表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

加藤良介 エッセイ集

「俺はただ可愛い女奴隷が欲しいだけなんだー」と、馬鹿なおにぃーが申しております

作者: 加藤 良介

 聖地グングトナール山の中腹に広がる巨大洞窟にて、一人の少女が光る剣を片手に、岩の巨人と対峙していた。



 「おにぃー。跳躍の魔法」


 銀色の兜をかぶった少女が、振り返らずに後ろの男に声を掛けた。


 「あいよ。ベルベルトノアーナ。彼者に羽の力を授けたまえ」


 少女の呼びかけに緑色のローブを纏った男が呼応し、手にした杖を振りかざし魔法を詠唱した。

 青年の魔法の力により少女の身体が青く光った。


 「おのれ、矮小な人間ども。あくまでも我に逆らうか」


 屋敷ほどの大きさがある岩の巨人が咆哮する。


 「くたばれ魔王」


 少女は飛び上がると、黄金色に輝く細身の片手剣を巨人の目に突き刺した。

 その跳躍は人の力を越えたものであった。


 「ぐぁー」


 巨人は片目を潰され、巨木のごとき両腕を振るう。

 その暴風のごとき、拳の嵐を少女は軽々と躱していく。


 「止めだ」


 僅かな隙を見つけた少女が再び跳躍し、黄金の片手剣を巨人の喉に突き刺した。

 ガフッ。

 声にならない断末魔が巨人より上がった。

 少女は突き刺した剣を両足の力を込めて引っこ抜くと、巨人の喉から紫色の霧が噴出した。

 彼女の着地と同時に巨人は倒れ込み再び動くことはなかった。


 「よっしゃー。でかしたぞ。サリーア。それでこそ神託の勇者。俺の妹だぁー」


 緑色のローブを纏った男が絶叫する。

 

 「見たか。おにぃー。私にかかれば、魔王だってこんなもんよ」


 少女は青年に向けて拳を振り上げて見せた。



 魔法使いアブドルと剣士サリーアは兄妹だ。

 兄のアブドルは一応魔法使いだが、初期魔法しか使えない低級魔法使い。

 年齢は30歳。冴えない容姿に、癖のある喋り方。そして、高い自意識を拗らせたオッサン予備軍である。

 一方。妹のサリーアは神殿の神託により選ばれた勇者。

 神殿より授けられた神剣ラエアードを使いこなし、目にもとまらぬ速さで相手の懐に飛び込み、正確に急所を突き刺す姿から「神速の雷」と呼ばれる凄腕の剣士だ。

 年齢は18歳。短く刈り込んだ赤毛に、美人とは言えないが、年頃の娘が持っている可愛らしさを持っていた。


 二人は聖地グングトナール山に現れた、巨人の魔王シャイターンの討伐を王国から命じられ、それを見事に果たして見せたのだ。

 魔王の首をちょん切って、二人の支援をしていた王国騎士団に見せると、歓声が沸き上がった。



 こうして、二人は無事に試練を乗り越えて王国より多額の報酬を貰った。


 「よっしゃー。遂に、遂に、夢にまで見た女奴隷が買えるぞー」


 王宮の門を出た所でアブドルが絶叫する。


 「はぁ。それ、本気で言ってたの。馬鹿じゃないの」

 「うっさい。俺が貰った報酬だ。俺が好きに使っていいだろうがー」

 「そうだけど、もっとましな使い方は無いの。女奴隷なんか買ってどうするのよ」

 「どうするって決まってるだろう。あんなことや、こんなことしてもらうんだよ。むしろそれ以外に何がある。教えてくれよ。マイシスター」

 「サイテー。おにぃーサイテー」

 「うるさい。という事で、俺は奴隷市場に行ってくる。じゃ」


 アブドルはスキップしながら奴隷市場に足を向けた。


 「あっ、こら待て、馬鹿兄貴」


 サリーアは走ってアブドルを追いかける。


 「なんだよ。付いてくるなよ。あれだぞ。幾ら止めても兄ちゃんは聞かないからな。俺はぜったに美少女奴隷を買うんだ」

 「往来で馬鹿なこと言わないでよ。恥ずかしい。折角、王様から大金貰ったのにそんなことに使うの。村で待ってる、お父さんとお母さんに何か買ってあげようって気持ちは無いの」

