#36 白き威厳
俺の名前は佐藤佑樹。光宙高校2-A組。華のセブンティーンだ。放課後、俺は今──生徒会城へと足を運んでいた。
「フフ、様になってるぞ佐藤」
「そうか? やっぱり仰々しい感じするなあ、なんか暑いし」
会長の上杉と副会長の直江に見守られながら、俺は純白の制服を羽織る。明らかに、正規の制服と違う重厚感のあるデザインと滑らかな質感は、他生徒とは違う特別な存在だという事を実感させられる。特別な存在……孫……キャンディ……そう、私は特別な存在なのだ! おっと。つい懐かしいフレーズに思わず魔王になってしまった。この黎明期のネタを知っている人間は残っているのだろうか。直江は気に入らない様子で、腕を組んで俺を睨み付ける。
「我が校の伝統なんだ。文句を垂れるな。ありがたみを噛み締めて腕を通すようにしろ」
「はぁ、昔は栄えてたんだぜ、ヴェル◯ース教……」
「聞いているのか貴様……!」
青筋浮かべる直江を尻目に、俺はため息を吐く。
そう─俺はたった今、生徒会の人間となった。木柴による新聞部の執拗な勧誘を断り、会長上杉の名の元、勤しむ事になった。だがまあ、この白制服に腕を通したからには、キッチリと仕事をこなしていくつもりだ。
「一応、新入役員の佐藤に、軽く生徒会の説明をしておこう。我々は厳密に言えば部活動で、正式名称は生徒会執行部という。仕事内容は──とても一言では語りきれないな。我が校にはPTA役員が存在しないからね。その分の仕事は全て生徒会にまわってくるんだ。予算管理、広報、学校行事の運営企画……様々な校務をこなしていると思ってくれ」
「了解だ会長」
「最初は大変かもしれないが、追々慣れていくさ。不明点があれば、いつでも私に聞いてくれ。では、早速校務の方へ移るぞ。直江、昨日の手筈通り頼む」
「はっ、お任せ下さい」
「佐藤、君は私と一緒に来てくれ。今日は学生寮の設備点検だ」
「え? この学校、寮あったのか?」
「坂を上る時、小さな集合住宅が見えるだろう? あれがそうさ」
「マジかよ。普通に高級マンションか何かと思ってたぞアレ……」
いくつかの書類と手に、上杉は俺を引っ張って校外の方へと歩いていく。そこで少し驚いたのが、すれ違う生徒達の反応だった。
「上杉会長、お疲れ様です! 校務ですか? あ、これつまらないモノですがよかったら……ビックリ◯ンチョコです!」
「ああ、ありがとう」
「会長! これ、料理部の方で作って余った、鯛の活け作りです! よかったらどうぞ!」
「すまないな。ありがたく受け取っておこう」
「あ、上杉先輩! この間は発掘調査にご協力ありがとうございます! これ、お礼の徳川埋蔵金です!」
「そうか、後で警視庁へ埋蔵物発見届を送っておくぞ」
冷酷無比と畏怖されていた割には、道行く生徒達からはとても慕われているように見えたのだ。歩く度にプレゼントやらお礼の品を渡されているので、夏休み前の帰宅時の小学生みたいになっている。どうにか校門を抜けた所で生徒達から解放される。上杉は息を一つ吐くと、荷物を地面に置く。
「ふぅ、毎回こうなってしまってはな……また役員を呼んで荷物運びを手伝ってもらうとしよう」
「……なんか思ってたのと違うな。もっと距離をとられると思ったんだけど」
「フッ、そうは言うがな。先ほどの料理部の男子とツチノコの死骸をくれた女子を見たか? 一つ上の三年生だっただろう」
「そっか。敬語……だったなあ」
「ああ、そういうことだよ。彼らの気持ちはありがたいんだがね。とうに覚悟は決めたつもりだけど、普通の学校生活を送れない事に、時々少し寂しく感じるよ。君が生徒会に来てくれて本当に助かる……ありがとう、佐藤」
学年問わず全校生徒から敬語で慕われ、日々学内の業務に追われる毎日。彼女の青春を謳歌できない寂しさは、経験した事がない俺でも分かる。威厳を見せる立場である人間が、こんな愚痴のような事を、数回会っただけの人間に言うはずがない。数少ない対等に話せる存在の俺だからこそ見せた、彼女の小さな弱みなのかもしれない。
彼女は薄く笑みを浮かべると「行こうか」と寮の方へと歩いて行く。距離が……遠すぎるんだな。不謹慎だが……彼女の寂しそうな笑顔が、儚げで美しかった。
「よし着いたぞ。まずは男子寮の点検だな。洗濯室、食堂、フロア……順に回って行こう。ついてきてくれ」
