表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
移行中  作者: あ
松家 瀬那編
106/106

#106 鬼撫で

「よし。もう基礎は終わりだ」

「え?」


 放課後の部活。道着に着替えた俺と瀬那に、開口一番そう言い放った康治郎さん。突然の稽古終了の言葉に、俺と瀬那はキョトンと顔を見合わせる。


「こっからは──鬼撫でを教える」

「っ! マジすか!」

「ついに……!」


 俺と瀬那はグッと竹刀を握る。鬼を穿つ伝統の秘技をついに教えてくれるんだな。緊張と同時に嬉しさが込み上げる。


「百聞は一見に如かず、だ。まず見せたほうが早ェな。瀬那……構えろ」

「う、うん」


 向かい合う2人。康治郎さんは息を整え、剣先を瀬那に向ける。そう……見えた。が、次の瞬間には、剣先が瀬那の頭頂部スレスレで静止していた。俺でさえ捉えきれなかった……描画数が少ない映像を見ているかのように、康治郎さんの竹刀と腕が消えた。遅れて風がフワリと瀬那の髪を浮かせる。頬には冷や汗が落ちていた。


「……ふう。今のが鬼撫でだ。どうだ見えたか?」

「ううん……全く……」

「いや、俺もです……」

「刀身と腕を一体化し、人間の反応速度を凌駕する速度で一撃を加える……()()()()()()()()。これが鬼撫でだ」

「す、すげえ……」

「まあ、完璧に伝授しろとは親父も言ってねえ。そもそも、フツーこれは何十年もかけて習得する技だからな。俺も親父も完成はしていない……必殺技に完成無し、だ。けど、ある程度鍛えりゃ無敵の技になる。これを残り数日……お前らに徹底的に叩き込む! 気合入れろよ!」

「はい!」


 そうして俺達は合宿までの数日、鬼撫での猛特訓に入った。腕が千切れんばかりの負荷。ヤマちゃん先生の指導も加わり、基礎を抜けた技の稽古は苛烈を極めた。

 だが目まぐるしい時間は早く過ぎ去るもの。我々はとうとう合宿の日を迎えた!

 早朝。ヤマちゃん先生が借りた10人乗りのバンで、合宿場所に向かう剣道部一行。高速で3時間の旅路だ。


「いよいよ合宿か……」

「よう佐藤。オマエらちゃんと稽古したのかよ。オニナデとやらは覚えたのか?」

「そっちこそ」

「安心しろ。俺も木柴も、いつでも敵ぶっ殺せるからよ」

「いや殺すなよ……」


 三好と木柴は顔見合わせて不敵な笑みを見せる。そっちもそっちで、鍛え上げられたようだな……親善試合といえど、相手に負ける訳にはいかない。付け焼き刃だが、形にした鬼撫でがある。試合が楽しみだな。


「そういや部長さんよ。相手ってのはどんな奴らなんだ?」

「私立威武威高等学校剣道部──全員実力者だが、副将の筒島(つつしま)清近(きよちか)、そして主将の石田(いしだ)大吉(だいきち)。この2人は別格だ……俺も何度も負けてる」


 相手は強豪。不足無しだな……久々の試合、集中しなければいけないのは分かっているが……やはりどうしても、父さんの言葉や本の事を考えてしまう。俺の心の靄はずっと晴れていなかった。イカンイカン……目の前の使命に専念しないと。思考をまとめてる内に、バンは目的地へと到着した。


「着いたよ。ここが合宿場所……天納寺山の森林公園、せきの森だ」

「ふーん。仰々しいエコツーリズムを全面的に押し出してる施設だね。ま、嫌いじゃないよ。こういうの」

「うへぇ……あっちぃなオイ。半袖でも堪えるぜこりゃ」

「おま、ちょ! だからってここで脱ぐんじゃねえ三好!」


 俺達を出迎えたのは、辺り一面の緑。景観を損なわないギリギリに整備された施設やログハウスの数々。川のせせらぎや鳥のさえずりが、マイナスイオンをより強く感じさせる。

 荷物を置く為に、宿泊するコテージへ向かう。最後尾の俺の前を歩いていた瀬那は、宿泊エリアの小脇にある売店にフラリと立ち寄る。


「うわぁ……ねえ佐藤。これ可愛くない?」


 観光客向けの土産屋。瀬那が熱心に眺めていたのは、ショーケースに並べられたプチガトーだった。手のひらサイズのそれは、非常に精巧に形作られており、森を模した装飾は小さな箱庭のようだった。瀬那はまるで幼子のように、ケース目を奪われている。そんなキラキラした顔初めて見たぞ……スイーツに目がないみたいだな。


「……よし、こうしようぜ瀬那。ジャンケンで俺に勝ったらそれ奢ってやるよ」

「えっ」

「しかーし。俺が勝ったらお前は、俺の事を今後佑樹と呼べ」

「な……!」

「俺だけ名前呼びじゃ気持ち悪いからな。どうだ? まさか逃げないよな?」

「ぐ……い、いいわ。その勝負乗った。私が勝ったらこの一番美味しそうで一番高いケーキ買ってもらうかんね!」

「よぅし。望むトコだぜ」


 ────

 ──


「いよいよ今日の昼から登山試合だ。大丈夫だね?」

「おう任せとけ! 今年こそアイツらを負かす!」

「ま、やれるだけやってやるさ。期待してな」

「それはそうと……瀬那、お前のごはんそれか? 朝飯がケーキだなんて関心しないな」

「へ・つ・に!」

「一心不乱にヤケ食いしてる……折角ならもう少し味わったらどうかな」

「よへいなおへあ!」

「ん……どうやら敵さんのご登場みてえだな」


 共用のベンチで朝飯を食べていた俺達。三好が頬杖を突きながら親指で指した方向から、大きなキャリーケースを引っ提げた十数名の人影がこちらに向かって来ていた。相手の顧問らしき壮年の男性は「挨拶しなさい」と言い残し、ヤマちゃん先生とお互いニコニコ挨拶しながら、奥のログハウスへと消えていった。

 残されたのは生徒だけ。大人達は仲良くしてろって意味で、俺達を置き去りに手続きに行ったのだろうが……全然そんな雰囲気ではない。そんな凍てついた沈黙を破ったのは、康治郎さんだった。


「久しぶりだな石田、筒島」

「……どういう事だ松家。他の部員はどうした?」

「へっ、ハリケーンで全員宇宙まで飛ばされ、今頃火星でゴキブリと戦争してるぜ」

「ふざけるな!!」


 顔を歪めるスキンヘッドの長身痩躯な少年と、黙ったまま腕を組んでこちらを睨む色黒ポニーテールの少年。石田と筒島……康治郎さんが別格だと謳った2人だ。主将の石田。真面目そうな剣道バカって所だな。


「そんなの──大災害じゃないか! なぜ救助に行かない! よし、俺がすぐ種子島に行ってロケットに乗──」

「真面目かテメェ! 松家の冗談に決まってんだろ」


 スパァンっと、丸めたガイドブックでスキンヘッドを心地良い音で叩く筒島。うむ……愚直で真面目なバカだった。


「見た所素人が多いようだが……本気か?」

「……諸事情ってヤツさ。望んでこうなってる訳じゃねえ」

「そうか! だが手加減はしない! 正々堂々、お前達を打ち倒す!」

「フン、残念だよ松家。今年も石田と俺で、お前らを負かそうと思ったのにな」


 心底無念そうに俯き、深く溜息を漏らす筒島。それだけ言い終えると、石田と筒島は部員を引き連れて退散して行った。ま……言われる覚悟はしてたさ。後は本番で見返してやる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