#16 木柴の過去
ビル風が気持ちいい。
写真などを撮り、現地の人に話を聞きながら、取材を終えた俺は、歩き回って火照った身体を屋上で冷やしていた。次は本命のダンジョー祭りの取材だ。先生は良いこと思い付いたと言って、小田さんを連れて出掛けていたが、日も沈みすっかりと夜にった頃だし、そろそろ呼び出しがくるだろう。ケータイをぼんやりと眺めていると、突然着信音が鳴る。画面の文字には父親と表示されていた。
「もしもし、父さん? どうしたんだよ電話なんて」
『おお佑樹。いやあ、声が聞きたくてな。どうだ上手くやってるか? トラブルとか無かったか?』
「ホームステイに行ってる留学生か俺は……別にトラブル無くやってるよ。町の雰囲気がアレだけど、飯も上手いし、優しい人多かったしな」
トラブルと聞かれて一瞬今朝の小田さんの事が浮かんだが、話す程の事でもないと、その話題はすぐに脳内から消えていった。
『尾羽里町か……フフ、父さんも校務が無ければ行きたかったなあ。町長は飲み仲間でな。いや懐かしい。そういえば、同行している木柴君もここで出会ったんだぞ』
「へえ、理事長自らのスカウトって訳か? よく覚えてるね」
『まあな。おっと、そろそろゲリラクエスト……校務の時間だ。ま、頑張れよ! じゃな』
言い切ったぞオイ。ったく、自由人だな……ケータイの通話終了ボタンを押したと同時に、後ろの方でギィっと扉の音がする。誰か屋上にきたようだ。この喧しい気配……誰が来たか簡単に察しが付く。
「よっ佐藤! なんだ、家族に電話か?」
「ああ、ちょっと父親にな。仕事サボって俺に電話してきたんだ。しょーもないだろ?」
「……まあ、確かに理事長はそんな人だな。いつだって破天荒なんだなー、あの人は」
「まあな。高校を魔改造しただけのことは───」
一瞬思考が止まる。コイツは今何て言ったんだ? 理事長? 俺の父親。何故誰も知らないはずの関係をコイツが……? どういうことだ? 別にそこまで危険だという訳でもないが、少し、焦りで鼓動を早めてしまう。
「お前、なんでそれ知ってんだよ」
「……佐藤、少し話しようぜ」
木柴はベンチに座り、隣に来るようアゴで俺に促す。使われていないプールの水面がユラユラと揺れている。俺の今の心境のせいだろうか。静かなはずの水面が、大きく揺れ動いてるように見てしまう。
「中学の頃だったんだ。理事長と会ったのは」
木柴は背もたれに深く体重を預け、視線を空に向けてポツリポツリと話し出す。
「俺さ、ここでヤンキーやってたんだよ」
「え、モンキー? モンキーは現在進行形だろ」
「ヤンキーだよ! ボケなくていいから……って誰がモンキーだゴラ!」
元ヤンか……この町へ来てからなんとなくそうなんじゃないか? って思ってたけど、やっぱりそうだったのか。まあ、今の見た目もチャラいし、性格もなんとなくそれっぽいからそこまで驚きはしない。
「あん時の俺は……頭がイカれてた。色んなモンを失って、視界が常に血みどろみてぇに真っ赤だった。目の前のモノ全てが敵だと思ってたんだよ。正直いつからそうなってしまったのかも覚えてない、それくらい後戻りできねえくらい、いくとこまでいってたんだ。ほら見ろよこれ」
木柴がおもむろに服を脱ぎ出すと、背中を俺に向ける。俺は言葉を失った。ゴッツイ刺青。鬼のような形相をした猿、孫悟空だろうか? 炎を背に何本もの武器を構えて威嚇する迫力ある刺青だ。本物の彫り物なんて初めて見たぞ。
「へへ、これ学校の奴らにゃ内緒だぜ……んで、そんな真っ赤で何も見えねえ俺の視界を色鮮やかにしてくれたのが、他ならぬ理事長なんだ」
木柴は服を着てまた座り直す。刺青もそうだが、服を脱いでいた時に見えた傷痕と筋肉の身体。コイツの過去はちょいワルなんてもんじゃない。バリバリにグレたヤンキーだ。
「忘れもしねえ、出会いは一人深夜の公園でタバコふかしてた時にな」
「未成年喫煙とは感心しないな……」
「ああ……あん時の理事長が同じような事言ってたぜ。不味そうに吸ってるな、って。だから俺はそれを言い終わる前に口を開けなくしようとした」
殴りがかったって訳ね……おっかねえヤツ。元ヤンにも程度があるが、俺の予想を上回ってた。近付くモノは全て敵。当時の木柴はホントにひどく荒れてたんだ。
