#31 地下で眠るもの
「ふがっ!!」
「……何やってんだよ」
病院教室からの帰り道、歩きスマホをしていた木柴が、前方不注意により電柱にぶつかってしまう。赤くなった鼻を押さえる木柴は少し涙目になっていた。
「画面に熱中しすぎたな」
「つつつ……この状況なんていうんだっけ……えーっと、猿も歩けば電柱に当たる?」
「勝手に作るなよことわざを。ことわざでもなんでもないしそれ……何を熱心に見てたんだ?」
「ミク○ィをチェックしてるんだ。俺の今朝の投稿があと7イイネでキリ番なんだよ。あ、お前マイミク申請してなかったよな? 申請していいか?」
「もうやってねえよ……いつまでやってんだ。相変わらず平成に取り残されてるなお前……ん?」
ふいにポケットから振動が伝わる。電話だ……相手は父さんだ。こんな時間に珍しいな……俺は通話ボタンを押下する。
「もしもし父さん? どうしたんだ?」
『……佑樹。急だが、今から病院に来てくれ。門の前で待ってるぞ』
「え? ちょ、ま──」
父さんはそれだけ言うとプツリと通話を切る。よく分からないな……でも、なんだか胸騒ぎがする。俺は木柴に別れを告げ、病院の方へと踵を返して歩き始める。病院の入り口。病院の外壁に横たわるように父さんが立っていた。
「来たか佑樹。着いてこい」
これから帰るという時に何を面倒な。と、小言の一つでも言ってやろうかと思っていたが、父さんの見たこともないような神妙な面持ちに、俺は言葉を飲み込んだ。そして、父さんの後をついて行く事に。妙だな、さっきまで歩いた道と全く同じだ。やがて父さんはひなたの病院の前で足を止める。
「へ? ここ、ひなたの病室だよな?」
「………」
ガラガラと扉を開ける。ひなたはベッドに付いている机を広げて、ノートに何かを書き込んでいた。
「え、え? 理事長先生っ、それに佑樹君?」
「こんばんは小田さん。ゆっくり歓談したい所だけど、残念ながらそんな明るい要件ではないんだ。佑樹も落ち着いて聞いてくれ」
「………」
父さんはベッド付近の椅子へ座り、姿勢を正してひなたと向き合う。ひなたは憂うでも強張るでもなく、父さんのその言葉に無の表情で頷く。
「真実を包み隠さず言おう……小田さん。検査の結果、君の身体を蝕む病は最早、医療行為の範疇を越えている。世界一のドクターチームが匙を投げた。申し訳ないが……君の病はもう、医療では治せない」
「え……? ひなたが……?」
「…………」
「手の施し様が無い……すまない」
視界がグラッと歪んだ。俺は身体のバランスを崩し、反対側のベッドへ腰を下ろす。抗いようのない深い絶望が押し寄せてくる……ひなたが……ひなたが……いなくなってしまう。
「…そうですか。なんとなく……そんな気はしてました。入学式の時、同じように入院して、そう医者に言われていたので……」
ひなたはそう言って無理やり笑みを作る。ああ、そうか……結局、俺が無駄に足掻いていただけだったのかもしれない。ひなたはもう……医療では治せない。前と全く同じ結果。俺では何も変えれないのか? ああ、この世界はなんて残酷なんだろうか。が……俺はふと冷静になって、かつて安美島で出会ったひなたのじいさんの言葉を思い出す。
『これは遺伝性の病気などという、些少な話ではない。古代より続く、非科学的な何かが深く根付いておる。曲がりなりにも考古学の博士だったワシが、半世紀の時を費やしても"呪い"の正体は終に分からなかった』
非科学的な……何か……分からない。一体ひなたの身体には、何があるんだ? 俺の脳内を様々な思惑が駆け巡る。焦りか否定か。次に口から出たのは、揚げ足取りにも聞こえるような稚拙なものであった。
「なあ父さん……医療では治せないって言ったよな? その言い方、他の方法でもあるっていうのか?」
「………医療で治せない病。その病の治療方法が他にあると思うか? もし存在するとしても、それはお前や、他でもない小田さん本人が傷付く事になるだろう。ただの言葉の裏返しだ」
「……ッ」
理事長の突き刺すような現実。佑樹は拳を固く握り、病室から逃げるように去っていった。
窓から覗く夕日が2人の影を作る。病室は静寂に包まれていた。ひなたは佑樹が出ていったのを確認すると、理事長に向き合い頭を下げる。
「理事長先生……いえ、佑樹君のお父さん。ありがとうございます。あの事を佑樹君に話さないでくれて」
「……我が校の地下深くに存在する、光宙三大地下施設……時空間研究室。時空間における相対性理論を追及し、次元転移を可能にするシステム……タイムマシーン。それを用いて根元を探り、病気を治療する方法。君に以前それを話した時も、君は首を振っていたな」
窓から風が吹き、ひなたの髪がふわりと舞う。
「初めて聞いたときは、冗談にしか聞こえませんでしたけど……施設を見て、研究員が働いているのを見て、理事長先生の真剣な顔を見て……なんだか本当のように思えてきて。でも……そんな夢のような話を前にしても不思議と、これで助かるんだ──って気持ちが浮かんでこなかったんです。
決して助かりたくない訳じゃなかった……でも、そんな理に反してでも、私だけが助かっていいのかな? その先にあるのは本当の幸せなんだろうか? そう思えて仕方がなかったんです……今でも、その気持ちは変わりません」
ひなたの言葉に、理事長はただ無言で頷く。
「優しい佑樹君は、マシンの存在を知ったら、きっと私の為に躊躇無く使う。病気の治し方を探そうと、生涯をそれに費やしてしまう。私のおじいちゃんのように。でも、私はそれを望んでいません。私は……佑樹君に側にいてほしい、それだけで幸せなんです。
私のお母さんもおばあちゃんも……そのずっと先のご先祖様も、きっと同じ思いを持っていたと思います。おじいちゃんが言ってました。呪われていたのは自分の方だった。視野が狭くなり、ひだか……おばあちゃんが真に望むものを汲み取れなかった。もっと側にいてやればよかったって。おじいちゃんはすごく後悔してたんです。私は……佑樹君にそんな思いはさせたくないんです。理事長先生の好意を無下にするようで……ごめんなさい」
「いいんだ……君は本当に立派だよ。君ほど強く優しい女性は見た事がない。君に愛された佑樹は、本当に幸せ者だ。これからもあの愚息をよろしく頼むよ」
理事長はイスから立ち上がると、ひなたに深くお辞儀をし、病室を去っていく。
ひなたは一人になった静かな病室で、自分の携帯の壁紙、尾羽里町の祭りで撮った佑樹と自分だけが写った写真を眺める。
「……卑怯だな……私」
ひなたは携帯を抱くようにして、ベッドの毛布へ潜り込み、身体を丸くして眠りにつく。
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──
「フフ……そうだったな。何度も失敗していたというのに、私は何故今更…………ああ、佑樹。お前がああなってしまうのも分かる気がするよ。彼女は素晴らしい人だ。だからこそ……」
「フ、フハハハ……一瞬、最低な奸計が過ったしまった。全く……どれだけ贖おうとも私は結局、冷酷非道な咎人なんだな。そう鏡の前で刻印を見せ付ける事もないだろうに……」
「自身の首を締める事になろうとも、手を伸ばしてしまう……そういう所が似たんだろうよ──」




