第七十五話 倒すべき敵
「往生際の悪い。まだ向かってくるというのか」
クリーム色の短髪。眼鏡をかけたスーツ姿の男性が、見下したような目を向けてくる。
その視線の先には自分がいる。すでに限界は超えているのにも関わらず、何故か体は動いてくれていた。彼女の力以外にも、何か大きな存在を心の中で感じていた。
持てる限りの力を全身に巡らせる。傷ついた体を急速に回復させ、再び攻撃を行うために準備を始める。
「無駄だと何度言えば分かる。貴様に私とイブは倒せん」
「やってみなくちゃ……、まだ分からない……!」
「……そうだな、イブ。私もこういった雑魚の遠吠えはあまり好きじゃない」
「誰が雑魚――」
「貴様のことだ」
男が指を横一文字にふるう。すると、歪んだ空間からいくつもの真っ白な光線が放たれた。瞬時に発生させた結界でそれを防ごうとしたが、光線は結界を突き破って体のあちこちを吹き飛ばした。
断末魔さえあげることのできない苦痛を感じながらも、消えた体を再生させる。しかし、その途中で振り下ろされた巨大な灰色の手が直撃し、瓦礫の山へと叩き付けられる。
何度も、何度も、狂ったように笑いながら絶望邪神像は拳をふりおろす。巨大なクレーターが出来上がったところで絶望邪神像が離れると、男はその中心を指さした。
苦悶の声を上げながらもその場で立ち上がった自分に対し、心の底から軽蔑しながら男は告げた。
「いい加減に死ね」
※
許すわけにはいかない。彼女を、マリーをあんなめに合わせた奴を。
絶対に生かしておくわけにはいかない。ただそれだけを考え、その両手を眼前へと伸ばす。やがて両手は倒すべき敵の首を締め上げ始めた。
驚きの表情の男。こんな状況になるとは考えていなかったようだ。その手を振りほどこうともがくも、微動だにしないその手はもがくのすら許さないといった感じでさらに力を強めていく。
首の骨が折れるほどに強い締め付け。呼吸ができない男は徐々に遠のいていく意識の中、僅かに出せた掠れた声を出した。
「劣悪種如きが……!」
たっぷりの呪詛の念がこもったその言葉の後、男の首が握りつぶされた。皮膚によってぎりぎり頭と胴体が繋がっている男をその手から放した。
崩れ去った男はピクリとも動かない。確認のために思い切り強く蹴とばすと、全く抵抗することなくかなりの距離を吹き飛んでいった。
ようやく倒すことができた。満足感がやってきたと同時に、凄まじい疲労感が体を襲った。立っていられないほどのそれに、思わず膝をつく。
まだ奴はいる。全てを消さなければ。薄れゆく意識の中でそう考えていると、心の中で温かな声が響き渡った。
「お疲れ様。今は休んで」
※
「何だよ……、お前だったのか、『雨京』」
「本当に、運命ってわけね。この出会いは」
抱き合ったままその場に崩れ去ったウィンをケネスが、リリィは実体かしたツバキが受け止めていた。
その腕の中で静かに寝息を立てる存在をケネスは瞳を潤ませながら見守っていた。生まれた時から見続けていたのにも関わらず、ウィンの前世が自分の親友だと気づくことができなかった。申し訳なさと嬉しさが混じり合い、今にでも泣き出してしまいそうだった。
リリィとの出会いも運命だとしたら、ケネスは最大級の礼を新世界に伝えたかった。これであれば、彼らは報われるはずだと思ったからだ。
そこから少し離れた路地裏では、レオが支えているレインにクランが治癒術と再構成術を行使している。そのすぐそばでに中心にいる彼らの様子を見ていたリバーとアイザックは、その手に持っていた魔力制御機能のついた手錠を格納方陣へとしまった。
あの状況の中に入り込んでケネスを確保する気にはなれなかった。それに彼からはこの場から逃げようとする意思が感じ取ることができない。ほぼ同じタイミングで2人はその場でため息をついた。
「前世界の繋がりってやつか」
「そうみたいだね。まあ、よかったよ。またたくさんの人が消えずに済んで」
「あれが話に聞く魔導核兵器ってやつだったのか。何でここにあったんだ?」
「僕が予想してたよりも早く、彼らが僕の位置を掴んだんだと思う。でも、2発目は来ないと思うから安心して」
「どうしてそう言い切れる」
「数が限られてるものを無力化される可能性が高い所に送り込むとは思えないし、さっきの一瞬で魔導核兵器から読み取った残り香から彼らの大体の位置が把握できた。それを伝えたローグが彼らを潰すために向かったから、その対応に追われて彼らはこっちに手を出せないと考えたからだよ」
「ローグってのは、ここでこの前ドンパチやった奴の1人か」
「うん。ここでテロを起こしたグランツたちを倒しにこの前単身向かったんだ。それが彼の『役割』だからね」
