順子とコタロー
如月順子はかつて世界最速と謳われた深紅のマシンに跨がるとキーシリンダーにキーを差し込んだ。
キーを捻りオンにするとニュートラルランプとオイルランプが点灯するだけのシンプルなメーターは最近のマシンと比較すれば呆れるほど簡素だ。
ハンドルの左側スイッチボックスにあるチョークレバーを引き、右側スイッチボックス下部にあるスターターボタンを押すとセルフスターターが回り147馬力のエンジンが始動する。
順子はエンジン回転が安定してきたのを感じるとチョークレバーを戻し、アクセルグリップを軽く煽ってエンジンをレーシングする。
水温計の針が上昇を始めるとアイドリングもすっかり安定している。
エンジン音を聞きながら順子は眉間にシワを寄せて唸っている。
「うーん……タペット音が、ちょっとひどいかなあ……」
マシンに跨がったまま、腕組みをしてしばし考え込む。
「オーバーホール……するかなあ……もうすぐ春だしなあ……春までに、出来るかなあ…………」
順子は腕組みをしたままでハンドルの上に伏せたり、天を仰ぐように仰け反ったり、また伏せたりしながら唸って考える。
「うーん、やるかあオーバーホール。クラッチもあやしいしなあ、篠岡さんに電話してみよ」
順子はマシンから降りると作業台の上に置いてあったスマホを手に取った。
「えーっと、モトショップシノオカっと………………あ、もしもし如月ですけど……あ、篠岡さん? 実は……」