#22 叫び
「3、年……?」
「私、生まれたときから20歳まで生きられないって……そういう運命なんだ……」
小田さんの口から開かれた、突然の2つの告白。頭がぐらぐらする。混乱して真っ白になる。今の俺は、とても黒く深い、闇の狭間に立っている気分だ。
けど、どうしようもない混沌とした思考の中、俺は1つだけ答えを導き出せた。小田さんは……嘘をついている。その流れ落ちる涙が語っていたから。本当は恋人になりたい、本当は共に過ごしたい……でもそれは出来ないからだと。俺まで不幸にしてしまうからだと……。
ああ、俺はなんて幸せ者なんだ……こんなにも思ってくれている子がいる。自分を好きだと言ってくれる子がいる。叶わぬ願いと知りながら、心に秘めたその声を、勇気を持って俺に伝えてくれた子がいる。俺は胸が締め付けられ、無力感に苛まれる。
「私……先に帰るよ……またね……」
涙を拭い、帰ろうと踵を返す小田さんの手を、俺はしっかりと掴んだ。この手。今、この小さな震える手を掴まなかったら……もう二度と彼女に会えない気がした。だから俺は、わたあめを放り投げ、両の手でしっかりとその手の握った。
「佐藤、君?」
「俺も、君が好きだ。好奇心旺盛で、ちょっとドジで、すげえ優しくて……こんな俺を好きと言ってくれた君が好きだッ」
俺は小田さんに跪き叫ぶ。自然と涙が溢れる。俺は離したくなかった。この手を……彼女を。
「俺は、この世に治らない病気なんてないと思っている。けれど、君があと3年でこの世を去ってしまうのなら……その3年の間、俺が隣にいてやる! 楽しかったって思うように、全力で彼氏する! 最期の時、俺がこうして……隣で手を握っているよ」
俺は今一度、彼女の小さな手を……しっかりと握る。小田さんは涙ぐみながら驚いていた。隣にいたい……この子だけは俺が守りたいと、俺は心からそう願った。あとは……彼女が応えてくれるのを待つだけだった。
暫くの間、静寂が訪れる。夜風の音が耳に響き、ひどく敏感に風を感じる肌。どれくらい経っただろう。
「……私」
とても長く感じた時間の末、彼女の口がゆっくりと開く。
「私……初めて恋したけど……私じゃ無理だと思って……でも……私、少しわがままみたい……」
「ああ」
「本当に……甘えていいのかな……?」
「当然だよ。いつでも甘えてくれ、頼ってくれ。俺はなんでもやってやる、俺は君のものになる……だから小田さん、君も俺のものになってくれ」
俺態勢を戻し、小田さんの目を見てハッキリと告げる。
「俺と……付き合ってくれないか」
「佐藤、君───」
わたあめのような甘い感触が口先に触れる。生涯この人を愛そう。彼女の涙を拭い、俺はそう心に誓ったのだった。
────
──
「佐藤おぉぉぉッ! おっせぇよお前ええぇ〜!!」
ホテルへ戻るなり開口一番、木柴の怒声なのか悲鳴なのかよく分からないトーンの大声が飛んで来る。
「っせーなてめえ……ここホテルだぞ、もうちょい静かにしろ」
「俺が……俺がどんな目にあったと思う!? 帰った途端、酔っぱらったセンセーが襲いかかって……もみくちゃにされて……逃げて助け呼んでも、元の場所が場所だから周りの人から白い目で見られるだけで……うぅ……俺もうお嫁にいけねえ〜……」
顔を覆い膝から崩れ落ちる木柴。その顔面をスパコーンと心地よい音でひっぱたくスリッパ……後ろから鼻息荒くやってきた北条先生の仕業だ。どうやら酔いは覚めた様子。
「誤解を招く言い方をするな貴様……コホン。早速だが、記事作成に取りかかるぞ──」
今日1日だけの取材レポートだけでも、相当の量になった。後は学校へ帰って編集作業だ。編集は上の先輩に任せてあるので、俺達は次の取材地はどこにするかという話題にうつる。コンビニで買ってきた飲み物とつまみを口にしながら、俺達四人は部屋で会議をしていた。
「なんかさ〜今まで海外ばっかだったけど、今回楽しかったから、国内もやっぱいいいなーって思うんだよな!」