「おう。にしても業者みたいな事すんだなあ。設備点検とか、普通専門の施工業者とかがやるんじゃね?」
「点検と言っても、中を開けて設備不良を発見したり、実際に修理をするわけじゃない。生徒達の要望や不満を予め聞いておき、内容に応じて担当者間で共有して、今後の改修や設備追加に繋げようというわけさ。それで、今日は実際にあった声を参考に下見に来たんだ。先ほど挙げた場所は特に要望が多かった箇所だからね」
「へぇ、なるほどな……」
上杉と共にバインダーを確認しながら、設備を見て回っていく。ふーん、やっぱキレイだな。モデルハウスみたいな内装だ。放課後だからか食堂にはチラホラと生徒が。制服と私服の生徒達が楽しそうに談笑していた。
「食堂テレビの改善か……かなりの要望が寄せられているが、寮の運用費や光熱費を考えるとな……少し難しい。が、一応議会に挙げてみるか。佐藤、チェックを頼む」
「はいよ。テレビ、ね」
テレビねえ……大きくもないが、特別小さい訳でもない。学生寮のテレビとしちゃこれで十分な気がするけどなあ。実装して、要望の欲がデカくならなきゃいいが……。
上杉と少し離れた所にある設備の点検をやり終え、俺は報告しようと上杉の方へ戻る。先客がいたのか、見知らぬ白制服の女子と話している上杉の姿が見えてきた。
「では、お嬢様。今日の校務はこれで」
「ああ、ご苦労様。助かったよ」
「はいっ、それでは──」
「おーい上杉ー、点検終わったぞー」
話が終わり、女子生徒が背中を見せたタイミングを見計らって、俺は上杉に声をかける。が、それに一番早く反応したのは去っていったはずの女子生徒だった。
「な……お嬢様を呼び捨て……!? 誰ですか貴方は!」
早歩きで俺の方へ距離をつめる女子。右眼が隠れた前髪と、つり上がった眉と眼が特徴的な少女。生徒会の役員か……校章は2-C組。確か上杉と同じクラスだ。
「いいんだ宇佐美。私がそう呼んでくれと頼んだんだ」
いや言われた覚えはないが……まあ、その方が今は都合がいいんだろう。宇佐美と呼ばれた女子生徒は、その言葉に驚きながらも、俺をなめ回すように睨み付ける。
上杉が彼女を紹介してくれた。彼女は生徒会会計の宇佐美柚月。なんでも彼女の父が、上杉の家で執事として長年働いているらしく、彼女も家で住み込みでメイドをしてるのだとか。それでお嬢様呼びなんだろう。執事ねえ……現代の日本でいるもんなんだな。上杉の家の巨大さがそれだけで感じ取れる。
「貴方、新入部員ですか?」
「まあ、そうなるな。よろしく」
「……どうも」
「彼は佐藤佑樹。私自ら、この生徒会の役員に誘ったんだ」
「自ら……!?」
その上杉の言葉を聞いて、ますます俺への視線が鋭くなった気がする。色々言いたい事がありそうだったが、上杉の制止により、渋々口を閉じ、去っていった。やれやれ……嫌われたものだ。まあ、いきなり新参者が主人にタメ口だったら、怒るのも当然か。だがそこを変えるつもりはない。
「身内がすまなかった。彼女は決して悪い人ではないんだ。私を思ってくれるのは嬉しいんだけどね。少し過保護気味なんだよ」
「いいよ、気にしてない。それより早く戻ろうぜ。もう外暗いし」
「む……確かに、もうこんな時間か」
いくつかの部屋を回ってバインダーにチェックをしていく単純な作業だったが、窓の外を見るとすっかり日が沈んでいた。俺と上杉は生徒会城へと戻っていった。上杉が淹れてくれた温かい紅茶が、疲れた身体にじんわりと染みる。
「ふぅ……チェックしてただけなのに、歩き回ったせいで疲れたぜ。こんなのを毎日してるのか?」
「日々溜まっていくからな仕事は。どうだ、続けられそうか?」
「へっ、こんくらいで根上げちゃ、ただチヤホヤされたくて入ったヤツだと思われるからな。心配はしないでくれ」
「フフっ、そうか」
紅茶を飲み終えた後、荷物をまとめ帰ろうとした時、上杉に呼び止められる。
「待ってくれ佐藤」
「うん、なんだ?」
「私も帰宅する。それで……ど、どうだ? 夕食でも……一緒に取らないか?」
お、まさかのお誘い。確かにもう夜飯の時間だ。腹も減っていたし、俺は母さんに連絡をして、上杉の誘いにうなずいた。
「……ッ、そうか。ありがとう。では行こうか。ずっと行ってみたかった場所があるんだ」
嬉しそうに話す上杉は、俺を先導してくれた。行ってみたかった場所か……普段行かない店なんだろうか? 俺達は明かりで照らされた坂道を降りていく。