 「なんで、親父に何か買わないといけないんだよ。でも、確かに母ちゃんには何か買わないとな。しかし、女奴隷が先だ。残ったお金で母ちゃんにお土産を買う。それでも余ったら親父にもなんか買ってやるよ」

 「屑だ。おにぃーは屑だ。知ってたけど」


 兄妹は言い合いをしながら奴隷市場に足を踏み入れた。


 「おお、ここが、奴隷市場か。初めて来たけど、なんか臭いな」


 アブドルは市場を見渡しながら鼻を押さえた。


 「そりゃ、こんだけ奴隷がいれば臭いでしょうよ。お風呂とか入れないんだし」


 兄妹の視界には、大勢の奴隷たちが鎖に繋がれている姿が映る。


 「なるほど、俺はちゃんと奴隷も風呂に入れるぞ。臭いのはやだからな」

 

 二人は人混みをかき分けて奴隷の競りが行われている台まで近寄った。

 そこには多くの客が詰め掛け、出せる金額を叫んでいた。


 「さあ、他に無いか。この奴隷は健康そのもの。20年は使える事間違いなし。お買い得だ」


 台の上で奴隷商人が客たちに向かって呼びかける。


 「オッサンじゃん」


 台を見上げたアブドルはがっかりする。


 「オッサンね」


 競りの順番待ちをしている奴隷に目を向けるが、美少女どころか少女すらいない。


 「オッサンなんて及びじゃないぞ。可愛い美少女奴隷は何処にいるんだよ」

 「私が知る訳ないじゃん。あの人に聞いてみたら」

 「よし、すいませーん。美少女奴隷の出物はありますかー」


 サリーアが奴隷商人と思しき人物を指さすと、アブドルはこの人物に駆け寄った。


 「なんで、今日はそんなに積極的なのよ。いつもはぐずぐすしてるくせに」


 サリーアはアブドルの後を追いかけた。


 「女奴隷。それも若くて可愛い女奴隷の出物が見たいんだけど」

 「はぁ? 若くて可愛い女奴隷? 兄さん。そんなもん、ここに流れてくるわけないだろう」


 声を掛けられた奴隷商人は呆れた声を上げる。


 「えっ、なんで、ここ奴隷市場だろ。女奴隷がいないっておかしいだろう」

 「女奴隷はいますけどね。美人の奴隷はここには居ないよ。そいつらは別の競りにかけられる」

 「そうなんだ。なら、その競りの場所を教えてくれ」

 「悪いが兄さん。兄さん程度じゃ、近づくことすらできないよ」

 「なんでだよ。金ならあるぞ。ほら」


 アブドルは懐から金貨の詰まった袋を出して見せる。


 「金の問題じゃないんだよ。言ってみれば、信用の問題。奴隷を買った実績のある信用あるお客しか、美人の奴隷は売れないんだ。一見さんはお断りなの。お客は貴族様とか大商人に限られるの」

 「なんだよそれ。不公平だ。断固抗議する」

 「私に抗議しても無駄だよ。奴隷ギルドで決まってもんだから。文句はそっちに言ってくれ」

 「くそう。どうすれば、信用されるんだ」

 「そりゃ、高い地位にあれば信用されるだろうけど、兄さんはどう見ても平民だろう。それじゃあ厳しい」


 奴隷商人は無遠慮な視線でアブドルの全身を眺める。


 「こら、言うに事欠いてただの平民とは失礼な。この俺は勇者サリーアの兄にして大魔法使い(予定)のアブドル様だぞ。魔王シャイターンを討伐した英雄だぞ。これ以上の信用があるか」

