第七十三話 命の使いよう
機材に繋がっている業・魔核の魔力が吸い上げられ、術式が行使され始める。床の随所に伸びたケーブルが最適化された魔力を描かれた魔導陣に供給していく。
金色に光り輝くその中心に立つリバーが手に持った端末を確認する。順調に進んでいることを確認すると、それを格納方陣へとしまった。
このまま行けば、予定通りこの新世界からレギオンが消滅するはずだ。生物に組み込まれたレギオンも今の個体から受け継がれることもないし、グランツなどの覚醒した反逆者たちも抵抗力であるあの2人とローグが何とかしてくれるはず。
情報を脳内にて共有していた人工知能が部屋の外で停止したのを確認した。予想はしていたが従来の魔核程度の出力では動力が先にきれてしまったことに、リバーは悔しそうに唇を尖らせた。改良をしてみたいと思うが、それは出来そうにない。
教授も理解しているが、この術式には処理を任された『役割』をもつ存在そのものを使う必要があるのだ。恐らく、この複雑な術式を行使するためにこの圧倒的な頭脳が覚醒によって与えられたのだろうとリバーは考えていた。
短かった自分の人生を思い返す。半分をレギオンズの下で、もう半分をオズワルドの下で弟子として潜入していたことが脳内に浮かぶ。
抵抗力を生み出すためにその研究や開発物などを洗いざらい盗み出す作業の中で、臭かったり苛立ったりすることも多々あったが、何だかんだ言って楽しめていた自分がいた。同格の存在とともにいられたことは、とても楽しかったと考えている。
魔導陣の外でこちらの様子を見守るオズワルドの姿を見る。やりきったようなその満足そうな笑みを見ると、何故かこちらも安心することができた。
悔いはない。このために生まれ、これによってこの世界の礎となれる。数えきれない罪を重ねてきた自分にとって、これはちょうどいい償いになると考えていた。ゆっくりと瞳を閉じ、その時を待つことにした。
リバーの鼓動の音が、魔導陣を通して部屋全体に伝わっていく。どんどん大きくなっていくそれは、新世界全体へと広がっていく。
「……?」
違和感がした。音が違う。そう、鼓動の音が違う。自己管理や研究の中で自らの心臓の鼓動の音を知っていたリバーは気づくことができた。
疑問を払拭するために、目を開けて格納方陣から端末を取り出す。しかし、目の前にはあり得ない光景が広がっていた。
魔導陣の外にいたのだ。足元で光り輝いていたそれの外側に立っているとがはっきりと分かった。今、リバーはオズワルドが立っていた所にいた。
「ラスカでも言ったでしょう。あなたには悪い癖があることを。これが、二つ目の癖、最後の最後で慢心することです」
「……何やってんの教授。あなたがそこにいても意味はないでしょう?」
「いえ、大丈夫です。感じるでしょう、覚醒しているあなたならば」
「……!!」
リバーの表情が驚愕のものへと変わっていく。自信満々にしているオズワルドが因子を覚醒させていた。それも、リバーと同じ『役割』を持っていたからだ。
何がどうなっているのか分からずに戸惑うリバー。端末を見ると、術式の行使者の名がオズワルドに書き換えられていることも確認できた。
「あなたが目をつぶった瞬間に最後の手直しをさせていただきました。これで消えるのは私です~」
「勝手なことを……!」
急いで機材に手を加えようとしたが、その全てが操作を受け付けなかった。完璧と言えるそれらにリバーが舌を巻いていると、その背後にいたオズワルドが静かにしゃべり始めた。
「『テレジア・ケネス』。エルシンに住んでいたあなたの母。レギオンズへとあなたが合流した後、失意の中にいた彼女は飛び降り自殺。惨い確認だとは思いますが、合っていますか?」
「……合ってるよ。何だ、もう確認済みだったんだ」
「世界各地に『天才式・分身っぽいロボ君』を複数展開してこの二ヶ月を利用して調べさせていただきました。残滓を残さないあなたの痕跡をたどるのは不可能ですが、『レギオン』の力をたどらせていただきました」
「驚いたな。もう因子も確認できてたの?」
「はい。レイン君たちの報告書を見た時点である程度予測は出来ていたので、ここから因子の特性を解析したんですよ」
そういったオズワルドは、懐から一枚の紙きれを取り出す。それを見たリバーは、苦笑いしていた。
「それって……、僕が書き残したメモか」
「ええ。これがなければ無理だったでしょうね。あなたが去る時に残したこの慢心が、私にヒントを与えてくれたんです」
ログネスの悪行が暴かれ、頃合いだと判断したリバーが防衛兵団本部から立ち去る時にオズワルドとアイザックに残したメモだった。まさか、そんな小さなものから因子が解析されるなんて予想していなかった。
腹立たしい笑みを浮かべるオズワルド。勝ち誇ったようなその様子にリバーが若干苛立つのを確認しつつ、オズワルドは続けた。
「いや~、他の誰にも知られないように調べるのはとても大変でしたよ。ただでさえ分厚い監視をかいくぐり、あなた方にばれないように地道にロボ君で情報収集に明け暮れた日々が昨日のようによみがえりますな~」
「それで、他に何か分かったの?」
「もちのろんですよ。あなたの父親に当たる存在も特定できました~。いやはや、驚きといいますか、予想的中と言いますか~」
「もったいぶってないで教えてよ。もうあんまり時間残されてないんだから」
