第七十四話 愛する者
細工の解除された扉を開き、術式が行使されていた部屋の中へとウィンたちが入っていく。多くの機材が並び、部屋中にケーブルなどが伸びている。
先ほどまでの輝きは一切感じられない薄暗い部屋の中で、リバーがこちらに対して背を向けていた。しんと静まり返る中でこちらに気づいたリバーが振り向こうとしたが、それをアイザックが止めた。
「待てリバー。そのままじっとしてろ」
「はいはーい。抵抗とか面倒なことはしないよー」
言われた通りにリバーは動きを止め、抵抗の意思がないのを表すかのようにその場で両手を上げた。ゆっくりと近づいていくアイザック。その小さな背の目の前までたどり着くと、衣服の上に貼り付けられていた封筒を引きはがした。
それを感じとったリバーが驚いたように顔だけこちらに向けてきた。本人も全く気付かないうちに貼り付けられたことがその様子から離れて見ていたウィンたちも理解できた。
アイザックは引きはがした封筒を裏返す。するとそこにはオズワルドの筆跡で題名が書かれていた。
『術式行使の顛末とこれ以降の私の息子の扱いに関してのお願い』
眉をひそめたアイザックはすぐに封筒の中身を取り出した。中に入っていた手紙に目を通し始める。相変わらず汚いその筆跡に苛立ちを覚えながらも読み進めるアイザックの表情は、徐々に暗くなっていった。
一通り読み終えたそれを気になって近づいてきたウィンたちへと手渡す。アイザック自身も気づかないうちに力んでいたようで、手紙の一部分には目立つ皺が出来ていた。
ウィンが持ち、その左右からレオとレインがのぞき込む。手紙の内容を確認した3人が驚いていると、アイザックが指示を出した。
「もういいぞ。こっち向け」
「はーい」
ゆっくりと振り向いたリバーは、不満そうな表情のアイザックと向き合う。しばしの沈黙の後、アイザックが口を開いた。
「リバー・『ゲーニッツ』。お前にはオズワルドの遺言の通り、カダリアにてあいつのいた場所で仕事をしてもらう。だが、お前の罪はあの糞天才よりもはるかに重い。その生涯をカダリアに捧げてもらう。拒否権はないが、反論はあるか?」
「……それが、父さんの意思なんだね」
「ああ。この件に関しては俺からも関係者や上に掛け合う。糞天才の、オズワルドの最後の願いを無下にするなんてできないからな」
「分かった。全力で協力させてもらうよ」
「最後に個人的な確認をするぞ。本当に、お前のことを信用していいんだな?」
「そうしてもらえるように努力はするよ。怪しい動きを見せたら後ろから撃っても構わないよ」
返答したリバーの力強い視線が向けられた。アイザックはその瞳の奥にある確固たる意志に、もういない友と同じものを感じていた。
この混迷した局面でオズワルドを失ったのは大きな痛手となったのは間違いない。その大きすぎる穴を埋める可能性を持つ少年に対し、アイザックはその右手を差し出した。
「……十分だ。これからよろしく頼むぞ、糞ガキ」
「うん。よろしく」
差し出されたそれに応え、親子ともいえる程の差のある手で握手を交わした。それが終わるまでの間、2人は全く視線を逸らすことはなかった。
その様子を近くで見守っていたウィンとレインの心の中にはむなしさが渦巻いていた。まだ送魂銃を託してくれた恩人に、その恩を返すことができなかったことが2人に悲痛な思いを抱かせていた。
もし、あの教会でオズワルドがいなければリリィを救うことができず、今ここにいる『ウィン』と『レイン』もいなかった可能性が高い。2人は静かに、息子のためにその命を使ったオズワルドに対して心の中で感謝の意を表した。
この世界を転生させた人々も、オズワルドがリバーにしたことと同じように、この世界を愛していたからこそ自らの命を散らしてでも転生させたのかもしれない。そう考え、ウィンはより一層この新世界を存続させようという決意が固くなっていくのを感じた。
覚悟を決めたウィンは話し終え、近づいてきたアイザックに手紙を返した。少し悲しそうな表情でそれを受け取ったアイザックは、深く深呼吸をした後にその場にいる全員に簡潔に指示を出した。
「感傷に浸る暇は残念ながら残されていそうにないな。とりあえず、地上に出よう」
「了解ー。それじゃあ付いてきてー」
そういってリバーは先陣を切って歩き始めた。部屋を出ようとしたところで、設置されていた機材やケーブルが光り輝き、その全てがリバーの格納方陣へと収納された。
ウィンたちの前を行く新しい天才コンビ。物悲しい雰囲気を感じるアイザックの背中と、力強い意志を感じられるリバーの小さな背は対照的に感じられた。
階段のところまでたどり着くと、リバーが指をならした。真っ黒な天井の一部が輝き、日の光が差し込んでくる。それに一瞬目がくらみながらも、一行はその階段を上がって外へと出た。
入ってきたときと何も変わらない路地裏。この世界の構成する因子の一部がつい先ほど取り除かれたことなど、その様子からは考えることは出来なかった。少し離れたところからは、都会特有の喧騒が聞こえてくる。
とりあえずこれからのことをまとめようとアイザックが口を開こうとしたとき、路地裏に聞き覚えのある声が響き渡った。
「ウィン!」
背後からしたその声に、ウィンは振り向いた。すると、少し離れたところにクランとリリィの姿があった。どうやら、クランがここまで連れてきてくれたようだ。
