#28 海を眺めて
「だからさ、父さんの方でも調べて欲しいんだよ」
『そうは言うがな……父さんは医学には詳しくないんだ。それに彼女の事は入学前から把握している。私も手は尽くした……前に大きな病院で診てもらった事もある。結果は……医者は全員、頭を下げていただけだった』
「けどよ……何もしないなんて……俺は!」
『分かってるよ。佑樹の大切な人なら父さんにとっても大切な人だ。何にせよ精査しないと手の施しようがない。帰ったらもう一度、父さんが用意した病院で診てもらうとしよう。それでいいな?』
「……ああ、わかった。校務中に悪かったな。そんじゃな」
『いや。今は地下のカジノで遊んでいるから大丈夫だぞ……あっ、それロンだ!』
「理事長なら仕事しとけよ!」
俺は携帯の通話終了ボタンを押し、ため息一つ吐く。ビーチでの一時を終えた静かな海を彩る夕暮れ。ホテルの夕食時間を待つ間に父さんに電話をしてみたが……案の定だな。本当に原因不明なのか……? 帰ったら確かめる必要がありそうだ。俺はそのまま体重を背に預け、堤防の上に寝転ぶ。涼しい海風と日照りで温まった堤防の熱が気持ちいい。
「あっ、佑樹君」
「ん? ひなた?」
「ダメだよ、そんな風が強い所で寝転んじゃ。風邪引くよっ。佑樹君、低体温症になりかけたんだから……安静にしてなきゃ」
ひなたが堤防に上がってくる。心配性だな……まあ、それは俺も同じか。大切な人に何かあってほしくない。その強い思いはお互い様なのだ。俺は笑みを溢しながら、冗談を飛ばす。
「んじゃ、ひなたが温めてくれ」
「え、どうやって? こ、こう?」
ひなたが俺に手を回し後ろから抱きついてくる。ははは……そうそう。ひなたはこういう冗談を間に受けて、素直に答えてくれる。そんなひなたが愛おしい。俺は肩から突き出るひなたの手をそっと握った。夕日が俺達2つの影を作り出す。
「なんだ……背中あったかいね佑樹君」
「はは、寝てたからかな」
「よくおじいちゃんにこうしてたんだ……でもなんか不思議。佑樹君にやると心臓がドキドキしちゃう」
「……ごめん、ひなた。せっかくの海なのに、今日一緒に遊べなかったな」
「ううん。気にしてないよ。あ、でも……もし良かったらなんだけど……」
俺から離れ、ガサガサとひなたがビニール袋の中の物を取り出す。ラップにつつまれた茶色い……おにぎりだ。
「渡しそびれちゃったこれ。食べてほしいな」
「それは……?」
「名物のジュッシーおにぎり。ジュッシーは島の言葉で混ぜご飯って意味なんだよ。一緒に食べたいなって思って朝作ってきてたんだ……えへへ、夕食前だけど」
俺とひなたは堤防に座って2つのおにぎりを食べる。米に油が乗っており、沢山の野菜と独特な香草な香りが相成って美味しい。彼女の手作りっていうスパイスが……また最高だった。
「どうかな?」
「ああ、すんげえウマイよ……ありがとな」
「よかったあ。香辛料の臭いが強いから、口に合わなかったらどうしようって思っちゃった」
「なあ、ひなた……」
「ど、どうしたの?」
ひなたの目を真っ直ぐ見つめる。ひなたは少し恥ずかしいのか、夕日で紅くなった顔を更に紅潮させる。
「帰ったらさ、理事長……俺の父さんが用意した病院に一緒に行こう。今までの病院とは違うぞ、きっと全国各地、果てには各国の医療のエリートが集まるようなデッケエ病院だ。そこで診てもらえれば、きっとひなたの病気の事も分かるはずだ」
「佑樹君、ありがとう……分かった」
「……へ? 分かったの?」
意外だった。言った手前変だが、てっきり断られるかと思ったからだ。説得しようと、いくつも考え付いた言葉を全て飲み込んだ。
「怖くないって言ったら嘘になる。でも……佑樹君が側にいるから。病院なんてもの、佑樹君と一緒なら怖くないよ。それに私も……本当は……病気なんて治って、ずっとずっと、佑樹君の側にいたいっ」
「ひなた……ああ。きっと治るさ」
俺はまた、ひなたの手を握る。その小さい手を、しっかりと。
「でもね、佑樹君」
ひなた微笑みながら、俺の手に自らの手を重ねる。
「私……もし治らなくても、絶対佑樹君を恨まない。だからね……私がどんな目にあっても、佑樹君は自分を責めないでね」
「ひなた……だから今はそういう──」
「約束してっ」
「ッ……ああ。分かった。でも絶対治るさ」
「うん。そうだね……あ、そろそろ夕食の時間じゃないかな? 先生達待ってるかも」
「んだな。んじゃ行くか」
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──
翌朝。安美島の取材、最終日。グルメ特集は昨晩組み、記事も完成した。やるべき事は全て終えたのだ。俺達はホテルの朝食、食後のお茶を楽しんでいた。出港まで一時間、この後は帰るだけ……島とはお別れだ。
「滞りなく無く記事は完成したな。ひとまずお疲れさんだ。今年の現地取材は、とりあえずこれで終了となる。後は我々も編集作業に移るぞ」
「名残惜しい気もするな……海とかもっと入りたかったな〜」
「うん、そうだね。私も楽しかった。今度また、皆でもう一度これるといいねっ」
「ククク、そうだな。ではそろそろ行くとするか」
帰りの船が港で待っていた。俺達は乗船し、安美島を後にする。潮風に当たりながら俺は物思いに耽る。
爺さんが言っていた、ひなたを蝕む"島の呪い"……考古学者の爺さんが一生を費やしても解き明かせなかったものだ。
だが、それは果たして本当に実在するのか? ひなたが言うように、ただの遺伝性の病気かもしれない。むしろ現実的に考えて、その可能性の方が高いんだ。でも……だとしたら、俺が見て話した爺さんは何だったっていう話だ。俺も爺さんがやったように、追い続ける事ができるんだろうか。俺にひなたが救えるんだろうか……俺は一人憂い、海を眺めるのだった。




