#20 ダンジョー祭り④
「神子田……ハッ、テメーが終滅咾衆の稲妻の神子田か。ようやく骨のありそうなヤツが来たぜ」
男達の視線が、一斉にその神子田と呼ばれた男に向けられる。木柴の地元の友達か……クソ、溝尾への衝撃がまだ収まらない。いてぇ……呼吸が上手く出来ない。
「佐藤、平気か?」
「木柴ぁ……平気じゃねえ。いてーよ畜生……それより小田さんは……?」
「私は大丈夫だよ、どこもケガしてないから。ちょっと息苦しいだけ。佐藤君の方が心配だよ……ごめんね……何もできなくて……」
小田さんは泣きそうな声でも、俺の背中を懸命に擦ってくれている。木柴は俺の近くにあった折れた枝を拾うと、その枝先でチョンチョンと俺の頭をつっつく。
「へぇ、しっかり守ったって事か? やるな佐藤」
「冗談言ってる場合かよアホ……」
「……けどまあ、お前がやられたのに変わりはねぇからなあ」
「へ?」
「そろそろだな」
木柴はそう呟くと、枝を片手で粉砕させ、少し離れにある木の裏へと消えていく。な、なんだその握力……消えていく木柴の背中は震えているようにも見えた。
「でもよぉ稲妻さん、ちと頭数が足りねえんじゃねえのか? 俺らはただの先駆けにすぎねえのさ」
「何だと?」
「もうじき吐露非狩古鬱の喧嘩最強、通り名人斬りの東郷さんがやってくるんだぜェ!」
「5人相手の喧嘩にも勝ったあの人にナイフさばきに勝てるワケねぇ! わかったら大人しく土下座しろやァ!」
「それってコイツの事か?」
木柴がヒョイッと、木の裏からボロボロの大男を放っぽり投げる。男は全身血まみれで倒れており、その傷は打撲傷、切り傷、様々であったが、明らかに人為的なものだった。俺とここにいる全員が理解した。ソイツが古鬱の頼みである東郷という男だと。
「う、ゥ……」
「なあ、お前ら。いつから不良は、んな口喧嘩の脅し合いになったんだ? 人の威を利用し、弱いヤツを倍の人数でいたぶる……お前らそれでも不良かよ」
木柴はそう言うと男の顔面を鷲掴みにし、グイッと片手で前に突き出す。そして──
持っていた東郷の物と思われるナイフで、東郷の背中を後ろから躊躇無く刺した。
「ぐ、ぐわあー!」
「は……?」
ボタボタと男の背中から赤い液体が滴り落ちる。一体何が起きてるのか分からなかった。友が突然、男をナイフで刺したのだ。思考が停止する。
「な、な……」
「ナイフって人に向ける時はこう使うんだよ。脅しの道具じゃねえ。人斬りってあだ名も、こけおどしだろ? つーか、こんな実用性の無い小せえ刃物で人が斬れるかよ。しっかりと刺さなきゃな。お前みたいに、チキって浅く切るだけじゃ人体は壊せねえぞ?」
古鬱の男達は絶句していた。俺も小田さんも、その光景に唖然とするしか無かった。
「お前らどうせ、本気でぶっ殺すつもりで人痛め付けた事ねえだろ? 理性のブレーキってのはよ、どんどん劣化してくんだ。お前らみたいな、マトモにタイマンも張れないような新品と違って、俺はもうズタボロにぶっ壊れててな……もう、人殺しても何とも思わねえんだ」
木柴は男を後ろへ投げ捨てる。その時にアレが見えた。着ていた上着に血が染み込み、その背中にある修羅の象徴……睨む孫悟空が浮き出てくる。血にまみれたその孫悟空はまさに鬼そのものだった。
「お、お前、お前は……猿夜叉丸!?」
「終滅咾衆の、あの全盛期を築いた不良の一人……!?」
「何ッ、猿夜叉丸の木柴!? 嘘だろ……シロベー、クロベーと共に隣町行って足洗ったんじゃあ……」
「足を洗った……? まあ、昔よか大人しくはなったけどさ。牙引っ込めたってだけで、別に失くなったワケじゃねえんだよ……なあっ?」