 「何言ってんだい。兄さん。流石に勇者様の名を騙るのは不味い。邏卒にしょっ引かれるぞ」

 「嘘じゃない。サリーア。見せてやれ。神剣ラエアードを」


 アブドルは振り返り、両手をサリーアに向けた。


 「はぁ、馬鹿言わないでよ。なんでそんなことしなきゃいけないのよ」


 両手を向けられたサリーアは咄嗟に神剣ラエアードを庇った。


 「だって、ラエアードを見せるのが早いじゃん。それは、世界に一本しかないんだから」

 「だからって、奴隷を買うための証明になんか使いたくない。神官長さまに叱られる」

 「頼むよ。ちらっと。鞘ばしるだけでいいから」

 「いーや」

 「もういいかい兄さん。私も忙しいんだ」

 「ああ、ちょっと待って」


 アブドルの声も虚しく奴隷商人は立ち去った。



 「(´Д⊂グスン。何で売ってくれないんだよ」


 市場からほど近い酒場でアブドルはエール片手に泣き崩れた。

 酒場の中央カウンターに、兄妹は仲良く並んでいる。


 「なんでそんなに、奴隷なんて欲しいのよ。だいたい、おにぃーに面倒見れるの」

 「馬鹿にするな。俺は魔法使いだぞ。奴隷の一人や二人の面倒は見れるに決まっているだろう」

 「落ちこぼれの魔法使いじゃん」

 「何を言う。落ちこぼれてなんかいない。大器晩成型の魔法使いと呼べ」

 「今、使えないことに変わりないよね。それ」

 「うるさい。お前には効くだろうが」

 「うん。そうなんだよね。なんでだろう」


 サリーアの言う通りアブドルは魔法使いとしては二流、いや、三流と言っていい程の力しかない。師匠の下で、10年以上修行しているが全く芽が出ない。

 ただ、何故かサリーアにかける支援魔法だけは超一流の効果を発揮するのだ。それは王国が選抜した魔法使いを軽く凌駕する効果が見て取れた。

 低級魔法使いのアブドルが、魔王討伐のメンバーに加えられたのはそのためだった。


 「そりゃ、兄妹だからだろう」

 「魔法にそんなこと関係あるの」

 「実際にあるんだから、そうなんだろうよ」

 「言われてみたらそうか」

 「まぁ、昔から、お前を魔法の実験台にしてきたからな。身体が順応しているのかも」


 アブドルの言葉にサリーアの眉が跳ね上がった。


 「言っときますけど、許してないからね。私を実験台にしたこと」

 「何言ってんだ。お兄ちゃん魔法かけてって言ってたのはお前だろうが」


 アブドルの言葉にサリーアは顔を赤くする。


 「それは、何も知らない小さいときでしょ。知ってたら絶対に言わない」

 「そのおかげで、安全に魔王を倒せたんだ。文句言うな」

 「うう、納得いかない」

 

