10・拾ったのは
私と冬霧が、元うさぎらしきあやかしの男の子を発見した数時間後。
おばあちゃんの家のちゃぶ台をはさんで、私はその子と向かい合っていた。
彼はつやつやの白髪の上に動くうさぎの耳をぴんと立てたまま、座布団に行儀よく正座して、小さめのどんぶりに盛られたごはんを夢中でかき込んでいる。
生まれたての姿で力なく倒れていた彼を、冬霧が着ていたパーカにくるんでここまで運んだときに見た姿が嘘だったかのような復活ぶりとも言えた。
連れてきたのはいいけれど、家のたんすには女の子の服しかなかったので、彼が着ている筆記体風のロゴの付いたトレーナーとジーンズは、私がお店に行って買ってきた安物の子ども服だ。
「おかわり!」
高く張りのある声と共に、男の子は空になったどんぶりを高らかに掲げた。
「はいはい」
冬霧は彼の手から器をそっと取り上げると、ご飯をよそったりお茶を出したり、居間と台所を行き来しながらかいがいしく世話をしている。
そしてごはんの上にパセリのふりかけがこんもりとのったどんぶりがやってくると、男の子はつぶらな赤い目を輝かせた。
感嘆のため息を漏らしながら、男の子は小さな王子様のようにかわいい顔で幸せそうに器を受け取る。
すると、その愛らしい見た目が吹っ飛ぶような勢いで再びかきこみはじめた。
「人間の食べるごはんはうまいな!」
ご飯もパセリのふりかけも尽きたらしく、冬霧は私の隣に腰を下ろして男の子と向かい合った。
「そうとも限らないよ。ただ、俺の作ったごはんはうみも喜んでくれた」
それから直球で聞く。
「ところで君、どうしてあんなところで寝っ転がってたの?」
「おまえらこそ誰だ」
ご飯をもぐもぐしながら、男の子は挑戦的に目を光らせた。
「ぼくをこんなところに連れ込んで、ふろを貸してくれたり、服も準備してくれたり、うまいめしを山もり食わせてくれたり、本当に助かったんだよ! 一体何者なのか名乗れ!」
威勢よく感謝されて、私は確かに名乗っていないと気づく。
「私はうみだよ。こっちは狐のあかやしで冬霧。あなたは? なんて呼んだらいいかな?」
「ワン!」
「……ええと、ワンくん?」
「そうだ。ぼくはうさぎのワンだ!」
私と冬霧は顔を見合わせた。
無言で戸惑いが交わされると、ワンと名乗った少年は怒りをあらわにして握り拳をぶんぶん振る。
「なんだよ、文句あるのか! 一緒に住んでいた人間たちがつけてくれて、みんなワンちゃんって甘やかすような声で呼んでくれたから、ぼくはすっごく気に入っているんだ! おまえらに戸惑われる筋合いはない!」
冬霧は笑顔でぼそりと呟く。
「……綾子がつけてくれてよかった」
あ、そうか。
ワンちゃんを飼っていた家の事情は分からないけれど、犬は飼えなかったのでうさぎを飼って、名前はその未練の表れなのかな。
でも本人が気に入っているのなら、それはそれでいいのかも。
「ワンちゃんはうさぎだったんだよね?」
「この庇護欲そそられる見た目、一目瞭然だろ!」
「うん、本当に璃月さん好みのかわいさなのは間違いないんだけど。ワンちゃんは冬霧と同じで、なにか理由があってあやかしになったのかなって思って。ワンちゃんはどうして、あんなところで倒れていたの?」
そう聞くと、ワンちゃんはとたんに口が重くなった。
私がどう切り出せばいいかわわらず困っていると、冬霧の助け舟がやってくる。
「うみは近くにいるあやかしの強い感情がわかるんだ。だからワンが助けを求めるやかましい気持ちにも気づけて、助けてくれたんだよ。ワンのことを悪いようにはしないよ」
「……そんなふうに親切にされたら、本当に嬉しいんだぞ! これ以上ぼくをどうするつもりだ!」
「だから、ワンが困っているならうみは協力したいんだよ。早い話、ワンは元のうさぎに戻りたいんだろ?」
「ぼくは……」
ワンちゃんは言葉に詰まると、長い耳をしゅんとしおれさせる。
その顔が悲しみに歪むと、目から大粒の涙がこぼれはじめた。
「ワンちゃん……」
私がおろおろしているのとは対照的に、冬霧はいつになく優しげな笑みを浮かべる。
「それなら、俺たちに事情を教えてよ。俺、元の姿に戻る方法も知ってるし」
ワンちゃんは真っ赤な目を見開くと、腕でぐいと涙をぬぐった。
「……本当か!?」
確かあれ、冬霧の作り話だったような……。
気がしたけれど、ワンちゃんがどんぶりを置いて身の上話をはじめそうな気配がしたので、なにも言わずに聞くことにした。