「したら理事長はどうしたと思う? 何もしないんだよ。微動だにせず俺の目を見てるだけ。避けずに俺の拳を頬で受けたんだ。俺が力一杯殴って宙に浮かない人間は初めてだった。俺は目を疑った、喧嘩には人一倍自信あったからな。
理事長は殴られる瞬間も、ただじっと俺の目を見ていた。人間ってのは眼前に物体が迫ると、絶対目を閉じてしまうはずなんだ。目の前に拳が飛んできても相手の目を見ているなんてのは、訓練された格闘家じゃねえと無理な話だ。俺はそれを一瞬で理解して、なぜそれ程の男が大人しく殴られたのか不思議でならなかった」
木柴は拳を空に突き上げる。うちの父さんはたまの日、何かしらの傷、土産あるいは武勇伝を持って帰ってくるのだ。
けど、頬にでっかいアザを作って鼻血を垂らしてるような重傷を負って帰宅してきた日は数える程しかなかった。あの時の、痛そうにひきつった笑顔で強がる父さんと、母さんの呆れた顔は今でも覚えてる。結局教えてくれなかったが、木柴に殴られてたのか。
「いつもなら気にせず何発もブチかましてたんだが、その男があまりにも真っ直ぐな眼だったもんで、俺は拳を収めた。今まで出会った雑音吐くだけの汚ねえ大人とは違う。俺は馬鹿なりに理解した。
そんで困惑する俺に、理事長は鼻血垂らしながら言うんだ。タバコの吸い方が違うぞ、タバコはふかすもんじゃなく吸うもんだ。ほらこうやって吸ってみろ……ってな。耳を疑ったぜ。タバコをやめろってのは腐るほど聞いてきたが、吸えだなんて初めて言われた。当然俺はムセた。そりゃそうだ、今までまともな吸い方してなかったからな。喉と鼻が焼けるようだった。
理事長は『タバコは不味いだろ? 自分も高校の時にやっていたけど、とても旨いとは感じなかった。吸いたくもないようなモノを無理に吸う必要はない。社会に反骨するならもう少し上手くやれ』って俺のタバコを取り上げた。
それで、理事長は代わりにとんでもないもんを俺に渡したんだ。分厚い札束だよ。マジの現ナマ。意味わかんねーだろ? なんでこんなもん渡すんだって聞いたら、どうせ高校も決まってないんならウチの学校に来いってさ。私の学校ならいくらでも暴れられるぞってな。けど、君の目は濁ってるようには見えない。道に逸れる事もたまには楽しいが、皆と同じ景色を歩いた方が気分もいいぞってよ。
理事長の言うとおり、高校なんて決まってなかった。もう諦めてたしな。金奪って逃げられるかもしんねーのに、見ず知らずのクズに入学金と学費渡すんだぜ? もうめちゃくちゃだろ? 意味わかんねーから大笑いしたよ。でも不思議と、笑えば笑うほど涙が止まらなかったんだ……あんな大人見たことなかったよ」
俺は木柴の言葉をただじっと聞いていた。木柴から語られる自分の過去と、父さんの過去。聞き終えた後、体温が高くなっていくのを感じる。
「長々と自分語りしちまったな……うっへえ、なんか恥ずかしくなってきたぜ」
「……木柴、お前がやたら俺にアプローチしてきたのは俺が息子だって知ってたからなのか? どうやって知ったんだよ」
「どうやってって……顔と名前見りゃ一瞬で分かるっつーの。名前だけじゃ難しい名字だが、その顔はもうアピールしてるようなもんだぜ。瓜二つだろ……まあ、単にダチになりてえってのもあったけど、あの人の息子ならアイツを……」
ピロローンと独特な通知音が二人のケータイから流れる。画面の通知を見ると、先生から「降りてこい。出発するぞ」のメッセージが。俺と木柴は顔を見合せ頷くと、駆け足で屋上を後にした。階段を降りている最中、木柴がボソッと呟く。
「佐藤、お前すげえな」
「は? 何がだ?」
「いやさ。俺の彫物見てビビんねえヤツなかなかいないぞ。不良でもこれ見せれば大体怖じ気付くからな。俺、正直引かれる覚悟で見せたんだぜ」
「……まあ、驚きはしたが、お前にビビるのはなんかムカつくからな」
「ハハハ、言うなあ〜。ま、俺もお前なら受け止めてくれるって思ってたけどな」
「別にお前が過去に何してようと、どうでもいいよ。過去を知って今の関係を切るサイテー人間じゃないんだ俺ぁ」
俺がそう言うと、木柴は何も答えず先に駆けていった。へっ、隠してもバレてるよ。嬉しそうな顔しやがって。
「ありがとうよ、親友」
木柴は佐藤に聞こえない声量で呟くのであった。




