24・元の姿
ちゃぶ台に並んだ食事を前に、いつもしっぽ出すほどはしゃいでいたワンちゃんの笑顔が浮かんでくる。
「一緒に食べたいな」
沈黙が落ちた。
その静けさに耐えるのがつらくて、私は言うつもりのなかった言葉までぽろりとこぼす。
「冬霧は、いなくならないよね」
言葉にすると随分重たい。
私はごまかすためだけに笑おうとする。
その臆病な心が食いちぎられるようだった。
全身が総毛立つ。
私の胸の奥の一番柔らかい部分がこじあけられると、凍てつくような痛みが侵食してきた。
なにが起こったのかわからないまま、私はよろめきしゃがみこむ。
それが冬霧から流れてくる冷えびえとした悲しみだと気づいて、愕然とした。
どうして?
私が感情に流れ込まないよう、あんなに気をつけてくれていたのに。
信じられない思いで見上げると、冬霧は表情を確認される前にさっと背を向けた。
「ごめん、うみ。俺、先に行く」
冬霧は逃げるように庭の方へ向かった。
そうしてすぐ、凍えるほどの痛みが溶けるように引いていく。
しかしいまだに残る、舐めるような胸の疼きを抱えながら、私は冷え切っていた。
今のは明らかに、「いなくならないよね」の答えを拒絶で突きつけられたとしか思えない。
「どうして……」
冬霧は、なにがあっても私のそばにいてくれると信じていたのに。
私のお母さんみたいに。
「……まさか」
ある事実に気づき、私の思考が黒々と重苦しいものに染まっていく。
ワンちゃんが、望んでも一緒にいてくれなかったのは。
私のお母さんと同じ理由で、それができないということだったら。
ワンちゃんがいなくなったときの、冬霧の態度も腑に落ちる。
私はたんすに入っている手紙のことを思い出した。
だめだ、冬霧におばあちゃんの話を聞くのはやめよう。
もし冬霧をあやかしにさせている原因がおばあちゃんに会えないさみしさだったら。
納得してしまったら。
考えたくもない。
おそるおそる家に帰ると、冬霧はいなかった。
その家の広さと静かさが気になって落ち着かず、私は遠い地に暮らす璃月さんを頼る。
通話はわりとすぐつながった。
「うみ、どう? 元気にしてる?」
璃月さんの声がいつも通り賑やかで、沈んでいた私の気持ちは少し持ち直してくる。
「璃月さん、あの私……お母さんの方のおばあちゃんのこと、知りたくて」
「ええっ! 私に聞くの?」
「だって他に聞ける人いないし」
「ああ。確かに私の家族に聞いたところで、くだらない推測や噂ばっかで話がかみ合わないからねぇ」
そう言われると、璃月さんと会話が噛み合う人を見たことがない。
「まあでも、私もよくは知らないけど。うみのおばあちゃんとうみのママ、相当仲悪かったんでしょ?」
「よくわからない。私、おばあちゃんに会ったことないし。お母さん、そういう話適当にごまかすから聞きにくくて」
「そう言えばそうだったか。でもおばあちゃんのことなら、イケメン狐に聞けばいいじゃない」
私は言葉に詰まる。
「聞こうと思ったんだけど」
「聞きなよ。その方が手っ取り早い」
「だけど冬霧の考えてること、よくわからないし……聞くの怖いし」
「え? なんで」
もし話の途中で、冬霧におばあちゃんが亡くなっていることを知られてしまったら。
その事実に、冬霧もワンちゃんみたいに納得してしまったら。
「なに、その沈黙! ちょっと待って! 今、本気で聞く姿勢にするから!」
璃月さんはなぜか鼻息荒く張り切って、通話音の向こうでがたんごとんと謎の怪奇音を立てている。
この人絶対、自分に都合よく勘違いしてる。
「あのね璃月さん。私、すごく真面目に話をしていて」
「ちょいどいいじゃない。今の私、いつになく真面目だから。うみが話すことは他言しないし、ひとりで好きに楽しませてもらうだけだし。それで、そのイケメンとなにが起こったのかを、胸のときめきも隠さず、おもしろおかしく聞かせなさい!」
「その期待に沿えなさそうで、申し訳ないんだけど……」
私は一応誤解を解くためにもワンちゃんとの出会いや別れも含めて、さらにあやかしから元の姿に戻るきっかけや、戻ったあとの可能性について話した。
璃月さんはワンちゃんの容姿について話すと歓喜の奇声を上げながら堪能していたけれど、それ以外は意外とまともな相槌を返してくる。
「ほーお。確かに予想より地味な話だったけど、ともかくイケメン狐がおばあちゃんが亡くなったって事実を知ってそれに納得してしまったら、あやかしでいられなくなって元の死んだ状態に戻るって考えているのね」
あけすけな言い方に、私はつい大声で反論する。
「だけど、まだわからないの!」
つい口調が荒れて、それが認めたくないけれど自分の考えだと思い知らされる。
ワンちゃんは最後を見られたくないと言ってたのがどうしてか、わかった気がした。
「それで、もしその仮説が正しいとしたらうみはどうしたいの?」
そう聞かれて、おかあさんと暮らしたアパートからわたしたちの生活が消えて無くなったあとの、空っぽの室内が浮かんだ。
その景色と、自分がこの古民家にたった一人でいる姿が重なる。
がらんとした家に、私はひとり。
「どうしよう、璃月さん」
「ん?」
「私、冬霧がいなくなるなんて……どうしても嫌なの」
言葉にするとわがままを言っている子どもみたいな自分が恥ずかしくなって、顔が熱くなってきた。
通話音の向こうで、小さな含み笑いが聞こえる。
「うみ、変わったね」
「……私?」




