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移行中  作者: あ
小田 ひなた編
35/106

#35 長い旅路

 透き通る青空。太陽に照らされ、光輝く大海。砂浜に響く静かなさざ波が耳にこだまする。安美島──ここに来るのは随分久しぶりだ。


「ここにいらしたんですか、理事長」


 後ろから、やれやれと言った口調で声が聞こえる。北条先生。校務を放っぽりで飛び出したからな。心配して遠路遥々迎えにきたという訳だ。随分と心配させてしまったようだ。


「全く、自由なのは相変わらずですね。さあ、そろそろ帰りますよ。理事長」

「フフ。2人でいる時くらいは、佐藤クン──って呼んでくださいよ先生。佑樹クンでもいいですよ」

「……フゥ。全く君は、飄々として掴めない感じが、年々お父上に似て来ているな」


 彼女はそう、苦笑いをしながらため息一つ吐く。

 北条先生──高校時代の担任教師だ。俺は理事長である父さんの後を継ぎ、光宙高校の理事長として日々勤しんでいる。

 あの北条先生が、今や俺の部下になるとはな──むずがゆすぎて、2人の時では、ついつい昔の関係に戻ってしまう。

 あの時は、俺と北条先生、木柴。そして──ひなたがいた。


「もう5年になる、か……早いものだな」

「はい。今日は命日ですから……せめて花くらいは、と」

「生まれ故郷で捧げる花束──きっと、ひなたサンも喜んでくれるさ」

「はは……校務を放ってまで来るな……って怒られそうですけどね」

「そうだな……」


 俺は、花束を投げるように海へと流す。白い花びらが辺りに散る。海風によって空を舞う花びらはやがて水面へと浮かび、水平線の遥か彼方へと流れていく。


「………ねえ、北条先生。亡くした人の事を──乗り越えようとは思うっていうのは、普通の思考なんでしょうか?」

「え……?」

「自分はそう思わない。乗り越えられる訳がないし、越える努力をするつもりもない。なぜ、世の中では、乗り越えようとするのが普通なんでしょうか?」

「…………」

「前を向いて進もう──それはただ、記憶ごと置き去りにするだけだと思うんです。でも、不思議なんですよね。愛していたのに。思い出す度に胸が張り裂けそうなほど苦しいのに──」




「声が、顔が、写真や映像を見ないと思い出せないんです」




「大切だと分かっている。だが想えば想うほど、声や顔を……彼女を自分では思い出せない。色褪せた写真を見てようやく認識できるんです。何故でしょうね……」

「それ、は…………」

「……すみません、こんな話。先生は先に戻って下さい。すぐ行きます……俺はもう少しだけ、ここにいます」

「ああ……分かった」


 先生は複雑そうな表情で、砂浜を後にする。すみません先生……普段は明敏に、的確な答えをくれる貴女だったけど……今回のは少し、優しい貴女には答えにくかったですよね。ごめんなさい。


「なぁ………」


 俺は海へ向かってポツリと呟く。


「俺さ……最初に出会った頃、全てを受け止め、最期まで側にいるって言ったけどさ──」


「本当に、果たせたのかな……その約束……」


「幸せ……だったのかな……」


「ひなた…………」


 その時だった。







 フワリと──香り花のような優しい匂いが、俺の鼻を突き抜けた。







 忘れもしない。大好きだった……ひなたの香り。

 顔、声、触れた感覚。あの日々の思い出や記憶が、俺の脳裏に鮮明に映し出されていく。溢れる彼女との記憶……俺は感情を抑えきれなかった。気が付いたらボロボロと涙を流していた。


「前を向けって……言ってるのか……ひなた……?」


 確かに残る鼻腔に突き抜けたあの日の思い出……俺は膝をつき、海へ向かって手を突き出す。


「ごめんな……ひなた……でも、俺さ……もっと……お前と一緒にいたかった……手を繋いで……2人で色んな景色を見て……幸せな日々を……一緒に過ごしたかったぁ……あぁああ……ッ!」


「なんで……なんで、こんなにも早く離れなくちゃいけないんだ!! 綺麗事なんて吐けねえよ……! ひなたと共に過ごした時間を……写真を……記憶を……思い出す度に、俺はひなたに会いたくて胸が張り裂けそうだ……ッ!! なんで……もう会えないんだ……戻って……きてくれ……ひなたぁ……あ……あああぁぁあぁあぁああぁ………ッッ!!」




「ひなた……」



「ひな、たぁ……」




 俺は顔面からあらゆる水分を垂れ流しながら、大声で慟哭を漏らす。そうして天を仰いでいた時であった。





 トン────っと、背中を押される感覚がした。





 風では無い。微かではあったが、確かに人の手によるものだった。重心がブレていた俺は、前のめりになって体勢を崩す。後ろを振り向いても、誰一人いない。俺はハッとして思い出す。





『私が死んじゃっても、佑樹君が立ち止まらないように、私が守り神になって背中押してあげるね』





「ひなた……?」


 そこに……いるのかな……島の守り神となって、俺を見守ってくれてるのかな……立ち止まらないように……俺の背中を……。

 俺は顔を拭い、立ち上がる。


「ひなたにそう言われちゃ……ずっとここにいる訳にもいかないな……」





 俺はフラフラとした足取りで砂浜を歩く。



 なあ、ひなた。



 やっぱり──立ち直れないよ。



 きっと、俺は一生悲しみ、後悔してしまう。



 君の事が本当に大好きだったから。



 それでも──俺は前へ進まなくてはならないんだな。



 ひなたとの記憶、大切な思い出を胸に──



 俺は進み続けるよ。













 to be continued……

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