#102 叩き込んでやる
そこに現れた人物に、俺も松家も絶句する。
「ヤッホー、また会ったね」
「し、シロベー!?」
「なんでアンタがここにっ?」
手をヒラヒラとこちらに振る銀髪の影。性別不明系女子の竹部白乃だ。隣町、尾羽里での出来事はついさっきの事。なんでコイツがこんな所に……!?
「竹部……マネージャーのお前に、何か妙案があるってのか?」
腰に手を当て、はんっと首を曲げる康治郎さんの言葉に、俺と松家は再び驚嘆の声を上げる。
「マネージャー!?」
「あはは。その顔、どうやらまた面白い事態になってそうだ。そうだよ……僕は今、剣道部のマネージャーなんだ」
「マネージャーって……なんでここにっていうか、なんで尾羽里の学校行ってたお前が……」
「フフ、マサとの約束でね。一方的に交わされたんだ。全く……勝手に指切りした当の本人は、すぐいっちゃうんだから──って、今はそんな事どうでもいいよ」
少し儚げな微笑を浮かべるシロベー。あれ……妙だな。隣町にいるはずのシロベー……だよな。本来ならここにいるのはおかしいはず。けど、何か引っかかる。シロベーがこの学校にいるのを、知っている気がした……ああ、考えれば考える程に頭が痛い。
「こんな事もあろうかと、助っ人を呼んできたんだ。もしもの時の保険だったけど、丁度声かけて正解だったね。入ってきていいよ〜」
シロベーが後ろを振り返り、ハンドサインで促す。奥から現れた2人の人影。1人はなんというか……予想通りだった。
「ういーっす! よろしくな!」
軽薄そうなチャラチャラした笑顔で手を振る猿。俺がよく知る男、木柴だ。先日見たあの鬼のような威圧感は既に無く。いつもの陽気な少年に戻っていた。なんだか安心する。そして──
「よう。来てやったぞ」
「あはは。自分で誘っといてなんだけど、君が応じるとは思ってなかったよ──七雲」
「ケッ。別にオマエの為じゃねえよ」
木柴に後ろに続いてやってきた男。腰まで伸びた尖った金髪をポニーテールで整え、『夜叉羅刹』の刺繍が入った漆黒の長ランを纏う美丈夫。ここまで古典的な不良も珍しいな……やべ、視線が合った。
「オマエが佐藤佑樹だな。シロベーから聞いてるぜ?」
俺の顔を覗き、ニヤリと笑みを浮かべる七雲と呼ばれた生徒。違う……男じゃない。この艶のある顔。そして、屈んだ時に見えてしまったサラシで巻かれた胸元。キツく縛ってあるが、豊満なソレは隠しきれていない。女子生徒だ……シロベーと同じ性別詐欺人間。
「三好七雲と木柴猿弥……この2人を助っ人として使って欲しい」
「待て待て竹部! いきなり何言ってんだお前。そんな事許可出来るワケねえだろ」
「安心して下さい。双方腕っぷしは化け物だから、戦力としては申し分ないと思いますよ」
「バカ言え! 素人に剣道なんて出来るか! それに、合宿はただの山登りじゃねえんだぞ。登山合宿はチェックポイントごとに大人が控えてて、それらに剣道試合で勝たなきゃ進めねえんだ。付け焼き刃の竹刀で勝ち進めるモンじゃねえ」
康治郎さんはドカッと縁側に座ると、大きく鼻を鳴らす。登山競争しながら試合もするのか……想像しただけで恐ろしい。気力とスタミナの勝負だ。康治郎さんの怒りも尤もだな。剣道は礼で始まり礼で終わる……礼儀を重んじる武道だ。その武士道精神は一夜漬けで身に付くものではない。
「言うじゃねえか部長さんよ。俺と木柴じゃ役不足ってか」
「ああそうだ。竹刀の握り方すら知らねえヤツに、道場を踏ませるワケにはイカン」
「あぁ? んなの簡単だろうが! こうやってこうだろ……オラ完璧だろ!」
