#105 何かの芽生え
「小田……やまと……」
だから……ヤマちゃん先生と言うのか。小田──とても珍しい名字というワケでもないが、酷くありふれた名字でもない。俺の疑問が口から出る前に、先生の方から答えが出る。
「君のクラスメイト……小田ひなたさんは僕の姉の子。つまり姪だ」
「小田さんが!?」
小田家と松家家が血縁関係にあったとはな……まさかの繋がりに感嘆を禁じ得ない。何かを……思い出しそうだ。
「あまり気持ちの良い関係ではないからね……この血の繋がりは康や瀬那、ひなたさんも知らない事だ」
「どういう事だ?」
「小田家は……呪われた家系なんだ」
聞き馴染みがあるようで無い言葉だ。唇を噛み締めるヤマちゃん先生の拳は震えていた。
「小田家の女性は代々短命でね。生まれた者は20を迎える前に死んでしまう……僕の母も、姉も、例に漏れず早世している……そういう家系なんだよ」
「なん、だよそれ……」
「僕の父は、その呪いの原因を探ろうと考古学者になった。母を……父は最愛の人を助けようと、生涯をかけてその呪いを追求した。その本は、父が最後に見つけたものなんだ。その後は分からない……僕は逃げ出したからね」
「逃げ出した?」
「瀬那が生まれ時、呪いによる喪失が頭を過った。だから逃げた……その血の呪いから。親として、叔父として……本当に最低な人間さ」
「先生……」
「鬼撫では、本来それに書かれている禍輪零を鎮める為にある、太刀の型なんだ。その時がくるまで、代々受け継いで行くべきものだと父は言っていた。これだけは絶やすなと……ね。呪いだ、未来予知だの勇士だの巫女だの。そんな伽話で僕は姉と母を失ったのかと。そう憎んだ事もあった。もううんざりだった……けど、きっとそれは父も同じだったはずなんだ。父はその謎を解き明かせなかった……だから僕は、父のせめてもの思いを……鬼撫でを受け継いだ。それが僕に出来る唯一の贖いだからね」
血の呪い。その知る由もなかった凄絶な内幕に、俺は微かな違和感を覚えた。何かが繋がりそうな……頭の中で蓋をした記憶の鎖にヒビが入ったようだった。
ヤマちゃん先生は、再び俺の手にある本に視線を落とす。
「その本は……君が貰ってくれないか?」
「え? いやいや、こんな貴重なもの受け取れないよ!」
「君が受け取らないのなら廃棄する。元々そのつもりだったからね。その本は学会に提出した事もあるが、読める人間はいなかった。僕も父も読めなかったんだ……もう不要なものだ」
「でもよ……」
「近日廃棄する物だったのに、今こうして君の手に渡っているのに運命を感じる。いつか……読める者が君の近くに現れる。そう思えるよ」
ヤマちゃん先生は俯いた後、ぎこちない笑み浮かべて「おやすみ」と言うと、襖をゆっくりと閉めて、その足音を遠ざけて行った。が──
「ああ、そうそう。言い忘れてたんだけど……その本を読む時、あまり長時間見ない方がいい」
「え、どうして……?」
「見ると必ず、首の後ろが痛むらしい。言語学者の人が、その本の解読に難航した理由の一つさ」
先生はそれだけを襖越しに伝えると、「今度こそおやすみ」と言って去っていった。合宿が近いから労るように警告したんだろうが、その話を聞いてもっと頭が痛くなりそうだ。
俺は逃げるように布団へ潜り込み、考えるのを止めて目を強く瞑った。逃避するように、無理やり就寝する。先生の話の違和感に気付きもせずに──
────
──
「起きろ佐藤ォー! 朝稽古いくぞー!」
朝日が輝く前。朝靄立ち込める早朝。寝室に飛び込んでくる叫び声……康治郎さんだ。見慣れぬ天井に、寝起きの頭は一瞬混乱するが、そうだった。俺は松家家で一夜を過ごしたんだった。重い上体をゆっくりと上げ、霞む両目を擦って目の前の影を捉える。
「んあ……康治郎さん。おはようございます……」
「ああ、おはよう。オラ早く準備しな。朝稽古すっから、もう学校行くぜ」
「んえ!?」
慌ただしくも、俺は急いで準備を済ませ、松家親子と共に学校へ向かう。本は──貰った手前、置いていったら失礼だよな。傷付けないよう、バッグの中に丁寧に仕舞った。
そしてやってくる道場。人気無く、朝風が吹く和風エリアはとても静かだ。が、その静寂はすぐに破られる。
「よう佐藤! おはようさん!」
「木柴……それに、シロベーと……三好。お前らも朝稽古に?」
「まあね。猿弥達は、まだまだ吸収過程さ。でも2人共運動能力は化け物じみてるから、剛剣となる日は近いと思うよ」
「フンッ、こんな竹の棒切れなんざ、金棒にくらべりゃ箸を持つようなもんだぜ。すぐに相手をぶっ殺せるようになるからよ。期待してな」
「そーそー、期待していいぜ。俺達の成果は当日までのお楽しみって事でな。度肝食わせてやるぜ佐藤!」
ニヤリと不敵な笑みを見せると、木柴達は先に道場へと向かって行った。猿のレバーなんぞ御免こうむりたいものだ。アイツらに負けないよう、俺もあと一週間死ぬ気で稽古しねえとな。
朝稽古は基礎のみで終わった。とはいっても……素振り千本に、打ち込み稽古をぶっ倒れるまでやった。朝からとてつもないカロリー消費量だ。
「……よし! とりあえず朝はこんなもんだな。また放課後に続きだ」
「は、はい……」
康治郎さんはいつ鬼撫でを教えてくれるんだろうか……2時間のみっちり朝稽古が終わった時には、武道場の縁側から見える景色は一変していた。武道エリアが人の活気で溢れている。同じく朝練なのだろうか。教室棟はもう、登校してきた生徒達で溢れている頃だろう。そんな折、その行き交う人々を縁側に座って眺める瀬那の姿があった。
「教室戻らないのか……瀬那。何か考え事か?」
「……まあね。改めて、兄さんと一緒に竹刀を振るう事になったのを考えてた」
「まだ言ってんのか……ま、その気持ちは分かるけどさ。タイプスリップしたなんて、まだ実感ないもんな」
「……」
「……なんか悩んでるのか? 帰って来てから、ずっと歯切れが悪いような気がするんだけど」
「別になんでもない」
「そうは見えないな。話してみろよ」
この2日……瀬那はずっと何かが挟まったように、思い悩んだ顔をしていた。納得がいってないような、むず痒いような。
「アンタの近くにいると胸がザワザワする。最初に出会った時からずっと……タイプスリップした後は、ざわめきはもっと強くなった」
「え?」
「も、もうすぐ予鈴ね。遅刻する前に失礼するわ。じゃあ……また放課後で」
「あ、ああ。またな」
瀬那は小さく息を漏らすと、スカートを翻してこの場を去っていく。まだ相談相手にもならんか……ま、最初よりは進歩したのかもな。胸がザワつく、か。正直それは……いや、うん。ここで悶々としてちゃ授業に遅れるな。放課後の部活、そろそろ鬼撫でを教えてくれるといいが。