 サリーは手にした器をテープに叩きつけた。


 「はぁ、話は戻るけど、何で女奴隷なんかほしいのよ。女の子に傍にいてほしいなら作ればいいじゃん。彼女」

 「バッカお前。それが出来ないから買うんだろうが」

 「自慢することか」

 「自慢じゃない。事実だ。いや、現実だ。真実だ」

 「より、虚しいわ」

 「百も承知」

 「だいたい。魔王討伐したんだから、女子だって寄ってくるでしょ。ほら、薬屋のターワァ。好きだって言ってたじゃん。声かけてみたら。案外いけるかもよ」

 「ぐはっ」


 アブドルは再びカウンターに突っ伏した。


 「何よ。ぐはって」

 「お前は今、兄ちゃんの触れてはいけない過去に触れた」

 「どゆこと」

 「いいや、何もなかった。何もなかったんだ」


 のろのろと起き上がり、またエールを口に含んだ。


 「はぁはぁ、振られたのね。ていうか告白したんだ。それが意外」

 「ばっか。そんなことできる訳ねぇだろう」

 「威張るな。じゃぁ何よ。既に付き合っている人がいたとか」

 「黙秘剣」


 剣を構える仕草をする兄に、サリーアは頭痛を覚えた。


 「はぁ。別にターワァ以外にも女の子はいっぱい居るんだし、アタックしたらいいでしょ」

 「簡単に言うな。それが出来ないからこの歳になっても一人もんなんだろうが」

 「魔王と戦うより簡単だと思うけど」

 「いや、んな事は無い。俺が女を落とすのは魔王討伐より難しい」

 「なんか、魔王が可哀そうに思えてきた」

 「よって、俺は美少女奴隷をゲットするんだ。奴隷ならお付き合いとか難しいこと考えなくていいからな」

 「屑だ。真正の屑だ」

 「何とでもいえ。俺は諦めないぞ」

 「でも、売ってくれないよね。おにぃーは信用無いから」

 「そのシステムがおかしい。金はあるんだから売るべきだろう。それが自由競争、資本主義社会ってもんだ」

 「はいはい。聞きかじった賢そうな言葉を並べても、おにぃーの底が浅い事はバレバレだから」

 「ぐぬぬ」

 「そんな事だから、いつまでたっても女の子とお話しできないんでしょ。もしかして、怖いの。女の子」

 「怖いよ!!」

 「即答!?」


 あまりの反応の速さに面食らう。


 「怖いに決まってるだろうが、魔王よりよっぽど怖いわ」

 「この話は王様には絶対に聞かせられないわね。ならなんで、女奴隷なんて欲しいのよ。怖いんでしょ。女の子」

 「女は怖いが、女体は好きだ」

 「発言が屑過ぎて、ドン引きなんですけど。えっと、もしかして私の事も怖いの」

 「なんで」

 「だって私も女の子よ」

 「お前は、女の子じゃない」

 「なんだとー」

 「違う、話を聞け。ラエアードに手をかけるな。神剣だぞ、それ」

 「どの口が言う」

 「妹は性別は女だが、女じゃない」

 「何が違うのよ」

 「うーん。俺の女版」

 

 サリーアは再び無言で神剣ラエアードに手をかけた。


 「まて、話せばわかる。お前だって俺を男としては見ないだろう。兄貴は男だけど男じゃない。そう言う事だ」

 「まぁ、それはそうか」

 

