#37 ハンバーガー
「いらっしゃいまセぇー!」
人々の喧騒と鳴り響く電子音。上杉の希望で、俺達はバーガーショップに来ていた。全国展開するごく普通のハンバーガーチェーン店だ。
俺達はそれぞれ注文し、奥の狭い空間にある2人用の椅子へ腰を降ろす。そこしか席が空いてなかったからだ。既に店は大勢の客で賑わっていた。
「ここの店舗は初めて来たけど、やっぱこの時間はどこも混んでるなあ」
上杉は落ち着かない様子で、キョロキョロと辺りを見回している。
「食堂も混んでいるが、こういった外の飲食店もそれなりに混雑しているんだな……」
「行ってみたかった場所って言うから、どんな場所かと思いきや……ありふれたファーストフード店とはな。初めてだったのか、ここ」
「ああ。というか、同級生と外食に行くのは初めてさ。こういったチェーン店は、家と周りの目があって一人では中々行けなくてね……フフ、家が厳しくて出来なかった"普通"の放課後に憧れてたんだ」
「ハハハ、俺はすっかり利用されちまったワケだな」
「しかし……このハンバーガーの値段に驚いたぞ。想像の10倍は安かったんだが、どういう食材を用いているんだ? この肉はなんだろうか?」
パティをまじまじと見つめるおかしな姿。やっぱり俗世離れしているな……不思議な様子でメニューとハンバーガーを交互に見る上杉を見て、俺の中の悪戯心が沸き上がる。
「ああ……それ実は、着色料と化学調味料をふんだんに使った小麦粉の塊なんだ」
「肉じゃないのかっ?」
上杉は目を丸くして、バーガーを解体し始める。アゴに手を当てて真剣に考えるその姿……やべえ笑っちゃいそうだ。
「小麦粉の……肉? グルテンミートの類いか? しかしメニューには確かにビーフと……」
「ビーフじゃなくてB4だ。4つのB……ブキャナン、ブッシュ、ビューレン……えー、ベンジャミン。宗教で肉食が禁じられている町で、肉が食べれるようにと、この食べ物を作った4人の"大僧侶"から文字ってるんだ」
それを聞いた瞬間、上杉は動作をピタっと止める。そしてゆっくりと顔をコチラに向け、小さく息を吐く。
「……大、違いだな。それは歴代のアメリカ"大統領"だろう?」
「うは、バレちゃった。気付くのはえーな」
「全員記憶してるからね。だが順番がメチャクチャだし、それに何故、ハリソンだけファーストネームなんだ……覚え方に矯正が必要だな。あと、高僧を大僧侶とは言わん。それを言うなら大僧正だ。全く……危うく間違った知識を学ぶ所だった。中々に厄介な性格しているな佐藤」
目を細め、ジュースをストローで吸う上杉。適当に言ったのがバレて、訂正されるという反撃をくらった。うん、知識面で嘘つくの無理だわこれ。変にうろ覚えの大統領の名前なんて出したら、一瞬でバレてしまった。かわいくねえ……でも上杉の、その猫のような分かりやすい警戒の仕方は、ちょっと可愛いと思ってしまった。
「しかし、君のそのユーモアのある所も、父君譲りなんだろうな。凛としていながらも、どこか気骨な姿勢なのもそっくりだよ」
「父……? んえ!? 俺、理事長が父さんなの、お前に話したっけ?」
「いや。理事長ご本人から直接聞いたんだよ。君の事をな。フフ、普段はカリスマ性溢れる威厳ある方だが、君の事を話している時だけは、心底嬉しそうに……それこそ、息子を自慢する1人の父親というお姿が微笑ましかったよ」
「そっか……なんかハズいなあ」
「ん? 呼んだか?」
モゴモゴと何かを口に加えながらアホみたいな顔で、隣の仕切りから顔を出す人影。見知った顔であった。
「り……理事長っ?」
「なんでいんだよ父さん……」
「なんでって……君たちと同じさ。ここで食事をしている。学校から近いからな。私もよく利用してるんだ。しかも期間限定でコーヒー無料とポテト全サイズ150円だからな!」
仕切り越しにポテトを貪り食いながら笑う、突然現れた俺の父親。マジでなんでいるんだよ……俺は、ふと父さんの首にぶら下がっていたものに気付く。
「ん? なんだよ、それ。カメラ……なあ、本当は何しに来たんだ? 親父コラ」
