#39 薬品の香り
俺を拘束するソイツは、そんな俺の心理を読んだかのように、クスリと笑みを溢す。
「フフ……君の吐息でどんだけ焦ってるか、まさに、手に取るように分かるよ。白制服か……君生徒会だよね? ここで何をしてたのかな? 普通の生徒ならもう離してるんだけど、君の場合はそうも行かない。立場が立場だからね」
「ん〜……んん〜!」
「わあ、すごい心臓の音。ごめんねー、脅すつもりじゃなかったんだけど」
ソイツは俺の拘束を少し緩めて、またクスリと笑う。俺は口を塞がれながらも、必死に声を漏らす。
「ちはう……そうひゃな……」
「ん? なにかな?」
「ひゃっきはら……あんか、へなかに……当たっへ……」
「背中……? あっ」
ソイツは急に俺の拘束を解くと、離れていく。俺もすぐに後ずさって息を整えながら体制を立て直す。見れば、病的なまでに白い肌と髪色をした、少年のような見た目の生徒が、手で自分の口を押さえていた。なんだコイツ……こんな華奢な身体をした奴に俺は捕らえられたのか? 俺は、首と肩の骨を鳴らしながら質問をする。
「誰なんだ、お前……」
「あっははは。ビックリして思わず放しちゃった。逃げられると思ったんだけど、妙だね……むしろこっちに興味津々って感じの顔だ。ちょっとは話の分かる人なのかな?」
「見かけじゃ分からなかったろうな……むしろラッキー的な?」
「うわっ、サイテー! もう。僕は性別を捨てたんだから、そういうのはナシなのっ」
「いや、そっちから押し付けたんだろ……」
白髪の生徒は、腕を組んで頬を膨らませる。さっきの感触で分かった。コイツ、制服も男子用のを着用してるし、顔も少年のような見た目だが──女子だ。初見じゃ絶対分からないだろう。改めてコイツの顔を覗き込み、問い詰める。
「で? お前は誰なんだ?」
「えー、普通こういうのって男子から自己紹介しない? 受け身な男子はモテないよ?」
「てめえ、性別捨てたんじゃないのかよ……!」
眉と口がヒクつく。一言二言しか言葉を交えてないが分かる。多分、コイツめちゃくちゃ面倒くさい。上手い具合に会話を逸らそうとしてくる。こういうのが一番面倒なんだ。ここでつっかかったら余計に話が拗れる。俺はため息を一つ吐き、頭を掻きながら適当に名を名乗る。
「あー……2Aの佐藤だ。一応生徒会だけど、入ったばっかだし、正直よく分かってない。今日は様子を見ていただけだ。俺転校生でよ、学校の不良グループってのを一目見ておきたくてな」
まあ……嘘は言っていない。上杉、生徒会や父さんの事は伏せて白髪の生徒に経緯を話す。ソイツは、俺の顔をじっと眺めながらウンウン頷いて見せた。
「ふーん……真実を言ってるけど、なーんかまだ隠してるね?」
思わず口を開けそうになる。どんな洞察力してんだ……危ない。あまり感情を顔に出さない方が得策だ。
「……とりあえず、今度はこっちが名乗る番だね。僕は2年C組の竹部白乃。一応、ドクロ組のメンバーさ」
「お前もドクロ組……」
「喧嘩は出来ないけどねー。頭を使う専門さ。気軽にシロベーって呼んでよ。皆そう呼ぶからさっ」
「……で、俺はどうなるんだ? 願わくば、このまま帰してもらいたいんだがな……"竹部君"よ」
「んー……そうはいかないね。君の隠し事を喋って貰わないと。性分でね、不明瞭な禍根は残したくないんだ」
「……俺がお前から逃げられないとでも?」
足を地面に食い込ませ、すぐに身体が動くように体勢を整える。剣道で鍛えた踏み足舐めんなよ。が、真剣になっている俺に対し、竹部はニヤリと口角を上げる。そしておもむろに──自らのワイシャツのボタンを開けそれを広げる。下着がシャツの隙間から露になり、下着から覗くふくらかな柔溝が権化する。
「は……っ?」
全神経を集中させて警戒をしていた俺だったが、突然のパインエンカウントにより俺は一瞬硬直し、臨戦態勢を崩してしまう。
その刹那の隙を逃がさないように、竹部は俺の脚部へと下半身を滑り込ませ、足を引っかけて俺を転倒させる。
「どぅわっ!?」
体勢が狂った俺は前へと大きく傾く。そこには服をはだけさせ、仰向けになった竹部が。俺はすぐに身を反ろうとするが、支柱が無くなった上半身の自由落下は止められない。俺はそのまま竹部へ覆い被さるように倒れてしまった。鼻いっぱいに湿布のような薬品の匂いが広がる。
「はい、チーズっ」
カシャッと撮影する音が右側から聞こえる。視線をやると、スマホのカメラを構えた竹部の右腕が。
「何を──」
「いい写真が撮れたよ、ほら。白制服の生徒会員が女子生徒に暴行……こりゃ大スクープだね」
竹部はスマホを裏返して画面をこちらに向ける。そこには、竹部に覆い被さる俺の姿。どうみても俺が襲っているようにしか見えない……ムカつく程よく撮れている。捏造された俺の罪。背中に何か嫌な寒さが這い上がってくるようだ。
「テメ……!」
「フフ、言ったろ。僕は頭を使うって。最初拘束した時にあんな動揺を見せた君なら、この手が効くと思ってね。証拠が不確かなものでも、目撃者がいないんじゃ男の君は不利だ」
竹部は舌を出して、妖艶ともとれる目付きで俺を見つめる。クソ……何が性別を捨てた、だ。この小悪魔め……!
「さて……どうする? 君が大人しくしてくれるなら、SNSで画像付き投稿の送信ボタンを押下せずに済むんだけど」
やられた。なんて情けない降伏だろう。泣きたくなる……すまない上杉。まだ貞操を失いたくないんだ。俺は竹部の提案……もとい脅迫に渋々頷く。
「フフ。そうか、よかったよ。ところで……そろそろ離れてくれないかな……?」
竹部は、少し頬を紅潮させて困ったようにそう呟く。俺の頭がモロに密着してるせいで、コイツの心音がどんどん早くなるのが分かる。俺は慌てて起き上がって竹部から離れる。そして、俺はこれまでの経緯を竹部に洗いざらい話す。父さん──理事長に「なんとかしてくれ」と頼まれた事。上杉と俺で秘密裏に更生させようとしている事。全てを。
「ふーん……なんとか、ねえ……」
コイツは頭がキレる。もしかしたら何か協力してくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱く俺に、竹部は衝撃的な一言を放つ。
「ねえ佐藤。七雲と直接話してみる?」