三好は近くにあった竹刀をぶん取ると、それを肩に担いで構えた。しかも片手で。そのナリで竹刀を持つと妙に時代を感じる……しかし全部間違いだ。ていうかなんだそのポーズ、元ソルジャーかお前は。
「アホか! んな決めポーズみてえな構え方ミッ◯ガルの中だけにしろ!」
「あぁん!? じゃあミッド◯ル出たらどうしろってんだよ! セ◯ィロス倒せねえだろうが!」
「この野郎……まず根本的な話をするとな。そもそも剣道部でも無いヤツは、合宿の参加資格すらねえんだよ。顧問の許可も無しに、そんな勝手が許されるかよ」
その言葉に、三好は一瞬眉を吊り上げる。康治郎さんは取り付く島もないといった様子だ。けど、人数がいないのはどうしようもなあ……そう憂いていた時だった。
「彼らなら大丈夫だよ」
聞き親しんだその声に、俺はハッとする。目立つ赤縁のメガネをキラリと光らせ登場したのは──
「ヤマちゃん先生!」
「親父……!」
「父さん……」
「事情は今しがた聞いたよ……非常に残念だが、諦めるのは早い。彼らの仮入部手続きはすぐ済ませる。康、瀬那、佑樹君、木柴君、三好君。君達5人が合同合宿の選手だ」
ヤマちゃん先生は開口一番、そう決定づける。いつも急なんだからこの人は……次に康治郎さんの口から異議が出るのは、誰の目にも明らかだ。
「待てや親父! 本気で言ってんのか!? アイツらの代わりが、こんな剣道を舐め腐ったヤツに務まるかよ!」
「彼らなら問題ないよ。身体能力も申し分ないからね」
「そんな事──」
「ただし」
青筋浮かべる康治郎さんを手で制し、ヤマちゃん先生は木柴と三好の方へ振り向き、双方の肩に手を置く。
「君達2人にはこれから一週間、剣道というものを徹底的に叩き込む。少しキツイ日々を送る事になるけど、やれるかな?」
「根性だけはあるんだ。心配しなくていいすよ!」
「おう、任せとけ。何人でも俺が斬ってやる」
「マネージャーとして身が引き締まるね。よーし、やるぞ〜」
ヤマちゃん先生の笑顔が怖い……仏のように優しく指導する先生が徹底的と言った。こりゃ本気だな。
先に行ってるぜ、と俺達にサムズアップをして道場の方へと走る木柴と、それを追う三好とシロベー。死ぬなよ木柴……。
「さて、彼らは僕が稽古をつけるとして……有段者3人には、あるものを覚えてもらう。このままでは勝つのは難しいからね。連中を驚かせてやろうじゃないか」
「親父……まさか……!」
「ああ父祖伝来の秘技──鬼撫でを伝授するよ」
俺はある事を思い出す。いつか松家が話してくれた過去。ヤマちゃん先生が見せたと言われてる、厄災の鬼を討つ為の技。康治郎さんが望んだもの……大会で勝てば教えると父に言われ、康治郎さんは奮起したが、心臓の病で…………その技に違いない。
「康は既に取得している。だからお前が2人に教えてやってくれ」
「ま、まだ発展途上だぞ? 俺に教えられるか……」
「……康なら平気だよ。つきっきりは無理だけど、僕も僕で手伝うさ」
「ったく、さっきから急に色々と決めやがって……あーもう分かったよ! こうなりゃ時間が惜しい。2人共行くぞ! 素人に負けるかってんだ」
康治郎さんは頭を掻きむしると、松家を連れて足早にこの場を立ち去る。俺も続こうとした時、ヤマちゃん先生に声をかけられる。
「ねえ佑樹君」
「ん、どうしたんだ」
「ありがとう」
俺に柔和な笑みを見せる先生……その言葉に、どれ程の意味が込められてるかは分からない。この人の苦労は、一言では表せないものだ。俺は無言で深く頷き、そのたった一言を噛みしめた。




