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07 旅立ちに向けて

――新暦195年 7月 13日(水)

  辺境の町『ディアン』・備品倉庫内

  16:30


「よし、チェック完了。予想よりだいぶ早く終わったな」



 備品倉庫の中で片付けて収容したものが全て元に戻っていることを確認し、ウィンは汗を拭った。かなりの量が持ち出されたはずだったが、これほど早く終わったのも四大の、というかノームのおかげだった。

 片付けの終盤で疲れ始めた町民を案じ、ノームは10人分動いていた土人形をさらに3倍の数に増やして手伝ってくれたのだ。バケツリレーのように備品が運ばれていくその様子に皆が驚きつつも、感謝していた。

 チェック表にウィンが記入をしていると半分閉まっていた倉庫の扉が開いた。



「ウィン、お疲れさま」


「おっつー、ウィン。あたしの四大役に立ったでしょ?」



 意気揚々とリリィとクランが入ってきた。リリィが水筒に入れて持ってきてくれた麦茶を飲み、クランに手伝ってくれた礼を言う。

 ふとウィンは気になった。何故か2人の距離が縮まっているいる気がしたのだ。物理的だけではなく、醸し出される雰囲気的に。

 リビングであんなに好き勝手されていたのに、一体何が2人の距離を縮めたのか。気になったウィンは水筒の中身を確認しながら問いかけてみた。



「もしかして、仲良くなった感じ?」


「うん。クラン姉はとってもいい人だよ」



 ウィンが投げかけた疑問にリリィは笑顔で答えたのだが、その中で1か所気になるところがあった。



「……クラン姉?」


「っふっふっふ。そうよウィン。あたしはリリィの頼れるお姉ちゃんになったのよ」


「は……はあ」


 

 それに答えたのはクランだった。自信満々&超嬉しいといった様子で腕を組み、満面の笑みを浮かべている。

 2人でどこかにいった後、何をしていたのかはわからないが、ここまで仲良くなるものなのか。脅されているのかと思い、リリィを観察するがそういったことは感じられない。

 その疑いの目に気づいたのか、リリィは不満げに言った。



「言っておくけど、脅されたりなんかしてないよ」


「うぐっ。何故ばれたし」



 図星を指されてウィンは動揺した。そんな様子を見ていたクランがリリィへと近づき、背後からその大きな狐の耳をモフモフし始めた。


 

「ああ……、姉と呼んでくれるだけでなく、その気になればいつでもこんなことできるなんて、幸せだわ……」


「く、クラン姉、くすぐったいよ」



 触れられるたびに小さく体を震わせるリリィだったが、そこに嫌がるといった気は全く感じられなかった。

 何がともあれ強要されていないのを確認できてウィンは安心した。それに、四強と称される存在とこれほど近い距離にいられるのは後後のことを考えても、相当いいことなのではないだろうか。

 そう考えつつ記入を終えたところで、目の前のモフモフも終了した。再び麦茶を一口飲んだところで、リリィが真っ直ぐとウィンを見つめた。



「ウィン。首都までの道中、私も付いていくからね」


「やっぱりそうきたか。でも医術学校はどうするんだ? 夏休みにはまだ早いだろう?」


「それについては大丈夫。さっきクラン姉に隣町に連れてってもらって、学長に話はつけてきたから」


「マジか。行動早いな……」



 危険な道中になるかもしれないので、学校のことを理由にリリィは置いていこうかと考えていたが、そうはうまくいかないようだった。

 しかし、リリィが傷ついては欲しくないと悩むウィン。その考えを見抜いたクランが鋭く指摘した。



「連れてってもらえない方が、リリィにとっては一番酷なことよ。大切な人とは一緒にいたいと思うリリィの気持ちは強いし、治癒術も使えるから足手まといにはならないはずよ」