サリーアは神剣から手を離した。


 「いいかい。旦那」


 言い合いを続ける二人に横から声がかかる。

 視線を向けると、歯並びの悪い小男が笑っていた。


 「なんだい。オッサン。酒なら奢らんぞ」

 「何で決めつけるかな。何か御用ですか」

 「いや、悪いとは思ったんだが、話が聞こえてきてねぇ。そこの旦那は若い女奴隷が欲しいんだろう」

 「そうだけど、文句あっか」

 「いやいや、文句なんてねぇよ。男なら誰でも思う事さね」

 「偏見~」

 「妹ちゃん、ちょっと黙って。それで、なんだ。あんた。言いたいことがあるなら速く言ってくれ。俺も暇じゃないんだ」

 「何の予定も無いけどね」


 サリーアは、投げやりな台詞を投げつけてエールを啜る。


 「若い女奴隷を売っている競りを紹介しようと思ってね」

 「あんたが? 嘘をつくならもっと考えてつけよ」

 「言うねぇ。もちろん直接紹介できるわけじゃねぇよ。ただ、俺っちは競りに関わっている、ある御仁を紹介できるって事さ」

 「ふーん。紹介してほしければ金を払えって事か」

 「話が早くて助かるよ。で、どうする。今なら銀貨一枚で手を打つぜ」

 「ちょっと待って。怪しすぎるわよ。だいたい信用有る人しか競りには参加できないんでしょ。そんな話信じられない」

 「お嬢さん。それは、建前だよ。どこの世界にも裏口ってもんがある。俺っちはその裏口の叩き方を教えるだけさ」

 「ほらよ」


 アブドルは小男に向かって銀貨を一枚投げると、男は素早く掴んだ。


 「おにぃー。何で払うかなぁ」

 「毎度。じゃ、付いてきな」

 「よし、嘘だったら、ただじゃ済まないからな」

 「あっ、コラ、待ってよ」


 酒場を出ていく男たちにサリーアは仕方なく付いて行った。


 「ここだよ」


 一際立派な屋敷の裏口に案内される。

 小男が三回扉を叩くと、中から身なりの良い使用人風の男が出てきた。


 「旦那。ここから先は別に紹介料が必要になるぜ」

 「問題ない」


 アブドルが高らかに宣言するとサリーアはため息をついた。


 「おにぃー。本気で行くの」

 「嫌なら付いてこなくていいんだぞ。お前は母ちゃんへの土産でも買ってくればいいだろう」

 「そうしたいのは山々なんですけどね。流石に妖しい所におにぃー一人で行かせるわけにもいかないわよ。何かあったらどうすんの」

 「お前は母ちゃんか」

 「実に残念だけど。妹よ。辞めれるものなら今すぐ辞めたい」

 「さいで。いつもすまないねぇ」


 二人は使用人に促されて屋敷に入った。

 彼には銀貨三枚を支払う。


 「こちらでお待ちを」


 簡素な応接室に通される。


 「大丈夫なの」

 「さあ、ここまで来たら乗り掛かった舟だ。どっしり行こう」

 「なに、カッコつけてるのよ馬鹿にぃー。絶対、言葉のチョイスを間違ってる。乗りかかってないから。進んで乗ってるから」

 

 暫く待つと、さらに身なりの良い男が現れた。


 「お待たせした。奴隷の競りに参加されたいとのことですが、参加料として金貨三枚。保証料として同じく金貨三枚が必要です」

 「金貨三枚? 参加料だけで」


 サリーアは素っ頓狂な声を上げる。

 金貨一枚で一家族が一ヵ月以上悠々に暮らせるのだ。参加料としてもぼったくりとしか思えない。


 「そうなります。保証料は無事に競りが終われば返金致します」

 「それにしたって高過ぎよ」

 「あなた方は正規のお客様ではありませんからね。必要な経費とお考えを」

 「問題ない。美少女奴隷を買うためだ。大事の前の小事」

 

 アブドルは潔く金貨六枚を差し出した。


 「アホ過ぎる」


 サリーアの嘆きはどこ吹く風言うばかりだ。 


 「確かに、では、競りが始まるまでお寛ぎを。軽食でよろしければでも運ばせましょう」

 「ありがとう。競りはいつ始まるんだい」

 「深夜ですよ」

 「わかった」

 「それと、競りにはこの仮面をつけてください。参加者は皆付けるのが規則ですので」


 二組の仮面を手渡される。

 もう、引き返せない。



 深夜になると、この屋敷に続々と人が集まり始める。

 皆、奇妙な仮面をつけて、誰が誰やら分からなくしていた。


 「何で仮面なんて付けるんだろう。後ろめたいのかな」

 

 サリーアも羽飾りのついた仮面をかぶる。


 「まったく。根性の無い奴らだ。俺だったら素顔で、いや、全裸で美少女奴隷を買って見せる」


 熊みたいな仮面をつけたアブドルが胸を張った。


 「ただの馬鹿じゃん」

 「しかし、変だな」

 「なにが」

 「いや、美少女奴隷の競りなのに、女の客が多くないか」

 「言われてみれば」


 辺りを見回すと、半分とまではいかないが、相当数の女の客がいる。


 「これは、あれか、百合とか言うやつか。女同士でイチャコラするとか」

 「んな訳ないでしょ」

 「分かんねぇぞ。女同士で・・・・・・(*´Д`)」

 「想像すんな。変態おにぃー」


 馬鹿な言い合いをしていると大広間で競りが始まった。

 最初に行われたのは商品の展示会であった。


 「うおー。キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!これよ。これですよ」

 「しぃー。静かにしてよ。恥ずかしい」


 サリーアの苦言も虚しくアブドルは演台に向かって走り出す。

 演台の上にずらりと並んだのは、それまで想像もしたことのない程の美少女たちであった。

 アブドルのテンションは天井知らずだ。

 美少女たちには一から順番に数字が振られている。


 「なるへそ。この順番に競りにかけられるんだな。どれにしようかな。いや、誰にしようかな」


 演台に群がる男たちに交じって、アブドルは血走った眼で商品を見つめる。


 「四番の子、もろタイプ。彼女に決まりだな。いや待て、七番の子、すげー美人。おっぱいも大きいし。どうしよう。俺はどうしたらいいんだ。くそう、こうなったら二人とも買うしかないじゃないか。ああ、神よ。罪深い私に祝福を」

 

