修羅場
「はぁ、休みと言ってもすることがないと暇だなぁ」
瑞泉家のリビングにてテレビを見ていた那由多は小さく呟いた。
父は仕事、母もパートに出かけた。兄は学校に行っている。テレビに映し出された情報番組は見飽きたものばかりで退屈を加速させる。
「あー、なゆも美香ちゃんたちと遊びに行けばよかったなぁ」
別に行きたくなかったわけではないのだが、何故か気分が乗らず断ってしまった。
「あっ、そうだ、お部屋の掃除でもしようかな」
急にやる気が出てきた。思い立ったら即行動。やる気があるうちにしておかないと、また母親に怒られる羽目になる。でも、そんな怒られるほど散らかっていないと思うのだけどな。とかそんなことを思いつつ、二階にある自分の部屋に向かった。
兄の隣にある部屋が那由多の部屋だ。部屋の扉には「なゆの部屋」と書かれたプレートが下がっている。部屋の扉を開けると目に入ってくるのは見慣れた光景。ベッドと机、本棚がある。後は何個かぬいぐるみが飾ってある。どこにでもある一般的な女の子の部屋だと思う。ベッドの周りに目をやると散らばっている漫画がある。これがいつもお母さんに怒られる原因だ。まずはその周辺から片付けることにした。
やると決めたからには早めに決着をつけなければ、集中力がいつまで持つのか分からない。急いで、なおかつ丁寧に散らばっている漫画を本棚へと戻していく。その作業を進めていくと、ふと何かに気が付き、机に近付いた。
「あれ? キーホルダーが無い」
教科書を置くスペースの横に兄から貰ったペンギンの形をしているキーホルダーを置いてあるはずなのだが、そこにキーホルダーはない。
いくらズボラな性格をしていうとはいえ、自分の一番の宝物と言っていいキーホルダーを無くすほど馬鹿ではない。
「あれー、おかしいなぁ。
確かに昨日まではここに置いていたはずなのに」
那由多は部屋の掃除を中断してキーホルダー捜索を始めた。
机の周り、ベッドの下、本棚の裏、クローゼットの中。様々な場所を探したが見つからなかった。
「無いなー。もしかしたら、部屋の外に持ち出したかなー」
そんなことあるはずないと分かっていながらも、可能性は捨てきれないので、捜索範囲を家の中全体に広げることにした。
まず、最初に向かったところは台所。戸棚を開け、食器を取り出して奥の方を探した。
「…いや、流石にこんな場所にあるわけないか」
那由多はそう言うと食器を戻し、今度は洗面所へと向かった。
「うーん、洗濯物の中に紛れていたりしないかなー
…やっぱり無いか」
那由多は洗濯カゴに入れてある衣類や洗濯機の中にある衣類全て見たがキーホルダーは見当たらない。
「…ここまで探しても見つからないとなると…
うーん、やっぱり考えにくいけど、お兄ちゃんの部屋にあるかな?」
那由多は洗面台を後にして兄の部屋へと向かった。
那由多は兄の部屋の前に立ち、一つ深呼吸をした。少し緊張しながらドアノブに手を伸ばした。ドアノブを捻ったが鍵がかかっているようで扉は開くことは無かった。しかし、ここで諦める那由多ではない。
那由多の手にはどこから取り出したか分からないがヘヤピンが握られている。那由多はヘヤピンで部屋の鍵を開ける作業に取り掛かった。
そして、一分もしないうちに鍵は開いた。
「へへーん、任務完了」
得意げな顔をしながら那由多は兄の部屋に入っていった。
何故、那由多がここまでピッキングが早いかというと、それには理由がある。それは兄の部屋に幾度となく侵入しているからである。どうしてそんなに侵入しているかと聞かれると、ここでは語れる内容ではないので、別な機会があれば那由多から説明があるだろう。
兄の部屋に侵入した那由多はまず兄のベッドに飛び込んだ。これは侵入した際、必ず最初に取る行動である。何故、その行動を取るのかというのも別の機会があれば本人から説明があるだろう。
一頻りゆっくりした那由多はキーホルダー捜索を再開した。
「キーホルダー、キーホルダー、キーホルダーはどっこだー」
独り言を言いながら部屋を物色していく。ただ、侵入したことが兄に知られてしまうと困る為、証拠は残さないように動かした物は元の位置に戻したりするなど徹底して行動した。
「キーホルダー、キーホル…、ん? 何だあれ」
那由多はキーホルダーを探す途中でベッドの下に何か置いてあるのを見つけた。形からしてキーホルダーでないことは間違いないのだが、好奇心旺盛な那由多はそれに手を伸ばした。
それに手が触れると、どうやらそれは本だということが分かった。そのまま勢いよく自分の手元まで引っ張り出した那由多は、その本を引っ張り出したことを激しく後悔した。
「…うわ、最低。
あんなゴミ、さっさと死んでしまえばいいのに」
その一言だけ言うと本を元の位置に戻した。
それからキーホルダーを探しを再開するが、やはりお目当ての物は見つからない。
「全っ然ないんだけど! もう! 一体どこいったのよ!」
そう言いながら那由多は地団駄を踏んだ。自分の自己管理が悪いことが原因だと分かってはいるが、怒ることでこのやり場のない気持ちを発散させてた。そのまま床に座ると目の前にあるタンスが目に入った。
そう言えば、まだタンスの中は探していなかったと思った那由多はタンスへと近付き、上の段から探し始めた。
兄が帰宅していることに気付くことなく。
――
―
「ただいまー なゆー 帰ったぞー
あれ? 返事がないな、寝てんのか?」
樹はそう言って靴を脱ぎ、リビングへと向かった。
「なゆー、腹減ったんだけど、母さん、なんか置いていった?」
そう言いながらリビングの扉を開けた。しかし、部屋には誰の姿もなかった。
「…テレビは付けっぱなしか。玄関の鍵はかかっていなかったから二階にいるのか?
