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移行中  作者: あ
小田 ひなた編
33/106

#33 未来の思い

 それからの事───ひなたはもう、病院を出ることは叶わなかった。ひなたの身体には確かに"何か"が蝕んでいる。身体は酷く衰弱し、もう自力で長時間歩く事もままならない。

 医者からは「いつでも覚悟はしておいて下さい」と、宣告を受けた。

 悠久の時は過ぎ、気が付くと、俺達は3年生となっていた。学校の坂に満開の桜が咲く季節、俺はいつものようにひなたの病室を訪ねている。3人で北条先生の授業を受ける。この変わらぬ日常が、何よりの幸せであった。授業の終わりに、先生がわざとらしく咳をすると、俺達の方へ向き直る。


「時に少年達よ。君達はもう最上級生な訳だが──進路は決まってるんだろうな?」

「し、進路……」


 進路、か……一族経営の学園、親父の後を継いで理事長になるのが、普通の流れになるんだろうな。だとしたら大学へ進学か──未来については、あまり深く考えてはいない。もっとしっかり決めないとかもなあ。横を見ると、木柴は直角に顔を逸らしていた。そんで重々しく口を開く。


「お、俺ぁあ……大学へ……進学……かなあああ?」


 明らかに今考えただろお前。先生にも勿論お見通しのようで、でっかいため息一つ吐く。


「この時期になっても将来を考えてない人間は、ロクな事にならんぞ。大学へ行っても遊び呆け……卒業してもやる事が見つからず……楽なバイトに明け暮れ……虚無の20代を過ごし……何の成果も挙げずに30代を迎える……それがオチだ」

「うわあああ!? リアルすぎんだろ!? ガチでなりそうでこえーよ! 今まで一番怖い話だよッ!!」

「そうなりたくなかったら進路をしっかり決めるんだな。学生を卒業したら、時間なんて一瞬で消える。20代はあっという間だぞ。人は学ぶのを止めた時が、一番時間の流れが早くなるからな」


 そう諭しながら、どこか遠くを見つめる瞳で、髪をかき上げる先生。20代はあっという間って言うけど、アンタまだ20代前半だろ。達観してんなあ……ああ、そういえば──


「ひなたはどうするんだ?」

「えっ、私? けほ、けほ……」


 他人事のように、ベッドで寛いでいたひなたにも聞いてみた。話を振られた意外だったのか、驚いた様子だったが、すぐに苦笑いを浮かべ、首を横に振る。


「ううん。私は──」

「いいから、いいから。ほら、将来は何したいんだ?」


 言うくらいならいいだろう。未来の事を考えるのは大事だ。ひなたは暫くうーんと唸っていたが、やがて恥ずかしそうに、頬をかきながら答える。


「私は……もっと英語を勉強して、1人で世界中を旅したい、かな……地球を回って、世界にはどんな光景が広がってるのか見てみたいなあ……だから外語大に行って、色んな言葉を勉強したいっ……それが私の進路、かな?」


 ひなたらしい素敵な進路だと思う。自分の意思で将来を語るのは大事だ。それがたとえ……夢だとしても。先生や木柴も、笑顔でそれに頷いていた。


「いいじゃないかひなた。全うな進路だと思うぞ。少なくとも、30過ぎてもフラつく木柴よりかはな」

「いや、決まった訳じゃねーよ!?」

「ふむ。私はやはり、欧州にBarを構えたいな」

「アンタは教師だろ……」


 4人でのたわいもない時間が過ぎていく。いつの間にか外は真っ暗になっていた。先生と木柴は、俺達に別れの挨拶を告げ帰路に着いた。病室は俺とひなたの2人っきりだ。ベッドに腰をかけると、ひなたは俺に被さるように抱いてくれた。俺もそれに応えるように、ひなたの手を握る。


「私さっき嘘ついちゃった」


 ひなたが突然そんな事を口走る。なんだろうか?

 少しだけ、ひなたは俺を強く抱き締める。それでも全く力は弱いが。


「私ね……世界を旅するより、先に叶えたい夢があったんだ」

「夢……?」

「うん。本当は……私、家族が欲しかった……幸せな家族……2人で一緒に過ごして……結婚して……子供が出来て……そんな普通な暮らしがしたい……なあ……」


 言い様の無い感情が込み上げてくる。胸がきゅっと締め付けられる。普通の家庭を持ち、一生を過ごしたい。簡単な話じゃないか……そんな容易な夢、叶えてやりたかった──


「……ひなた?」


 いつの間にか、ひなたは寝息を立てていた──だが妙だ。背中から感じるひなたの体温が妙に熱い気がする。俺は咄嗟にひなたのおでこに手を当てた。


「なッ……」


 思わず手を引っ込めてしまう程の体温──ひどい熱だ。俺はすぐにナースコールを押し、医師を呼んだ。部屋に来た医師は軽く診断をすると、険しい顔をする。俺はおそるおそる容態を聞いた。


「あの、ひなたの体調は……?」

「非常によくありません。今すぐ集中治療室へ運ばなくては」


 医師はそう告げると、部屋を後にする。集中……治療室……? あまり聞きなれない言葉だが、一言で緊急性が伝わる響きだ。鼓動早まり、息苦しくなる。

 暫くして医師は、複数人の看護婦を連れひなたのベッドを移動させる。何か焦った様子で医療用語を口走りながら、駆け足で去っていく。俺は、その医師達にベッドごと運ばれるひなたの様子を、黙って見ることしか出来なかった。


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