#24 静かな海
「す、すげぇ……佐藤お前……」
「うん? どうした?」
「うむ……想像以上だな」
「大きい……」
初夏の早朝……俺達新聞部は、安美島への船が停泊している港へと到着した。船の名前はシュガーゲイザー4号。所有者は佐藤誠、父さんのクルーザーだ。懐かしい……子供の時、よく乗ってたなあ。
「せっかくだから我々だけの海の旅を楽しみたいという、佐藤クンの好意に甘えたはいいが……凄まじいスケールだ。うむ、全長50フィートは軽く越えてるな……まるでハリウッドのセレブじゃないか」
「そんなにデカイっすか? これ4隻ある中で一番小さいんだけど……ってあれ?」
木柴、先生、ひなた……全員が絶句していた。そんな驚くかね……俺はひなたの手を取って、早速4号に乗り込む。
「金持ちにしては普段とか庶民派だな〜って思ったら、ブチこんできたな佐藤のヤツ……なあ、センセー……町2番の金持ちが生徒会長の上杉なのは周知の事実だけど、もしかして町1番の金持ちってアイツなんじゃね……?」
「うむ……あの理事長の家系だからな……否定できん」
「あ、親子なのしってんだ。センセーも」
「知ってるも何も……私は、あのお方から"息子をよろしく"と前々から申し付けられているんだ。というか、顔を見れば一目瞭然だろう」
「だ、な……よし、俺らも乗ろうぜ」
目的地の安美島までは8時間。海に揺られ、暑い日差しと涼しげな潮風が吹く、心地のよい一時。出港して約1時間、事件は起こる。
「う……うぐ……うおぉ……おぉお……」
「猿弥平気?」
木柴が船酔いした。まあ……波が結構荒れてる中、スピード出してたからな。無理もない。木柴は口を押さえながら、青い顔をしている。
「完全に船酔いだな。市販のものだがこれを飲んでおけ。後は風に当たって、遠くの景色を眺めてるんだな」
「く……くそぉ……なんでお前ら平気なんだよ……うぷッ!」
「俺は慣れてるからな。剣道で平衡感覚が鍛えられてるってのも、あるだろうけど」
「私も慣れてるから平気。海で育ったし」
「元より船酔いなどしない。何故なら私は魚雷だから」
「意味わかんねぇ……うおぇ……」
木柴の介護は先生に任せて、俺は何か軽食でも摘まもうと船内へ戻る。ソファでは、ひなたがスウスウと寝息をたてていた。ま……今日は朝早いしな。起こさないよう、俺は冷蔵庫から取り出した生ハムをそのまま千切って食べた。ひなたの隣に座りボケーっと携帯を眺めていると、ふいに肩に重みを感じる。
ひなたは起きないまま、俺に体重を預けていた。寝顔もかわいい……俺も、少し眠ろうか。そう思って目蓋を閉じた時、静かに扉が開く。泡吹く木柴を肩に担いだ先生が入ってきた。
「ちょ……先生何してんすか」
「うむ。精一杯治療は施したのだが。もうダメだ」
「んな真顔で言われても……なんで船酔いの治療で口から泡吹いて血ィ出すんすか……」
「まあ、それはいいとして」
先生は、木柴を空の段ボールの山へと放っぽり投げる。コイツなんでこんな、可哀想なキャラなんだろう。先生は冷蔵庫から取り出した自分の酒を飲みながら、コチラを見てニヤリと笑う。
「いい絵だな、ひなたサンと佐藤クン。君達二人はやはりお似合いだ。実に素敵なカップルだぞ」
「え……先生、俺達が付き合ってたの知ってたんすか?」
「こないだ尾羽里のホテルで話してくれたよ。しかし、やはり君の影響なのかもしれないな」
「へ? 何が?」
「いや、ホテルの部屋でな……佐藤クンに貰い手がいなければ、佐藤クンをもらってやろうと思ってたと冗談で言ったら、彼女に怒られてね。あんなにも焦って豊かな感情を出すなひなたサンは、私は始めてみたよ。ククク、あわてふためく彼女は見ていて愉快だったぞ」
「ひなたが……」
「元より意志は強い子だったが、最近はより強く輝いて見えるというか……より幸せな日常を送っているのが伝わるんだ。前までの彼女は、強がってはいたが、虚ろな目をして、何をして生きていけばいいのかがわからない。眼前に迫る先の見えない霧の中で日常を送る……そんな状態だったからな。でも最近は君のおかげで、よく笑うようになったし、表情も豊かになった。毎日本当に楽しそうでな……本当に良かったと思っている」
肩に乗る彼女を見る。それは、俺がひなたの支えなれている証拠なのだろうか。だったら……嬉しい。こんな俺でも、幸せにしてやれる人がいるんだと。そう思える。
「ボーイ、どうか──いや、君はもう分かりきっているな。私は少し島での予定を立てておくよ。ではな」
先生は木柴を抱えて二階の部屋へと上がっていく。
「幸せ、か。ひなたの事、俺が絶対幸せにしてやるからな」
「………うん。ありがと、佑樹君」
「いっ!? 起きてたのかよっ」
「ねえ、佑樹君」
「な、なに?」
「私もうすっごく幸せだよ。だから……君にももう少し、幸せを分けさせてね。与えられてるだけじゃ私、ダメな女だからさ」
「んな事無いって。でも、まあ……ありがとな」
俺達は寄り添うように、ソファで体重を預けあった。意識が自然と微睡む。これから向かう安美島……俺は、ひなたの全てを受け入れる心の準備をしていた。