「あ……うん。バレちゃった。本当は、佑樹と上杉がデートしてるって母さんから聞いて、いてもたっても居られなくてな。大スクープだと思って潜入してた」
「アホか! んな事の為に校務放っぽりだして来るなよ! デートじゃないし、なんで一眼レフなんだよ! ハリウッドセレブか俺らは!」
「はっっはっは! これが本当の"パパ"ラッチ……なんつって!!!」
俺の額に青筋が浮かぶ。このままでは父に暴行しそうだ。大きく深呼吸し、込み上げる怒りを抑える。そんな俺を尻目に、父さんは話を続ける。
「上杉、佑樹。実は、生徒会のお前達に頼みたい事があってな」
が……結局それだったのかよ。最初から頼みがあるって言えばいいのに……めんどくせーの。
「なんでしょう?」
「お前達、ドクロ組という我が校の不良グループは知ってるか?」
ドクロ組──確か前に木柴がチラッと言っていた気がする。詳しくは知らないが……やはり、どの学校にもヤンキーはいるもんなのだろうか。俺と上杉は、父さんの言葉に頷く。
「……ええ、存じております。なぐ──3年の三好七雲を筆頭に、大勢の非行生徒が集う愚連隊。法社会の逸脱者が出かねない、校内治安の懸念材料ですね」
「なら話は早いな。単刀直入に言おう──ドクロ組を何とかしてくれ」
父さんは真面目な表情で、組んだ拳を口元に持ってくる。
また急な話だな……何とかして、とは。もう全部ぶん投げてるように聞こえるが。あまり二つ返事は出来ないな。眉をひそめる俺に、父さんは首を横に振る。
「何も、この件全てを些事だと言って投げる訳ではない。彼らは不良グループ──そう呼ぶには、少々規模が拡大しすぎたんだ。犯罪者が出てしまうのも時間の問題。速やかに対処したい所だが……彼らは、我々教師との関わりを断絶している。こちらから歩み寄っても、裏目になるだけだ」
父さんは一度決めたら最後までやり通す人間だ。何度も手を差し伸べ、更生させようと奮闘したはずだ。それが叶わなかった悔しさを表すように、父さんは無表情のまま固く拳を握る。
「かと言って放置していい訳は無い。彼らも、可愛い我が校の生徒には違いないからね。私は救いたいのさ……それを君達生徒会に一任したいんだ。分かってくれるか?」
父さんは、俺と上杉をジッと見つめる。俺は上杉は顔を合わせ、小さく頷く。
「……承知しました。理事長がそう仰るのならば、我々生徒会も、問題解決に向け善処しましょう。生徒会会議でも議題に挙げておきます」
「まあ……俺も一応生徒会だしな。上杉に付いて、俺なりに頑張ってみるよ」
「ああ、助かるよ。勿論、私の事はいつでも頼ってくれて構わない。力になれる事ならば協力するよ」
父さんはそうニコリと笑う。そしてイスをこちらに運んで来たかと思えば、持っていたナゲットとポテトを俺の目の前に置く。
「お礼と言ってはなんだが、ここは私が出そう。昔みたいに、オモチャがついてるセット買ってやろうか佑樹〜!」
父さんはそう言って、俺の頭をワシャワシャと乱す。女子の同級生の目の前であまりやってほしくないものだ。俺は手で払い退けると、奪い取るようにポテトをつまむ。
「ガキ扱いすんなっ」
「ああ、そうだ上杉。いい機会だから、佑樹の子供の時の話でも──」
「ば、やめろって!」
「ハピネスセットのオモチャを欲しがる佑樹に、父さんが店舗を買収し、オモチャ全部を箱詰めにしてプレゼントした時の佑樹の園児とは思えない引き顔! 傑作だったんだぞ〜」
「なんでそのエピソードチョイスした!? つーか、あれは普通に引いたよ! ただの事実だよ! あんな要らねえよっ、同じオモチャを数百個も欲しがる子供がいるか!!」
「他にもなあ──」
「うがぁー! やめろぉー!」
「フ、フフフ……っ」
先ほどの真面目な雰囲気はどこへやら。絶対に息子の話をしたい父親vs絶対に話させたくない息子の図になってしまう。上杉は可笑しかったのか、笑いを堪えきれずに声を漏らす。薄い微笑ではあったが、俺が見た中では一番の笑顔だった。
「羨ましいな……」
上杉は誰にも気付かれない声量で、そうポツリと漏らした。