ったく、自分の部屋にいるんならテレビは消せよな」
樹はそう言って作り置きがあることを期待して台所へと向かったが、そこには何もなかった。
「やっぱ、なんもねぇよな。
鞄置いてからコンビニでも行くか」
樹は鞄を置くため自室へと向かった。自分の部屋の前に立つ。そして、鞄から自室の鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。鍵を捻るがいつものような手ごたえがない。おかしいなと思いつつ、ドアノブを捻った。すると、扉はすんなりと開いた。
「あれ? 鍵かけてなかったっけ?
なんだか、ここ最近物忘れが酷い気がするなぁ。今度から気を付けないと」
そう言って扉を開け放った樹は固まった。何故なら樹の視線の先には本来ならば、そこにいるはずのない女の子が樹のタンスからパンツを取り出し、床に広げ鑑賞していたからだ。
パンツを鑑賞していた女の子もこちらを見てフリーズしている。
世界中の時が止まった気がした。長い間、女の子と見つめ合っていた気がする。それは刹那のことだったかもしれないが。
ようやく脳の処理速度が正常に戻り始めた時、そのパンツを鑑賞していた女の子が自分の妹だと言うことに樹は気付いた。那由多も扉を開けた人物が自分の兄だと理解したようだ。
「な、ななななな、なんで、お、お兄ちゃんが、こ、こここ、ここにいるんですか?」
「それはこっちのセリフだ! なんでなゆが俺の部屋で俺のパンツを床に並べて鑑賞しているんだよ!」
そう言われた那由多は何かを思い出したかのように並べてあったパンツを自分の後ろに隠した。
「こ、これは違います! 不可抗力です! たまたまお兄ちゃんの部屋に入ったら、たまたまお兄ちゃんの部屋にパンツがあっただけなので!
なゆが、わざわざタンスからパンツを取り出して「わぁ、お兄ちゃんのパンツだぁ」とか思って見ていたわけじゃないですから!」
「…どんな言い訳の仕方だよ。今日日、そんな分かりやすい嘘をつくやつなんかいないぞ」
樹はそう言いながら自分の頭を掻いた。那由多は顔を赤く染めている。
「だ、大体、学校はどうしたのですか?」
「いろいろあって午前中で授業が終わったんだよ。
んで、パンツを物色していたことは置いといて、俺の部屋で何をしていたんだ?」
「じ、実はキーホルダーを無くしてしまいまして…
自分の自己管理が悪いのは充分反省しています。
とりあえず、思いつくところは全部探したのですが、見つからなかったので最後の望みでお兄ちゃんの部屋に入っていました」
那由多はバツが悪そうに下を向きながらそう言った。
「…なるほどね。それでキーホルダーは見つかったのか?」
「いえ、まだ見つかっていません。
ただ…」
那由多は言葉を濁した。
「ただ? ただ、なんだよ」
「いえ、はやりなんでもありません」
「いいから、気になるから言えよ」
樹がそう言うと那由多は樹を見ながら本当に言ってもいいのだろうかといった表情を浮かべている。那由多は若干の間を置き、覚悟を決めたような顔つきになった。
そして那由多は口を開いた。
「ただ、お兄ちゃんのベッドの下から卑猥な本が見つかりました」
妹の口から発せられた爆弾発言に樹の意識は遠のいていった。
なんてこったい。確かに、そんな在り来たりな場所に隠しておいた自分が悪い。それは認めよう。
そろそろ部屋の掃除でもして、そう言った本類の隠し場所も変えなきゃな、と思っていたが、親よりも先に妹に見つかってしまうとは思ってもみなかった。ただでさえ嫌われているのにあんな本を持っていると知られたら更に嫌われるだろう。現に兄を見る妹の目がゴミを見るかのような目にどんどん変わってきている。
全国の中学生から高校生の男子諸君に忠告するが、そう言った本を隠す時は当たり前だが絶対にバレない場所に隠すことをお勧めする。でないと、俺みたいな惨めな体験をする羽目になる。
俺の場合は母親ではなく妹にバレてしまったのだ。恥ずかしさより消え去りたい気持ちが勝る。
樹はそんな考え事をしながら今までの人生の中で一番大きなため息をついた。
「分かった。要件を聞こう。
何でも言うことを聞いてやるからこの部屋で見たことを忘れろ」
それが樹に出来る最大の抵抗だった。




