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移行中  作者: あ
小田 ひなた編
23/106

#23 白のマジック

『ねえ、パパ? ママはど……にいったの? わたし、ママに会いたい』

『ママはね。遠い所にいったんだよ。だか……今は会えない……いけないんだよ……』

『どうして?』

『……よく聞きなさい……なた。ママは────』



 また……この夢だ。日に日に声が大きくハッキリとなってきている気がする。一体何故、こうも繰り返し繰り返し見るのだろう。かつての幼心の奥底にしまいこんだ辛い記憶……優しい家族に囲まれた、幸せだった家庭を思い出してしまう。締め付けるような旧懐の情が涙を誘う。

 でも……ここで泣いてても何も起きない。過去に囚われ続ける日々はもう終わりだと、そう自分に言い聞かせた。私はグッと涙を堪えて、ベッドから起き上がる。

 顔を洗い、鏡に映る自分の顔を見る。四半世紀も生きれない私には、将来の事や勉強、恋愛の事……普通の悩みというのが分からなかった。毎日を幸せに過ごす気持ちが分からなかった。でも……今は違う。これからの事が本当に楽しみで、考えるだけで幸せだった。

 私の手を握ってくれた感触が、まだ鮮明に残ってる。私を好きと言ってくれた、最期までそばにいると言ってくれた。夢みたいだった。今すぐ顔をみたい、すぐ会いたい……だけど、やっぱり恥ずかしい。一緒に歩いて登校したいな……その前に挨拶? 朝おはようってチャットしたら迷惑かなぁ……話題も何喋ったらいいんだろうか……普通のカップルって普段何やってるの……?

 ああっ、もどかしい。でもその葛藤も、今の幸せの一つだった。ようやく……普通の女の子になれた気がしたから。好きな人がいる……恋ってこんな感覚なんだなあ。今日は少しいつもより多くメイクアップに時間をかけた。


 ────

 ──


「はぁ……頭いてえ」

「……なんか、俺の顔見て言ったか佐藤? それ、ねえ!?」


 木柴が肩を揺さぶる。朝からやかましいなこの猿は。頭痛いっつーのに……登校くらい穏やかにしたもんだ。俺は学校の前坂を上りながらため息一つ。


「頭痛いなんてどうしたんだよ、偏頭痛ってやつか?」

「……いや、なんかさ妙な夢を見た気がする」

「へ? なんだそれ?」

「いや……なんか夢を見た気がするんだけど、それが起きた瞬間に忘れるんだよ。んで思い出そうとするとすんげえ頭痛がして……尾羽里町から帰ってから頻繁しててな……」

「ふーん。まあ起きた瞬間に、つい数秒前まで見てた夢を思い出せないってのはよくあるよな」


 木柴はお気楽そうにそう言うが、こっちはそこそこの惨事だ。たまにとはいえ、朝目覚めた瞬間から頭痛がするというのは、些か気力が削がれる。


「あれ? そういえばお前、ひなたはどうしたんだよ。ったくよ〜、お前彼氏なんだから一緒に登校すりゃいいのに」

「いや……電車まで一緒に行ったんだけど、駅出たらすごいスピードで逃げられた」

「何したんだよ!?」

「いや……不可抗力でさ、電車内で壁ドンを……」

「うおおお! ナニソレ! 揺れる車内は満員電車……二人は密でドキドキ! 突然の急ブレーキで壁ドン! お互いの距離も心も急接近! うほーう、俺まで興奮してきたあ! やるな佐藤!」


 手をわきわきしながら木柴が急接近。ホントに朝から元気だなコイツ。


「やあ猿弥。朝から元気だね」


 後ろから声。振り返ると、学生カバンとジャケットを肩にかけた、白髪の生徒がゆっくりと歩いてきていた。木柴の友人だろうか? バッジには2-Cと刻まれていた。


「あん? なんだシロベーか。相変わらず病弱そうな青白い顔してんな〜お前」

「フフ、そういう君は、相変わらず軽薄そうな顔してるね」

「へっ、あんま褒めるなよ」


 木柴は身体を反らして鼻の下をこする。ディスり返されてるのに気付いてない。やっぱアホだコイツ。そして、その生徒の視線は俺に向けられる。


「横の君は──A組の転校生君かな? 僕は竹部白乃(たけべしろの)。よろしくね」

「はあ、どうも」


 笑顔で差し出されたその白い手に、咄嗟に応える。ビックリするくらい冷たい。

 しかし妙だ。手が……離れない。否、離せない。力を感じないその細い指に、俺は囚われていた。不思議な事に抵抗は最初の一回だけで、俺はその手から抜け出そうとするのを止めていた。