そう言うと木柴は東郷の胸を踏みつける。それはもう声を上げる事はない……ドグドグと流れる血が、辺りに広がっていく。この場にいる全員が、木柴の狂気に恐怖していた。
「ここの山はな、昔から処刑場として有名で、何千何万という死体が埋まってるんだ。電波も繋がらないし、原則人は立ち入り禁止の場所だ……都合いいよなぁ? 殺した時の処理にはさ」
「ひ……」
「人のシマ荒らしてダチ傷つけてよ、久しぶりにキレそうだよ。俺ァ今、誰でもいいからブチ殺してえ気分なんだ……分かったら町からとっとと消えろや──」
「このカス共がァァァァァァーーッッ!!!!」
「ひ! んひいいいいぃいっひいいぃぃ〜!!!」
木柴の鬼のような一喝に、古鬱の男達はドタバタと転けながら散り散りになって逃げていく。辺りはシン……と静寂に包まれる。
「オイ。アイツら消えたから起きていいぞ東郷」
「は、はい……」
「……え??」
ズタボロになり背中を刺されたはずの東郷は、木柴にナイフの腹で頭をペチペチされると、ムクッと平気そうに起き上がる。
「い、生きてるのか!? でも、なんで……」
「別にホントに刺した訳じゃねえよ。ほら、血も偽物だし。ったく、何がぐわーだよ、猿芝居しやがって。もう少し自然に叫べっつーの」
東郷の背中には何かを包んだ袋が張り付いていた。ナイフを刺したと思われる傷跡からポタポタと赤い液体……ワインがこぼれる。
「へっ、ハッタリはこう使うんだよ。ちょっとやりすぎくらいが丁度いいのさ」
「説明してくれ……」
「うはは、いや実はさ……この肝試しが存在しない事知って、急いでお前ら追っかけたんだけど、道中コイツが絡んできてな。んで軽く半殺しにして尋問したら、古鬱の襲撃計画を知ってな。そこで、脅してちょっとした小道具作って……今の演技してもらったってワケ」
「色々ツッコミたいけど……よく実行しようと思ったな、キレて乱戦になる可能性考えなかったのか?」
「まあそれも考えたが……パッと見た感じ喧嘩出来そうなのは2人くらいってトコだったしなアイツら。ああいう頭数合わせのチキン共はすぐビビると思ってな。ソッコー実行したぜ……まあ、全員でかかってきても、それはそれで面白そうだけどよ。うははは!」
洒落なのか本気なのか分からない事を……目が笑ってねえ。様子を見ていた先生は、地面に垂れたワインを指でなぞる。
「トラウマにならなければいいがな。私の持ってたワインは色が赤黒い方だったから、気付かれずに済んだか」
「すみませんでした……まさか、あの猿夜叉丸……さんだとは思わなくて……俺、貴方に憧れてこの世界に──」
「あー、もういいから早く帰れ。二度とこの町に喧嘩売るようなバカなマネすんなよ」
東郷は風貌に見合わない直角のお辞儀をすると、足早にこの場を去っていく。ああ、もう意味わかんねえ……もうどうにでもしてくれ。まあ、小田さんが無事だったし、結果オーライか。彼女もトラウマにならなきゃいいが。けど後で聞いた所「昔はもっと怖かった」って言ってケロっと笑っていた。木柴……お前どんだけギンギラしてたんだよ。
「よう、お前らも平気か? 一人気絶してて、もう一人は寝ながらヨーヨーを……うん、頭は平気じゃないみたいだ。にしても見ない顔だな、新参者か?」
「おォ……本物の猿夜叉丸かァ……? 全盛期の英雄の一人が目の前にィ……」
「フフ、牙は引っ込めただけで失ったワケじゃない、か……木柴さんも腑抜けたワケじゃないんスね」
「ったく、今の俺はもうヒンコーホーセーで至極健全な男子学生なんだよ。忘れてくれ」
「……でも、木柴さん。正直、あなた方レジェンドの世代が抜けてから、終滅咾衆の力は右肩下がりなんスよ……当時最弱だった俺が、今じゃ最強格なんて言われてる始末ッスから……だから──!」