そういってリバーは手元の端末を確認した。隣にいたアイザックがそれを横からのぞき込むと、そこには短いメッセージが表示されていた。
『行ってくる。新世界のことを頼む、同士よ』
まるで死地に赴く戦士のようなメッセージ。リバーの少し寂しそうな表情から、どうやら戻ってこないことが予想できた。
「なるほど、説明ご苦労さん」
「どういたしまして」
それ以上の言葉をかけることができず、2人の間にしばらくの間沈黙が流れた。お互いに脳内の情報を整理しているうちにレインの治癒も終わり、騒ぎを察した政府関係者たちがようやく駆け付けた。
路地裏の被害状況を確認しつつ、こちらへと駆け寄ってきた関係者たちは感謝の言葉を述べた。それに少し驚きながらも、アイザックたちは対応する。
虹色の風が吹き抜けた場所の中でも特にこの周辺にいた人々は路地裏で起きた事の情報を共有しているようだった。ウィンたちが絶望邪神像を倒したときのように、現場での出来事が世界全体に伝わったのと似たような現象が発生していた。
人気のない路地裏があわただしくなり始めた。アイザックはこれまでの経緯とこれからのことがまだ決まっていないことをやってきた関係者たちに手短に伝えていく。そのすぐ近くで、リバーは自らの内部を探っていた。
話を聞き終えた関係者は、アイザックたちがカダリアに戻ることを了承してくれた。上には彼らが話をつけてくれるらしい。一段落したところで、仲間に呼ばれた関係者は倒壊した壁のところへと離れていった。
近くに人がいなくなったところで、リバーが静かに口を開いた。周囲の人に聞かれないような小さな声で、アイザックに問いかける。
「さっきウィンとリリィが気を失う瞬間、僕の心の中、というよりも魂から何かが消え去ったのを感じたんだけど、アイザックさんはどうだった?」
「アイザックでいい。その件に関しては俺もだ。でも、消えて悪いというよりも、すっきりしたように感じたぞ」
「僕もだよ。……ああ、嫌な予想が出来ちゃった」
「嫌な予想? そりゃまたどういったものだ?」
「もっと情報を整理して、確証を得られたら全容を話すよ。今の予想の段階で言えることは、僕たちはグランツたち以外にも、それをも容易に超える脅威に対抗する必要があるかもってこと」
「……恐ろしいことをいうな。俺も予想出来ちまったじゃねえか」
「僕も、この予想が外れてくれることを願うよ」
そういって2人は、路地裏の上に広がる青空を見上げた。この綺麗な空の下で過ごすほとんどの人々に、もしかしたら『奴』が潜んでいるのかもしれない。
その予想が外れてくれることを心の底から願いながら、リバーは愛男も脅威となる可能性があると言っていたとある魔術師の名をつぶやいた。
「アダムス・フォン・ロンギヌス……か」
※
――同日、同時刻
『ユーラス連合』・『ソシア』
首都『モスフ』・第3監獄地下9階
3人分の足音が薄暗い中を進んでいく。檻の向こうでは、彼らの力を感じ取った者たちが部屋の隅で怯えていた。
最下層であり、最深部にある檻のところにたどり着いた3人。その中で、他とは違い全く臆することのない1人の亜人がいた。
囚人服を身に纏っているが、その全身の毛並みは美しく整っており、頭部にある鬣は見る者を圧倒させる雰囲気を醸し出している。
静かに整えられたベッドの上に座るその獅子の亜人に対し、3人の内の先頭に立つグランツが話しかけた。
「よう、あんたがあのアルトリオの息子さんか?」
「……時が来たということか?」
それを聞いたグランツは満足そうな笑みを浮かべる。ベッドから立ち上がったのを確認すると、続けた。
「そういうことだ。俺たちがあんたを支援してやるよ」
「お前たちの望みは何だ?」
「永遠の闘争」
「……いいだろう」
すると、獅子の亜人は特殊合金で作られた格子へと近づいていく。一切の魔力を通さず、凄まじい強度を誇るそれを飴細工のように捻じ曲げると、難なく檻から外へと出た。
そんな彼に対し、グランツは右手を差し伸べた。それに応えた亜人は、グランツと握手を交わす。
「俺の名はグランツ・ガターリッジ。新生レギオンズのリーダーやってる者だ」
「知っていると思うが、敢えて名乗ろう。私は『レガリオ・テイラー』。派手に暴れるとしよう」
2人の男は満足そうに微笑む。世界を混乱に陥れる同盟が、地下深くで結ばれた瞬間だった。
以上となります。
あらすじに記載した通り、設定や内容そのものに大幅に手を加えたものが現在投稿中の『世界の記憶』へ合流する予定です。
三つ目の解説部分が終わったところで今作は完結扱いとなります。
お疲れさまでした。