「フフ……君、武道やってたでしょ。この感じは棒術……いや剣道かな? 結構強いね君。二段か三段はあるんじゃない? 最近はやってないみたいだけどね」


 ギョッとした。面識の無い見ず知らずの人間に、俺の経歴を完璧に当てられたのだから。なんだコイツ……俺は目の前の人間にひどく困惑していた。


「おや? 随分またたきが増えたね。警戒してる? フフフッ、君は正直な人だなあ。僕は好きだよ、そういう人」

「な………」

「おいシロベー。初対面の人間を探るクセやめろっつったろ。ウケねえってそれ……ワリィな佐藤。コイツ、こう見えても中学の時からの不良仲間でよ……あだ名は白兵衛。腕の喧嘩はクソよえーけど、こうやって頭で喧嘩させたら誰にも敵わねえ。いわば終滅咾衆随一の……インチキヤローだったんだ。今じゃ光宙の不良グループ……ドクロ組のインチキヤローだな」

「頭脳派って言って欲しいなあ。丸くなっても、僕に対するアタリは強いままなんだからヒドイよねえ……でも意外だね、彼に話したんだ。猿弥の過去」


 竹部の顔がずいっと迫る。なんかフワリと湿布の匂いがする。ルート◯ア飲んだときを彷彿とさせる鼻に残る香りだ。


「ふーん……短期間で猿弥にそこまで近付けた君を、如何せん研究したくなったけど……これ以上介入すると猿弥にブン殴られそうだからね。フフ、それはまたの機会にしよう。それじゃ、チャイム鳴りそうだし先に行くね〜」


 竹部はそう言うと、坂を早歩きで上って行った。調子狂うな……変なヤツ。


「相変わらず面倒くせー女だな……って、駄弁ってたら俺らもチャイムヤベエな。ダッシュだ佐藤!」

「え、アイツ女だったの!?」


 いつも通り午前の授業を終える。未だ尾羽里町の出来事が夢みたいだった。が……横にいる小田さんは紛れもない俺の恋人。俺は早速隣にいた彼女に声をかける。朝逃げられたから、そのリベンジだ。


「小田さん、昼飯一緒に食わない?」

「う、うん……いいよ」


 若干顔を赤らめながらも、俺の提案に承諾してくれた。俺達は二人廊下を渡る。丁度、人通りが少なくなった通路……二人の静かな足音だけが響く静寂の中、小田さんが口を開く。


「あの佐藤君……佐藤君のこと、これから佑樹君って呼んでもいい?」

「え……あ、ああ。うん。もちろんいいよ」


 かわいすぎる提案に一瞬ピクッとしたが、すぐに頷いた。今度俺も然り気無く、ひなたって呼んでみよう。

 娯楽棟の食堂エリアは、人で溢れ帰っていた。ちょっと出遅れたな……空いてる場所はあるだろうか。


「どこもいっぱいだね……あ、でも光宙カフェなら空いてるかも。あそこ朝のコーヒーが売りだから昼時は少ないんだ。でもご飯も美味しいんだよ」

「へえ、んじゃそこにしようか」


 "ひなた"の言う通り、人はかなり少なかった。奥のテーブル席へ腰を落ち着け、俺達はそれぞれ注文をする。和風モダンな雰囲気が落ち着くいい店だ。作業とかしやすそうだなあ。アイスコーヒーを飲みながら店内を見渡していると、やがて料理が運ばれてきた。俺は卵とチキンのサンド、ひなたはサーモンと野菜のベーグル。カフェ軽食の注文は試したことがなかったが、結構美味しそうだ。


「そういえば……次の取材地の安美島ってどんな所なんだろうな。リゾート地って聞いたことはあるけど、行ったことないからな」

「……雰囲気は沖縄の離島って言えば伝わるかな。海が綺麗で、料理も本島の人からすれば食材は独特だけど、すごく美味しいよ」

「へえ、詳しいね。行ったことあるの?」


 コーヒーカップを両手で持ちながら、ひなたは物憂げに少し俯く。


「安美島……私の生まれ故郷なんだ」

「え、そうだったのか?」

「うん。猿弥も先生も、誰も知らない。他人に話したのは……佑樹君が初めてだよ」

「そ、か……あっ、もし辛い思い出とかあるんだったら、先生に言って──」

「ううん。いつか話さなきゃだったし、むしろ丁度良かったのかも。私一人じゃとても帰れないけど……佑樹君がいてくれるから大丈夫だよ」


 彼女はそう微笑んでくれた。安美島……そこに彼女のルーツが眠っている。ひなたが知って欲しいと言ってくれた。ならば俺もそれに答えよう。ひなたの全てを受け止める……そう誓ったからな。



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