26・種まき
私は首筋に流れる冬霧の髪をよけてから、意外にしっかりとした骨格の肩に手をのせる。
そして以前お母さんにしてあげたときのことを思い出しながら、指に力をこめた。
何度か繰り返すと、私のへそをめがけて、冬霧の腰のあたりからしっぽが飛び出してくる。
直後、冬霧は叫びながら畳の上にひっくり返った。
思わぬ事態に私は声を上げてとびのく。
「ど、どうしたの?」
冬霧は苦悶の表情を浮かべ、畳の上で身をよじりながらお腹を押さえていた。
「む、無理だよ、それ……」
「ごめん、痛かった?」
冬霧は耳をぺしゃりと倒したまま、息も絶えだえに震えている。
「違う……なに、それ。と、とんでもなく、くすぐったいんだけど……」
わたしはようやく、冬霧が飛び出したしっぽを震わせ、悶えながら笑っているのだと気づいた。
どうやら、極度のくすぐったがりらしい。
「うみ、助けて……」
畳にうずくまって身をよじる、いつもの冬霧とは違う情けない姿がおかしくて、私は思わず笑ってその隣に寝ころんだ。
肌に当たる畳の目の感触が心地いい。
「あーあ、残念。お母さんは肩を揉むと楽になるって喜んでくれたんだけど。冬霧は笑わせることしかできなかった」
「これはやめて。笑うのがこんなにつらいなんて……」
「わかった。いたずらするときだけね」
にやつく私に、冬霧は切実な涙目で訴えてくる。
「だから、これはダメだって」
そばには冬霧が騒いでいたときに放り出された飴が転がっていて、私は手を伸ばすとそれを冬霧の目の前にかざした。
「はい。笑った後は、元気の出る飴をどうぞ」
冬霧の表情が消える。
どこか神秘的な黄色い瞳の中に、飴の入った袋が映っていた。
「うみ、元気ないの?」
「……え?」
「綾子が元気ないときは、俺にこうやってお菓子をくれたんだ」
「おばあちゃんが?」
「うん。いつもありがとうって。食べている俺の姿を見ていると、元気が出るんだって」
私は出かける前に読んだおばちゃんの手紙のことを思い出しかけたけれど、それをごまかすように袋を開けて、丸い飴を冬霧の口の中に押し込む。
冬霧は心配そうに私を覗き込んでいた。
飴で膨らんだ冬霧の片頬と、見つめてくる深刻な表情がなんだかちぐはぐに思えて、つい笑ってしまう。
「ほんとだ。冬霧の飴食べている顔を見ていたら、元気出た」
「うみ……」
冬霧に聞かれることを恐れて、私はさっと立ち上がって大きく伸びをした。
「よしっ。サボりすぎていた勉強でも、再開しようかな」
四月に入ってから、春休みもあと少しという天気のいい日だった。
まだ殺風景な庭には少しずつ、新たな野菜の芽が育っている。
「これはトマト、これはナス、これはピーマン、これはジャガイモ……」
出てきたばかりのレタスとキャベツの芽を踏まないように気をつけて、私は庭の真ん中あたりでしゃがんでいる冬霧の背中に声をかけた。
「冬霧、お願いがあるの」
地面に向き合っていた冬霧は振り返る。
「へぇ、なんだろう?」
答えようとした私はふと、冬霧の足元に置かれた風通しのよさそうな竹製のかごに目を留めた。
中には小指の爪ほどの大きさをした、少しくすんだ緑色の粒がたくさん入っている。
「冬霧はなにしているの?」
「今日はね、うみが好きだって言っていた枝豆を植えることにしたんだ」
「ああ。かごのそれ、枝豆の種かぁ」
言われてみれば、丸い粒は枝豆を乾燥させたような見た目をしていた。
「すごくたくさんあるね。いつ買ってきてくれたの?」
「これは去年植えた種を干しておいて、今年用にとっておいたんだ。カッコウが鳴いたら植えるんだよって、綾子に教えてもらった」
冬霧は掘り起こした地面に種を置くと、その上にさっと土をかける。
「それでうみ、俺にお願いってなに?」
「あ、そうだ」
私は少し考えてから、竹かごの中から枝豆の種を手に取った。
「その前に、私も枝豆植えたいな」
「じゃあ、うみは俺の向かいの列を頼むよ。俺が植えるのと同じくらいの浅い穴を掘って、そこに種を植えて土をかぶせる。あとは間隔をとりながら繰り返すだけだよ」
「うん、できそう」
私は種を植える場所に移動して、冬霧と向き合うようにしゃがみこんだ。
それから冬霧の見よう見まねで30センチほどの等間隔を開けながら、乾燥してかたくなった枝豆の種を植えていく。
冬霧は一瞬だけ手元を休めて、私の作業を確認してくれた。
「そう、そんな感じで」
「わかった!」