迫る神子田を、木柴は両手で肩を掴み制止させる。
「神子田……時代を作るのは、俺ら先代じゃなくお前らなんだぞ。何も力だけが不良の全てじゃないんだ。見てたから分かる……お前にゃ、俺らの世代にいなかった、人を引っ張る天性のリーダーシップがある。お前が導いてやれよ、そうすりゃ俺達だって越えれるぜ」
「木柴さん……ハイ! アマイ事言ってすみません。俺、きっとやります!」
へぇ、いい先輩じゃないか。過去の不良の木柴か。少し見てみたかったな……いや突然ぶん殴られる気しかしないからやっぱ無理だ。
「はぁ、しかし俺もつくづく未練がましいというか……不良なのを捨てきれないんだなあ。そういうトコも水黒に見透かされてんのかも。畜生、あの筋肉ゴリラめ……誰が今さら……ドクロ……ブツブツ」
「何ボソボソ喋ってんだよ木柴」
「全く……とんだ肝試しだったな。私の血液も無くなるし……誰だ? 最初に肝試し行こうと言い出したのは」
アンタだよアンタ。とはおそらく終滅咾衆の男達を除く全員がそう思ったが、誰一人としてそれをつっこめなかった。
「そろそろ戻ろうぜ。早くこんなとこオサラバしてダンジョー祭り楽しみてーよ!」
「そうだな。佐藤クン、立てそうか?」
「まぁ、なんとか……」
「木柴さん、ありがとうございました。俺はコイツらみてるんで俺はここで。また、遊びに来て下さいね。そん時までにゃ、終滅咾衆を全盛期より大きく、強くしてみせるんで!」
「うははっ、そうか……しっかりやれよ。またな神子田!」
俺達はこの場を後にする。木柴が上着を脱ぎ、びちゃびちゃに染みたワインを絞り出しながら近寄ってくる。
「よう、佐藤。腹平気か?」
「別に大した事ないさ。ケッコー痛いけどな」
「へへ、お前の分もアイツら殴ってやりゃ良かったか?」
「あれで懲りただろ。復讐なんて望んでねーよ」
「しかしお前、ホントにビビんねえというか肝据わってるよなあ。ワンチャン俺を止めに来ると思ってたぜ」
「先生が無表情だったから、なんかあると思ってな。流石にビックリはしたが……けどやっぱ、お前にビビるのは癪だなってなって、恐怖心もどっかいった」
「またそれかよっ! ったく、武勇伝じゃねーけど、昔は顔見ただけで逃げるヤツもいたくらいなのになあ……昔の俺なら、絶対お前をビビらせようとするだろうな〜。俺を見て怯えろーって!」
「はっはっは。どっちにしろ木柴は木柴だから無理だな」
「のやろぉ〜……ってか、身体冷えてションベンしたくなってきた。漏る前にちょっと行ってくるわ!」
木柴は酒の臭いを振り撒き、赤い液体がしたたる背中の刺青を露出しながら、町の方へと山道を駆けていく。アイツ職質されたら終わるな……前を先導する先生を眺めながら山道を歩いていると、ちょんちょんと肩に指の感触が。
「佐藤君、さっきはありがとね。身体大丈夫?」
「ん……もうなんともないよ、平気。ま、小田さんが変な事されずに済んで良かったってトコだな。小田さんこそ平気か?」
「うん。少し胸が痛むけど……ありがと、佐藤君。ちょっとヘンな事に聞こえるかもしれないけど、枝を構えて立ち向かう佐藤君、ちょっとカッコよかったよ」
小田さんはにこやかに笑う。そんな顔を向けられた俺は、そっぽを向いて出口の方を指差す。
「う……ほ、ほら! 早いとこ祭り行って、楽しんで忘れようぜ!」
「うんっ」
自分で言うのもなんだが、あんな危ない状況でよく立ち向かったな。女子が危ない目にあってたから? 先生に守れと言われたから? どれも当てはまりそうだけどちょっと違うな……多分、もっと本能に近い感情で動いていたんだと思う。俺は……とある感情を薄々感じ始めていた。