リバー自身も知らない精子提供者。二ヶ月の旅の中も特定することは出来なかった。余裕のあったときにエルシンの病院や出産などに関わった者たちから透視術で情報を引き出そうとしたが、どれも綺麗にそれに関しての部分の記憶が消されていたからだ。
諦めていたことでもあり、速く知りたいリバーは静かにその返答を待っていたが、その表情はひきつったものへと変わった。
信じたくなかった。しかしながら、よくよく考えれば納得もいく。嬉しいと喜べばいいのか分からないリバーは、両手で頭を掻きながらその場にうつむいた。
オズワルドの両手の人差し指は、真っ直ぐ、オズワルド自身へと向けられていた。
「わ・た・し・ですよ♪」
神経を逆なでにするその意気揚々としたその声を聞き、顔を上げたリバーは心の底からの嫌悪感を表情で表した。それを見たオズワルドが笑い始める。
「数十年前に、私のモノを強く欲する存在にだけ手に入れられるようにかなり複雑な術式を組んで提供したのですよ。流れに流れてエルシンにたどり着き、あなたの母が手に入れたということですね」
「何でそんなことしたのさ」
「妻に先立たれた事で、私は跡継ぎを手に入れる機会を失いました。ですが、この天才の遺伝子を残すのは損だと考えた所存です。天国にいる『ロニ』もあなたを見たら喜ぶでしょうね~」
「そういうこと……。確か、教授の奥さんって子供産めない体だったよね」
「はい。しかも結婚後僅か2年で事故で亡くなりました。彼女の『好きなように生きて』という最後の一言をバネにここまで頑張ってきましたからね」
楽しそうにしているオズワルドを見て、リバーは大きなため息をついた。それがどちらかといえば安堵に近い物だと感じていた。
レギオンが覚醒するだけではなかった。覚醒と同時にその受け継がれたであろう才能も幼くして開花していた。リバーは、世界を愛した男の知識と現代の天才の才能を持つハイブリッドだった。
もしかして、利用するために一緒にいた時に楽しいと思っていたのは、本能が目の前にいるこの腹立たしい存在が父だと認識していたからかもしれない。そう考えたリバーは、その場で静かに笑った。
そして、すでに最終段階に近づき始めた魔導陣の中にいるオズワルドを真っ直ぐに見つめた。さらに輝きを増した光が、腕を組んで自信満々な様子のオズワルドを照らしあげている。
「で、今回のこれはどういった思惑でやったの」
「息子に近い存在をこんなにも早く死なせたいと思う親がいると思います?」
「まあ、いないかもね。教授は消えるのが怖くないのかい?」
「特には。だってもう平均寿命は超えてますし。やりたいことも十分にやりました。老いぼれが次世代に迷惑をかけるわけにはいきませんからねえ」
「……そっか」
何故かそうとしか言えなかった。どのようなことを話せばいいか分からずに、口ごもってしまう。消える覚悟はできていたのにも関わらず、生きていられることに心の底から安堵するとともに、目の前にいる存在が消えてほしくないと懇願している。
諦めきれなくなったリバーが端末や機材を再確認しつつ、愛男から託された術式に改善の余地がないかを探り始める。だが、どうあがいても『役割』をもった者が消えなければならない決定事項を変える案が見つからない。
機材のカプセルの中にある業・魔核がその色が金色へと変わった。残された時間は後1分程度。間に合わないと確信したリバーは、消える存在を見届けるために向き直った。
鼓動が響き渡る中、笑顔のオズワルドがいた。これまでの憎たらしいものではなく、温かみのあるその表情を見たリバーは、こみ上げてきた感情を押し込める。
「これが稀代の天才、オズワルド・ゲーニッツの最後です。いやはや、感動的ですなあ。散り際も完璧な自分自身に惚れ惚れしてしまいますよ」
「……最後までその態度は変わらないんだね」
「何をいいますか。これこそが天才の態度というものです。自らを褒めたたえることに何故抵抗する必要があるのですか? あなたももっと自分を誇りなさい」
「う~ん。どうかなー」
リバーがそう言いながら首を傾げた後、魔導陣から光の渦が発生し始めた。溢れ出す光の粒子は部屋の壁を突き抜けて、世界全体へと広がっていく。
レギオンが消えていく。役目を終えて満足しているような誰かの視線を感じながらも、リバーはしっかりと目の前を見据えていた。
魔導陣が端の方から徐々に消え始めている。それとタイミングを合わせるように、渦の中にいるオズワルドの体も足から粒子となって空中へと分散していく。
痛みとかそういったものはないようだ。その笑みは変わることなくリバーに向けられている。リバーも、逸らすことなくそれに応えていると、オズワルドが思い出したように口を開いた。
「新世界を頼みますよ。私は先に行って見守っていますので」
「……分かったよ、『父さん』」
最後のリバーの一言を聞いたオズワルドは、自らの人生の中でも最高クラスの笑みを浮かべた。満足げな笑い声を上げようとしたところで、その姿は完全に消滅していった。
光の渦が消え、魔導陣も無くなった。金色に輝いていた業・魔核もその内部の魔力を全て使い切り、役目を終えて使い物にならない鉱石へと変わっていた。
不思議と涙は出てこなかった。それ以上に、自らに課せられた新たな『役割』に全力で取り組もうという情熱が燃え上がっていた。
犯罪者であることは間違いない。だが、その罪を償うためにも、自らのこの才能を遺憾なく発揮してこの新世界に貢献する。どんな困難であっても乗り切れる気がする。
薄暗い部屋の天井を見上げ、リバーはつぶやいた。
「ありがとう。頑張るから、見ててね」