元気そうなその様子にウィンが安堵していると、また聞き慣れた声がその背に対して投げかけられた。
「ウィン!! そこにいる皆!!」
ケネスの声だった。何故やってきたのかと疑問に思うと同時に、その声に鬼気迫るものを感じたウィンはすぐさま振り返った。
「逃げろ!!」
叫び声が飛んできた。危機を知らせるそれの間に、何かがあった。
大きなカプセル。透明な中心部に内包している仕切りをなくすと、左右に分離してあった多数の重・魔核を両側から中心へと移動させた。接触した重・魔核が眩い光を放ち始める。
それを確認したリバーが近くにいたウィンとレインに急いで手を伸ばしてきた。しかし、それを避けるように2人はやってきた何かに対して一歩踏み出した。
恐らく、これがグランツの言っていた魔導核兵器。リバーが転移術を行使してくれれば、その被害を受けることなくウィンたちはこの場から離脱できる。しかしながら、少し離れたところにいるクランとリリィが逃げられるという保証もなく、街にいる大勢の人を見殺しにすることなどウィンとレインには出来なかった。
自らの決意を新世界に伝える。それを了承してくれた新世界とすぐさま共鳴を開始し、能力を含ませた風を発生させ始めた。輝きを増し続けるカプセルを覆い隠すように、真っ白に光り輝く風と金色の粒子が入り混じった球体が取り囲む。
その後、風と粒子の向こうからでも分かる凄まじい輝きが路地裏を照らす。尋常じゃない負荷がウィンとレインの肉体と精神にのしかかってきた。それに押しつぶされそうになりながらも、必死でそれを耐える。中心にある破壊の波からは、邪悪な意思などは感じられない。単純に破壊するためだけの兵器としての完成度はかなり高いと感じることができた。
内部の光は勢いを止めることなく、2人と新世界の抑止をものともせずに膨大化を続ける。すでに光を押さえつけていた風と粒子の球体は路地裏の壁となっていた建物を侵食し始めていた。
全身全霊でこのありさまであることに絶望し始めるウィンとレイン。新世界は諦めるなと意思を伝えてくるが、球体を突き破られるのは時間の問題だった。
「畜生……、畜生……!!」
自らの力量不足をウィンはその口から血を流しながら嘆く。内臓の一部が負荷の限界を超えて深刻なダメージを受け始めていた。擦り切れる寸前の精神をぎりぎりで保ち、掠れる視界で球体を捉え続ける。
隣にいるレインの症状はウィンよりも重いようで、もう立っているのがやっとといった感じだった。徐々にだが、風の中に混じっている金色の粒子の総量が少なくなり始めている気がする。
今から避難するように指示を出しても間に合わない。薄れゆく意識の中で、せめてこの場にいる皆だけでも逃げるように伝えようとウィンが重い口を開こうとした。
「大丈夫。私がいるよ」
背後からの優しい声の後、傷ついたウィンとレインの体が癒され始めた。流れ込んでくるその魔力は、リリィのものだった。
温かいそれを全身で感じたウィンは、開こうとした口を閉じた。その口元には、この危機的状況からは考えられない笑みが出来ていた。
傷は癒えても、すでにレインは限界のようだった。それに対し、自信に満ち溢れた声でウィンが呼びかけた。
「後は俺に任せろレイン!」
「すま……――」
その一言をしゃべる終える前に、レインは崩れ落ちた。金色の粒子が消え、地面に着く寸前でその体をレオが受け止めた。
球体は真っ白に光り輝く風だけとなり、先ほどまでの倍に近い負荷がウィンを襲う。瓦解しそうになったそれをリリィが必死に支えた。気を抜けば一瞬で自らの存在そのものが消えてしまいそうな状況の中、何故かウィンは笑顔だった。
流れ込んでくる。繋がっている。でも、『前』とは違う。大切な人が今、後ろにいてくれている。それだけで、ウィンは何でもできるような気がしていた。
「諦めねえぞ。絶対に。約束したんだよ、彼女と!」
『前』にも絶望邪神像の目の前で言ったことを口にした。その後、風は虹色へと変わる。膨大化し続けていた勢いが止まった。それどころか、球体は少しづつだが小さくなり始めていた。
共鳴していた。新世界と。リリィと。
溢れ出していた魔力がなくなった。正確に言えば、蓋ともいえるものが取り払われたような気がした。新たな境地へと達した抵抗力は、世界を愛した男からの特殊な力を併用して圧倒的な力を行使していた。
球体から離れ、虹色の風が路地裏から飛び出して街と世界全体へと広がっていく。温かなそれは、人々の心へ安らぎを与えていった。
吹き荒れる風の中をウィンが進み始めた。手のひらに収まるほどにまで縮小した球体に手を伸ばす。
「だから、戦うんだ。俺が、彼女が好きなこの世界のために」
その後、球体を握りつぶす。抵抗力の力によって、魔導核兵器は完全に消滅した。
虹色の風は止み、路地裏に平穏と静けさが戻った。ほとんどの者が唖然となっている中、ゆっくりと振り向いて笑顔の彼女を見た。
しばらく見つめあっていた2人は、しばらくするとお互いに歩を進めていく。飛びついてきたリリィを受け止め、ウィンはその小さな体を優しく抱きしめる。
お互いの温かい体と思いを感じながら、ウィンはつぶやいた。
「離さないから。絶対に」
「うん。私も、どこにもいかないよ」




