろされる前に木刀で止める。初動だった為、威力が弱くなんとか木刀で押さえられた。棍棒の間から、三好の狂気を感じる顔が覗かれる。
「一丁前に鍔迫り合いか? ハン、善戦してるつもりかよ……離れろやッ」
「んぐっ!?」
恐ろしい程の剛力で、俺は無理矢理引き剥がされる。重心を後ろへ崩し、俺は倒れ込んでしまう。三好はその隙を逃さず、棍棒を再び頭上で構える。
「終わりだ」
「クソ、させるか……!」
俺は急いでしゃがみの体制で木刀を構え、三好の棍棒を受け止める。痛い……振動と衝撃で腕が千切れそうだ。決死の覚悟だったが、木刀が頑丈で助かった……そして木刀を再び構え、三好の棍棒の先を捉える。
「そこだッ!!」
「なッ!?」
俺は手首を切り返し、木刀の先で棍棒を捻り上げる。三好の手から棍棒がすっぽ抜け、地面へと落ちる。俺は中指が腕に付くくらい手首が柔らかい。故に刀の回転力はハンパじゃねえ。巻き上げ……俺が得意とする立派な剣道技だ。俺は息絶え絶えに、木刀の剣先を三好に向ける。
「もう……いいだろ……俺の勝ちだ……」
三好は無表情のまま。が、すぐに腰を深く落とし、左足を後ろへ引き、大きく構える。
「誰が剣道するって言った? 俺に一撃っつったろ──」
すると三好は高く跳ね上がり、空中で右足を中心に脚を駒のように回転させ、俺目掛けて蹴りを飛ばす。俺は木刀を構え、蹴りを受け止めた──はずだった。
天地が逆さまになった。気付いたら俺は頭から地面へ落下し、突っ伏してしまっていた。強く全身を打ったように、身はが痺れて動けない。息が苦しい……棍棒の比ではないくらいの衝撃が全身に広がる。右手に視線を移すと、木刀が真っ二つに割れていた。
「へえ、まだ意識あんだ。大したもんだよオマエ」
三好の声が遠くに聞こえる。全て理解した──最初から結果が分かっている不公平な試合だったんだと。三好は一撃だけという判定のハンデだけではなく、もう一つ棍棒という"ハンデ"を背負ってたんだ。筋骨隆々の大巨人が、細い棒切れを使っていたようなものだったのだ……一番の武器は、あの自らの研磨された肉体だったのである。
あれが、茨の道を往く百戦錬磨の不良……俺ごときが勝てるわけが無い。次元が違いすぎる。クソ……理不尽だなあ──
────
──
「う、うーん……」
目が覚める。目を擦りながら、身体を起こし辺りを見渡す。薄緑のカーテン……白いベッド……保健室だろうか。身体がまだ痛い……。
「どれくらい寝たんだ……?」
「お目覚めか? ボーイ」
「うぉわ!?」
耳元で女性の囁き声が。こんな事をするのは1人しかいない。振り返ると、案の定そこには北条先生がいた。そして深刻そうな顔でベッドの上にまたがる。
「落ち着いて聞いて下さい。貴方が眠っていたのは……9年です」
「誰がVだっ、そんな擦られたネタやらんでいいですよ」
「長い時間寝ていたのは確かだよ。もう夜中の10時だ」
「そう、すか……なんかすみません、こんな時間まで」
「クク……礼なら上杉に言え。ボーイをずっと看病していたんだからな。私はたまたま通りすがっただけだ」
先生はそう言って不適に笑う。「邪魔しちゃ悪いから退散する」と、何か含みのある言い方で、その場を颯爽と去っていった。突然現れてはすぐに消える……台風のような人だ。
「佐藤、無事かっ?」
北条先生に入れ替わる形で、上杉が焦った様子で俺のベッドへと駆け込んでくる。俺には、卑屈気味に乾いた笑みを浮かべる事しか出来ない。
「ははは、なんとかなあ……」
手には濡れたタオルと包帯が入ったプラスチックの桶。上杉……こんな時間になるまで、俺を献身的に看ていてくれたのか……?
参ったな。正直……顔を合わせるのが恥ずかしい。あんな格好つけて勝手に踏み込んだ挙げ句、ズタボロにされて返り討ちにあったんだがら。改めて言葉にすると恥辱の骨頂だ……あー恥ずかしい。が、上杉が開口一番発した言葉は、意外なものであった。
「すまない……私の過誤で君を危険に晒してしまった……」
そう言ってこうべを垂れる上杉に、俺は諸手を振って否定する。
「やめてくれ、お前は悪くない! 全部……俺のせいだ。俺の驕りが生んだ結果だ」
「違う。元を辿れば、三好が──七雲がああなってしまったのは、私に原因があるんだ」
「原因……?」
上杉は物憂げな顔でベッドに腰掛ける。そして遠い眼でポツリと一言漏らす。
「七雲は──かつての、私の大切な人だった」




