25・飴玉
「うみはまともなわがままも言わないで、いっつも無難な子になりたがっていたから」
「そう、かな……」
そんなつもりはないけれど。
だけど私は、おかあさんを悲しませたりみんなに迷惑をかける、おかしい子ではいたくなかった。
思えば勉強だって、無難にこなしておけば少しはまともに見えるかなって、そんな下心があったかもしれない。
いや、あった。
みんな一目置いてくれるからほどよい距離が取りやすくなるし、私が努力すればお母さんだって笑ってくれる。
そういう考えが自然と振る舞いに現れて、璃月さんはそんな私に気づいていた。
「だけど私、おばあちゃんの家に来てから、好き勝手言ってる」
「ほお」
「ワンちゃんとのお別れの時だって。ワンちゃん、私のことを信じるって言ってくれたのに。昔のことも、これからのことも、私ならいい思い出にできるって」
そんなワンちゃんに、私が伝えた最後の言葉は「嫌だよ」だった。
「私、ワンちゃんにひどいこと言っちゃった……最低」
聞き取りにくい鼻声で呟くと、璃月さんはあっけらかんと言う。
「だから、うみは自分の失敗を味わうのが好きすぎるんだって、変態か」
「最後の言葉は、璃月さんに言われたくない」
「そんならお返しに言わせてもらうけどね、その健気なうさぎの王子はうみのことを激励してくれたのに、肝心のあんたはいつまでうじうじしてるの」
「わかんないよ、仕方ないじゃない」
「おっ。いいね、いい子のふりするうみじゃなくなってる」
「璃月さん、私は真剣なの!」
「だから真剣さで言えば私は負けてないって。ともかく、どうするのかは自分で決めてみなよ」
「決めるのは私じゃない。私が一緒にいようって決めても、みんなはどこか行っちゃうんだもん」
「ああ確かにそうか。うみって残されてばっかで、残していく経験はないもんね」
予想もしなかった言葉に、私は思わず聞き返した。
「……残していく、経験?」
「そりゃそうよ。残されている者だけが背負っているわけじゃないんだな」
返す言葉が出てこない私に対して、璃月さんは少しゆっくりと続ける。
「私はね、うみのパパのこともママのことも知ってるから。まだ若かった二人がかわいいうみを残していくしかできなかったんだって思い出すたびにね、涙が出てくるよ。大抵玉ねぎ刻んでるから、そのせいだとは思うんだけど。うみのママの作ったカレー、また食べたいなぁ」
璃月さんに言われるまで、私はお父さんやお母さんの気持ちなんて考えもしなかった。
だけど確かに、思いがあるのは私だけじゃない。
残していく側の気持ちを、私はまだ知らない。
気づいた事実に呆然としていると、通話音の遠くから日本語ではない言語が入り込み、璃月さんが短く返している。
「おっと、私行くわ。ま、私はあんたのパパでもママでもないけど、たまには声聞かせなさいよ!」
「うん」
「それからうみ、わかっていると思うけど。変態は褒め言葉だからね!」
璃月さんの元気のいい笑い声と共に、通話は切れた。
私は畳の上で、しばらくそのままぼんやりとしている。
でも、迷いはもうなくなっていた。
冬霧を残していったおばあちゃんの気持ちを、私はまだ知らない。
私は腰を上げると引き出しの前に立ち、一通の白い封筒を手にする。
そして封のされていないその中身を取り出した。
出かけていた私が帰ると、玄関には冬霧のスニーカーが行儀よくそろえられていた。
私は気の抜けた顔を引き締めて、できる限り明るい声で入っていく。
「ただいまー!」
板張りの通路を抜けて居間にたどり着くと、和室に立つ冬霧が耳をぴんと立てて私に微笑んでくれた。
冬霧はかぶっていた帽子を自分の使っているたんすにしまっていたらしく、少し長めの金髪は寝ぐせのように散らかっている。
「おかえり、うみ」
「ね、冬霧。これあげる」
私はポケットから個包装された水色の飴玉をひとつ取り出して、冬霧の目の前にかざした。
冬霧は目を丸くして、両手で受け取る。
「どうしたの、これ」
「冬霧にプレゼントだよ」
小さな飴をまじまじと見つめている冬霧の背中が、飴に注目したまま少し丸まっている。
私はその肩に両手を置くと、冬霧を沈めるように畳の上に座らせた。
「いつもお世話してくれる冬霧に、肩揉みしてあげるね」
冬霧は戸惑ったように、後ろに張り付いている私を振り返る。
「え? なにそれ。人間の遊び?」
「知らないの?」
「うん。綾子は教えてくれなかった」
「そっか……意外だな。じゃあちょっと試してみてよ。きっと気に入るから」