「そうだよウィン。隣町に行ったときにクラン姉に学校では教えてもらえないコツも教えてもらったし、力になれると思うの。だから――」


「……わかった。一緒に行こう、リリィ」



 必死の懇願をウィンは受諾した。ここまで付いていきたいと願うリリィをもう止める気にはならなかったし、喜んでいる自分が心の中にいた。

 その返答を聞いたリリィは耳を嬉しそうに動かす。感情が伝わりやすいのは分かっていても、リリィ自身もそれを止めることはできない。



「ありがとうウィン。私……頑張るから!」



 安堵と喜びの笑顔。可愛いのは間違いないが、それとは違う言葉に表すことのできない変化がその笑顔からは感じられた。クランと出会ったことでリリィに良い変化があったようだ。

 目の前で成長するリリィに対して最近で変わったといえば、どこにあるか分からない格納方陣から回転式の大型拳銃を取り出せるのと、それを撃っても脱臼しなくなった肩くらいだ。

 そんなことを考えていると、リリィはこちらのやり取りを見て感慨にふけっているクランの方を向いた。



「ありがとうございました、じゃなくて、ありがとうクラン姉。色々と助けてくれて」


「いやいや、頑張ったのはリリィ本人だよ。でもお礼をしてくれるっていうなら……」



 するとクランは少し腰を落とし、リリィに対して大きく両手を広げた。



「この胸に飛び込んで、ぎゅ~っとしてくれると嬉しいなー、なんて」


「そ、それなら、ちょっと恥ずかしいけど……」



 リリィは恥じらいつつも、まだ身長差があるクランにぴょんと飛んで首の後ろへと手を回した。クランもその背中に手を回して支える。

 仲が良くなったとはいえ、食後のあれをみた後ではウィンにとってこれも過剰なスキンシップに見えた。

 しかし、そのウィンの想像とは違い、2人は優しく抱擁を交わしていた。まるで、仲がいい本当の姉妹のように。



「頑張んなさいよ。応援してるから」


「うん。ありがとう。クラン姉」



 2人の耳元での囁きはウィンに聞こえることはなかった。

 その後離れた2人。そしてクランは笑顔で2人に言った。



「それじゃ、あたしは首都に行くわ。町の人にはお別れ済みだから大丈夫。夜にはアナリスに戻りたいからねー」


「そっか。じゃあね、クラン姉」


「本当にありがとうございました。またいつか……」


「うん。またねー」



 そういってクランは倉庫から出ていくと、一瞬目が開けられないほどの強い風が吹いた。次に目を開けたとき、そこにはもうクランの姿はなかった。

 突然現れて窮地を救い、自由奔放な行動の数々に衝撃はあったがとてもいい人だったとウィンは感じていた。

 静かになった備品庫を後にしたウィンとリリィは、チェック表を直ぐ近くの役所へと届け、ともに診療所へと向かう。夕刻に近づく街の中は日中と比べて涼しくなっていた。

 今回の事故で犠牲になった人を悼みながらも、いつまでも悲しんでいれば死んでいった者に申し訳ないといった町民が団結して乗り切ろうとする様子をウィンは道中で確認した。

 彼らのように前を向いていこう。そうすれば、ウィンは自分がこれから進む道も明るくなったように感じられた。

 診療所に到着すると、その前では団員の2人とクリムが話をしていた。ミアはすでに中のリビングにいることを感じ取ったリリィは、帰宅の挨拶をクリムと手短に済ませると診療所に入っていった。


 

「おう。お疲れさん、ウィン。それじゃ、俺たちはこれで失礼しますかね。クリムさん、今日は本当に助かりました」


「いえ、逆に兵団に感謝したいですよ、特にあのクランという方には」


 

