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移行中  作者: あ
小田 ひなた編
29/106

#29 落ちゆく砂

「Seeing you face, makes me wanna puke──これは、お前の顔を見ていると吐きそうだっていう意味だ。

 日頃から言っているが、英語を頭で和訳しようとするな。それが誰でも出来るのであれば、通訳という仕事はこの世に存在しない。いいか……言語とはフィーリングだ。日常から使うことによって自然と身に付くのさ。ややこしい動詞共も、感覚で覚えれば──」


 北条先生の授業は続く。安美島から帰還した翌日、俺達は普通の日常に戻っていた。先生の英語は、相変わらず学校の授業でやるものじゃない。頬杖をつきながら、先生のきったねえスラング英語をノートに書き留める。途中、前の席にいる木柴が身体をこちらに向けて話しかけてきた。あの北条先生の授業を無視するとは……中々チャレンジャーだな。


「なあ佐藤、そういえば今日病院行くんだろ?」

「まあな。前向けって」

「俺もついて行っていいか?」

「……ひなたに聞いてくれ」


 木柴は、俺の横の席に座るひなたに顔を向ける。それにひなたは、無言で小さく頷く。


「うん、それは構わないけど……猿弥、先生に怒られるよ」

「サンキュー、いやあ……やっぱ心配だからなあ」

「猿弥……今私が言ったのは、怒られるかもよって意味合いじゃなくて、今から怒られるよって意味だからね」

「へ……?」

「あ、佑樹君。右に首曲げて」

「ん、そりゃどういう──ってうお!」

「ぶべぼっふぉぁ!!」


 ビュン! っと俺の右耳を、何かが猛スピードで横切る。ひなたの言葉になんとなく従い、首を曲げて間一髪避けれたが……前にいた木柴は、イスごと俺の方へ激しく転倒する。そーっと首を伸ばし、倒れた木柴を見ると、後頭部に数本のチョークが刺さっていた。どうやら先生の投げた物のようだ。教壇の方では、投球フォームのようなポーズでこちらを睨み付ける先生の姿が。


「貴様の目は後ろに付いているのか? 木柴貴様。前を向かんか!!」

「す……すみませ……ん」


 クラス中にクスクスと笑いが。この程度の小事は最早日常となっているので、クラスの皆も先生も、すぐに何事も無かったかのように授業に戻る。

 あ、あぶねえ……俺まで流れ弾をくらう所だった。ひなたのおかげで回避出来たが……何故、ひなたは事前に来ることが分か──まてよ……? 俺の背筋に嫌な寒気が走る。


「ひなた……今のまさか、未来予知したのか……?」

「え? うーん……どうなんだろう。ハッキリとビジョンが見えたわけじゃなくて、なんとなく察知したっていうか……勘、みたいなものじゃないのかな」


 ひなたの話を思い出す。未来予知の巫女……死期が近くなと、より強く予知の力を発揮する。なんて……悪い考えだろうか。俺の険しくなっていく表情を見たひなたは、俺の手に自分の手のひらを重ねる。


「佑樹君、偶然だよ。未来予知なんて力、あるわけないもん。だから落ち着いて」


 ひなたの顔を見て我に返る。深呼吸をし、心を落ち着かせる。そうか……偶然か。そうだよな。ひなたは先生の動きを見ていて、予測したんだよな。たまたまか……ハハ、なんだ俺、心配性か? そう言い聞かせ、俺はひなたに笑いながら謝る。

 授業が終わり放課後。父さんと木柴、そしてひなたと一緒に病院へ向かった。父さんの車に揺られる事わずか一分。学校のすぐ裏にある、真新しい白い建物の前に到着する。


「えっ……病院っていうか、ここ学校の敷地内じゃね? 目と鼻の先じゃないか」

「父さんが用意したと言っただろう。ここには日本中の名医が集まる病院だ。まあ、今日設立したから、まだまだ中身は空っぽだけどな。でも安心してくれ、最低限の医療は提供できる」

「マジかよ……」

「前々から、学校直通の医療施設が作りたいと思っていたんだ。丁度いい機会だからな。作ってみた」

「さ、流石日本有数の資産家……行動力お化けだな……」


 俺達は早速、ひなたを連れて病院へ入る。父さんは後の事を院長頼み、ひなたは早速、診察室で精密な検査が行われる事になった。俺と木柴は休憩室で、ただただじっと待つことに。暫くして、1人の看護婦が俺の前にやってくる。


「連れ合いの方でしょうか?」

「は、はい」


 医療関係者との対話はあまり心地よいものではない。恋人がいる病院となれば尚更だ。今すぐにでも耳を塞ぎたいくらいだ。そして、看護婦の口から発せられたのは──


「小田さんですが、検査した結果、入院が必要という判断になりました」


 ドクンと俺の鼓動が高鳴る。視界が一瞬揺らぎ、重心が安定しない。様々な思考が駆け巡る中、俺はハッと我に返り、看護婦に詰め寄る。


「……ッ待って下さい! ひなたの身体に、何かあったっていう事ですか!?」

「落ち着いて。今日限りでは結果が出ないという事です。より精密な検査をするには、長期に渡って通院する必要があるので、一時期な検査入院という措置をとらせて頂いたまでです。親御さんや学校の教職員の方には、既にご連絡してありますので」

「そ、ですか……」


 看護婦は一礼すると、そそくさと俺の前から去っていく。入院。その言葉だけが、ひどく頭に残っていた。俺は、ひなたのいる病室へと急いで駆け込んだ。


「小田様……ここだ──ひなたッ!」


 窓際のベッド、夕日に照らされたひなたの姿があった。顔を見れてひとまず安堵する。


「あはは……ごめんね佑樹くん。入院する事になっちゃって……」

「ひなたが謝る事じゃないさ……ふぅ……」


 俺はひなたのベッドに腰かける。お互いまだ混乱しているのか、少しの沈黙が訪れる。俺は何も考えず、ボーッと窓からの景色を眺めていた。先に沈黙を破ったのは、ひなたの方だった。


「今、理事長から電話があったんだ」

「父さんから……?」

「入院中寂しいだろうから理事長や北条先生が、たまにここに来て、直接授業してくれるって。出席した事にもしてあげるって言ってくれたんだ」

「父さんがそんな事を……」

「なんか申し訳ないなあ。でも、ちょっと楽しみなの。特別な授業って響き、少しワクワクしない?」

「ああ………」


 明後日の方を向き、空返事をする俺に、ひなたは怒る事なくたわいもない話をし続けた。ひなたは話を終えると、シーツをクシャッと掴む俺の手に、自分の手のひらを重ねる。


「そんな顔しないで佑樹君」

「ひなた……ごめん、ごめんな……」


 元気付ける立場が逆だ。頭では理解しているつもりでも、俺の頭の中は、入院という二文字に支配されていた。代われる事ならすぐにでも変わってやりたい……俺は強くそう願っていた。


「側に……いるからな……」


 彼女がこんなにも懸命に病と戦い、笑顔を見せている。なのに俺は……なんて無力なんだろうか。俺には、側で手を握ってやることしかできない。俺がひなたの手を握ると、ひなたはそれに応えてくれた。その微笑みに、俺の心は少し……ほんの少し、気が楽になった気がした。

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