 演台を前に祈りだしたアブドルの前を、美少女奴隷たちが通り過ぎ奥へと消えていった。


 「えっ、ちょっと待って。まだ、よく見てないのに、どこへ行くのよ。君たち」


 戸惑う、アブドルに人がぶつかってきた。


 「痛っていな。何処見て、うわぁ」


 ぶつかってきたのは一人ではなかった。次から次へと押し寄せ、人波に押しつぶされるアブドル。

 四つん這いになりながら、ほうほうの態で抜け出した。


 「いったい何なんだよ。危ぇなぁ」


 アブドルはサリーアの前で立ち上がる。


 「へぇー。競りは女だけじゃないんだ」

 「ほえ? 」

 「ほら、今度は若い男の奴隷みたいよ」


 サリーアの言う通り、演台には若い男たちが並んでいる。

 そして、演台にはご婦人が詰め掛けて熱心に商品を物色していた。

 彼女らの波に押しつぶされたのだ。


 「けっ、ババァがいい歳こいて若い男に入れあげるとは、世も末だねぇ」

 「お前にだけは言われたくないって、全員が感じる思うよ」

 「俺のは、純愛だ」

 「お金で買った、純愛ね」

 「うっさい。奴隷じゃなくても女に金をつぎ込むことには変わらねぇだろうが、しかも、返ってこないんだぞ。奴隷は返って来る。確実に返って来るんだ。ここ大事。ここ大事よ」


 アブドルは声を大にして主張した。


 「歪んでんなぁ。言うほどつぎ込んだことも無い癖に」

 「ほっとけ。しかし、考えてみれば美人奴隷があるんだから美男奴隷があるのも当然か。どうだ、折角だし、お前も物色してみたら」

 「一緒にすんな。屑にぃー」

 「お前だってお年頃の女の子なんだから、男に興味あんだろう」

 「それは、そうだけど、人には好みってもんがあるでしょう。私、奴隷に興味ない」

 「若い、若いねぇ。いや、青いとも言える。んなこと言ってると行き遅れるぞ」

 「行き遅れた人か言うと重みがあるわね」


 サリーアの嫌味は通じなかった。


 「ほれほれ、この際、お兄様にお前の好みの男を教えてくれよ。ムキムキマッチョマン? 細マッチョ? それとも年下シャイボーイかな。まさか、デブ専ってことは無いよな」

 「うっさいなぁ」

 「でも、好みがあるって言ったよな。参考までに教えてくれよ」

 「別にいいけど・・・・・・私の好みは、私より強い人」

 「ふぇ? 」


 サリーアの返答に固まるアブドル。

 脳が妹の言葉を理解しなかった。

 

 「いやいや、何言ってんの。いる訳ないでしょうが、そんな人」

 「なんでよ。分かんないでしょうが」

 「あのなぁ。お前さんよりって。「神速の雷」より強いって何? 大魔王か何かなの。そんなのと結婚したいの。お兄ちゃん大魔王から兄さんって呼ばれるの」

 「誰が大魔王と結婚したいのよ。それ、人じゃないじゃん」

 「でも、魔王を倒したお前より強い男なんてこの国に居ないぞ。いたらそいつが勇者様だ」

 「別に剣以外でもいいわよ。槍でも、弓でも、格闘技でも」

 「うーん。剣よりハードルが下がったけど、すげー高いハードルであることには変わりねぇなぁ。少なくとも王国騎士団の連中にも心当たりがない」

 「王国騎士団はひ弱すぎ。あれで騎士様って言うだからお笑いよね。税金泥棒に改名した方がいいわよ。屑にぃーの方がよっぽど役に立った」

 「なんという、上から目線。高い。高いよ。衛星周回軌道上から見てるのかな。サリーア。我が妹ながら恐ろしい子」


 馬鹿話をしていると、遂に競りが始まった。

 一番から順に商品が出てきて、競りの開始値が発表された。


 「一番。16歳。出身国ミネルバ。では、金貨三百枚からスタートです」

 「はぇ? さっ、三百枚? うせやろ」

 「高っか」


 驚く二人をしり目に、値段はどんどん高くなる。


 「金貨千五百枚、千五百枚です。他、ございませんか。ございませんね。では、一番、金貨千五百枚で落札」


 エキスパートがハンマーを振り下ろすと、拍手が起こった。


 「おい、まじかよ。金貨千五百枚って豪邸が買えるんじゃねぇのか」

 「買えるでしょうね。一生遊んで暮らせる金額だもん」

 「いや、あの子がたまたま高かったに違いない。高貴な生まれの元お姫様だったとか」

 「何言ってんの。んな訳ないでしょう」

 「まだ、チャンスはあるって事だ。俺の本命は四番、対抗で七番。ここに賭ける」


 しかし、現実は無常であった。


 「四番。金貨二千七百枚。二千七百枚。二千八百。二千八百が出ました。まだ、ございませんか」

 「七番。金貨三千二百枚。金貨三千二百枚で落札」


 ちーん。(;゜Д゜)