「うむ。国内ならば、警戒する事なく安全に取材が出来るからな。海外はモード切り換えが非常に面倒だ。やはり我が祖国は、法の名の元に政が行き届いていてる。魅力的な国だと改めて実感するよ」
「俺は海外行ったことないから、行ってみたい気もするけどなあ」
「ククク……そうは言うがなボーイ。一度行けばこの国がいかに安全か、嫌でも理解するぞ」
確かに……安全な水がどこでも無料で飲めて、トイレが清潔で、夜歩いていも安全……でもだからこそ、違う世界を知り、歩いてみたいという思いが──
「ああ。前にメキシコ行った時に、急に20人の武装した男達に銃を突き付けられて脅された時はどうなるかと思ったぜ、うはは!」
「そうだね。それを先生の話術と猿弥の威圧で、なんとか追い返したと思ったら、近くで見ていた麻薬カルテルに、取り立て屋としてスカウトされるっていう二次災害が生まれた時はどうなるかと思っちゃった」
「アフガンで私とひたなサンが誘拐された事もあったな。あの時、雇った案内人……元警察官で総合格闘家のサミュエルと、現場で出来た飲み仲間の軍人兄弟、豪腕のB.Bと鷹眼のジェイコブがいなければ死んでいたかもしれん」
「すみません。やっぱ国内でお願いします」
話し合った末、先生と木柴が常夏の楽園に行きたいという根拠の無い自由すぎる理由で、南の島……安美島に決まった。リゾート地として有名な離島で、国内外からやってくる大勢の観光客で賑わいを見せている場所だ。
「うへへ、いいなここ。一回行ってみたかったんだよな〜、メシもめっちゃ旨そうじゃねえか?」
「アメリカンスタイルを取り入れたローカルグルメに、透き通った海でとれた新鮮な海の幸……うむ、取材しがいがあるじゃないか」
「うん……」
「ん? どうしたんだよ、ひなた?」
「……ううん、なんでもない」
近日中に先生がスケジュールを組んでくれるらしい。尾羽里のグルメレポートをまとめ終えた後、小田さんと先生は風呂に入ってくると言って部屋に戻っていった。
「俺達も入るか。俺シャワーでいいや、お前風呂沸かすか?」
「小田さんと付き合う事になった」
「……へ?」
「だから、小田さんにさっき告白して、恋人になった」
ポカーンとアホ顔で木柴が沈黙する。言おうか迷ったが、隠す意味もない。木柴はワナワナと震えだすと……。
「よくやった佐藤! それでこそ俺の親友だぜ! やった、やったんだな〜ッ!!」
満面の笑みで跳び跳ねると、俺の背中をバンバンと叩く。俺と小田さんが恋人になったのが嬉しかったようだ。
「そっか……よかったぜ! きっとお前だからこそ、ひなたも受け入れたんだろうな。ありがとよ佐藤……ひなたがお前を恋人として認めたってコトは、事情は全部知ってるんだろ……?」
「ああ、彼女自身が話してくれたよ。それで俺も受け入れたんだ、全部な」
「そ、か……ありがとな佐藤……牙引っ込めても、色々勉強しても、何度飛び付いても……俺じゃダメだったからさ……多分アイツの連れ添いはお前しかできねえ。ひなたを頼んだぜ、親友」
安堵と喜び。そんな表情で俺の肩を掴む木柴。俺じゃダメだったから……その言葉にどんな過去があったのかは微かに想像はつく。その託された木柴の思いも受け止める。俺はそう誓うように、強く頷いた。
「ああ、分かってるよ、任せとけ」
「よし、今日はおめでたい日だ! 俺が背中流してやるよ。一緒に入ろうぜ!」
「は……? いきなり何言ってんだお前……大浴場ならまだしも、ここ普通の風呂場だぞ? しかもなんか、ぬるぬるするマットと凹凸のあるピンクのスケベ椅子がそのまま──」
「細かい事はいいんだよ! 隅々まで洗ってやるからさ……ほら脱げよ佐藤。一緒に洗いっこしようぜ!」
「気色わりぃ事言うんじゃねえバカ! 落ち着けお前、シャレになってねえって! 一回自分が何言ってるか冷静になって……ちょ、引っ張るな! やだ、嫌だ! 俺はまだそっちに行きたくないんだ〜!!」