 こちらを察してくれたんか、ランドとリンドウは駐在所へと戻っていった。離れていく彼らに、ウィンは手を振って別れる。

 誰もいなくなったことを確認したウィンはクリムに向き直る。もしかしたら反対されるかもしれないと想定し、何としてでも説得できるような言い分を脳内でまとめ上げる。

 頑張れよ俺。そう自らに気合を入れると、ウィンは口を開いた。



「お疲れ様ですクリムさん。ところでお話が――」


「首都への出頭にリリィが付いていくのだろう? 先ほどあの2人から話は聞いた。大体察しがついていたよ」


「……そうでしたか」



 さすがは父。娘がとるであろう行動に関してはある程度予想ができたようだ。

 出鼻をくじかれて次はどう切り出そうかとウィンが考えているときに、先にクリムが語りだす。



「娘を頼む。あの子はよく強がったりして見栄を張ることが多いからな。そばで支えてやってくれ。というか今回は君を支える側にいくんだがな……」


「はい。心得てます、任せてください。絶対に傷つけさせませんから」


「その言葉、信じているぞ。さあ、リビングへ行こうか。疲れた身への食事は格別だろうな」



 そうして2人は談笑しながら、ゆっくりと歩を進めていった。

 心配何てする必要はなかった。それだけクリムが自分を信頼していることに深く感謝をしながら、ウィンはステイシー家に足を踏み入れた。

 大変なことがあった診療所だったが、それを払しょくするような元気な出迎えの声が2階の方から聞こえてくる。それに応え、ウィンとクリムは良い香りが漂ってくるリビングへと向かうのだった。






      ※※※






「いやー。まーさかあいつが生きてたとは思わなかったっす。すぐにでも報告しに行きたいんすけど……」


「そんなこと、許すと思う?」



 森の中、高速の風が作り上げる檻の中で少年がつぶやいたことに対し、クランが鋭い眼を向けた。

 その気になればいつでも細切れにできる。たとえ少年であっても、躊躇する気はクランにはなかった。



「あたしが到着してからすぐあとに転移してきたでしょう。怪しいと思ってずっとシルフにマークさせて、町から転移しようものなら拘束するように指示出しといて正解だったわ」


「いやー、ばればれでしたか」


「なめてもらっちゃ困るわ。これでも一応四強なんて呼ばれてるんだから」



 この少年はここに転移してきた後、ずっとウィンのことを監視していた。気配と魔力を極力消していたが、クランには全く意味がなかった。


 

「シルフ、お疲れさま。長い間暇だったでしょう」



 それなりの体長で整った顔。好青年ともいえる見た目のシルフは静かに答えた。



「使役されてる身なんだから、当然のことをしたまでだよ。それより、どうするのこの少年」



 シルフの問いかけにクランは小さく咳ばらいをすると、ウンディーネに氷結させた元団員を少年に見せた。

 いつまでも動き続ける元団員の息の根を止めた。変わり果てたその姿はクランは見ていて苦痛だったし、彼自身も自らの死を望んでいたはずだ。

 変わり果てたその団員の姿を見て、少年の顔がわずかに変化したのをクランは見逃さなかった。追い立てるように、少年を問いただす。



「あんた、もしかしてこれに何か関係してたり、知ってたりする?」


「ああ。教授の研究の副産物っすね。ちなみに町でミミズの化け物って言われてるのもそうっす。それがどうかしたんです?」



 全く躊躇することなく少年は口を開いた。それに少しクランも驚く。

 たとえ知っていたとしても基本的には黙秘するか否定するかの二択だ。



「随分素直なのね。こっちとしては助かるけど」


「何も言わずに死ぬより、洗いざらい白状して少しでも長く生きることを信条としてるんっす」



 まだ聞いてもいないのに、少年は町に現れた怪物に関しても関与を認める。反省の欠片も見せないその姿に苛立ったクラン。怒りで僅かに歪んだその口元を隠すように扇子を開いた。

 重要人物であり、いい情報源になるであろう少年をクランは首都へと連行することにした。シルフに拘束を継続してもらうように頼み、長距離転移の準備を進める。

 逃がしてもらえないと確信した少年は、臭くて嫌だったけど何だかんだで尊敬していた教授の顔を思い浮かべた。



「教授ーすんませんー。聞かれたら全部話すけど許してください―」



 そうして、怪しい少年は団員と同様に四大に警戒されつつ、首都へと連行されていった。


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