 呆然と席に座り込むアブドル。

 全く、値段が釣り合わなかった。

 アブドルが国王から報奨金としてもらった金貨は四百枚。

 立派な大金だ。当分遊んで暮らせる額だ。しかし、美少女奴隷の価格はそれ以上であった。

 途中でサリーアに金を無心するという、兄としてのプライドも投げ捨てる行為に走ったが、当然、貸してくれもはずも無く。轟沈。

 ただ、貸したからと言って落札できたかというと微妙だ。

 サリーアの報奨金は兄より多かったが、それでも安い商品を一人落札できたかどうかというレベルであった。


 「なぁ、魔王討伐の報奨金。安くねぇ? 」

 「安くはないと思うけど。美少女奴隷が高いだけなんじゃ。いや、それにしても高すぎる。ってかそんなに出せんの。信じられない」


 呆然としながら屋敷を後にする。

 二人の前に地平線から朝日が昇り始めた。

 白熱した競りは一晩丸々続いていたことになる。


 「夢だ。これは夢に違いない。なんで、そんなに高いんだよ。ってか誰が買えるんだよ。あんな値段」

 「みんな、買ってたじゃん。ある所には有るんだねぇ。お金」

 「俺が買える程度の女奴隷はいないのかよ」

 「いるけど、たぶんあんなに可愛い子はいないよ」

 「くそう。世の中間違っている。死線を越えて魔王を倒したって言うのに、美少女奴隷一人も買えないなんて。世の中間違っている」

 「間違っているのは、おにぃーの頭の中だと思うけど」

 「金貨三枚払って女の子見ただけじゃないか」

 「見学料にしては高いね。村の演劇なら百回見てもお釣りがくるよ」

 「ぐのー。やっと。やっと。卒業できると思ったのに。このままじゃ。本当に魔法使いになっちまうー」

 「いや、もう、魔法使いでしょ。それが嫌なら。女の子に声を掛けなよ。ほら、ターワァになにかプレゼント買って帰ろうよ。魔王討伐したんだから、前より見る目が変わるって」

 「くそー。俺はただ可愛い女奴隷が欲しいだけなんだー」

 「はいはい、おにぃーには縁がない存在だったね」

 「あんまりだー」


 アブドルの魔力を帯びた絶叫が、いつまでも早朝の王都に木霊した。

 


                終わり

 最後までお読みいただき、ありがとうございます。


 なろうにおける美少女奴隷について考察している内に、ストーリーが思いついたので書いてみました。

 この短編を読んで、何かもやもやした方、解説のエッセイを上げておりますので、よろしければそちらもどうぞ。もやもやが飛んでいくと思います。


 ご意見、ご感想などございましたらお気軽にどうぞ。基本的に返信いたしております。


 これとは別に、連載小説、エッセイなども投稿しております。よろしければそちらもお読みいただけると嬉しいです。

 面白ければ、評価ポイントなど入れていただけるとなお嬉しいです。

 面白くなかったら、ここおもんないと感想を頂けると参考になります。

 お願いします。('◇')ゞ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 二人が何らかの理由で都合良く記憶が欠けた状態になればハッピーエンドになるのでわ?と思いますたwwwwww
[気になる点] 理解できない、不親切な物語 [一言] 奴隷制がある世界で、信用がないと買えず、豪邸一つと同じ価値のある美男美女ってなんでしょう まさか、ただそういう「設定」というやつなのか
[良い点] 面白かったです。 世は無情。 上には上がある。 身の丈に合った望みなら叶うのかも。 いろんな教訓が隠されているような気がしました。 [一言] 妹ちゃん優しい。 ……と、いいま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