第七十二話 ホログラムの回答
「それでは、私から質問させてもらおう」
『レオさんか。どんなことだい?』
端末を見下ろす形でレオがホログラムに問いかける。その声が聞こえやすいように、少し顔を近づけた。
「因子が覚醒するといったが、きっかけはあるのか?」
『んー。それは人それぞれかな。学校通う中でとか、旅の途中とか、お風呂入ってるときとか、多種多様だね。でも、その人物が相応しいと判断されなければ覚醒はしないみたい。もちろん、ここにいる皆も因子はあるよ』
「では二点目、その全員が君のように『役割』を持っているのか?」
『いや、それに関しては覚醒した中でもさらに限られた人しか持ってないみたい。抵抗力ズが書いた報告書にあった『真の目的』だと思うよ』
「そうか。では最後の三点目、覚醒した者同士は何か繋がりがあるのか?」
『さっきもちらっと言ったけど、覚醒した者同士は家族みたいな見えない繋がりを持ってる。だから、自然と大まかな位置が分かるんだよ。この繋がりは隠蔽術とかで隠せるけど、徐々に綻びが生まれてくるから、その僅かな残り香をたどってばれちゃうんだよね』
「なるほど。ありがとう」
『どういたしましてー』
満足した様子のレオは顔を離していった。それに対してホログラムは笑顔で手を振る。
ほとんど考える様子もなく、素直に返答してくれるホログラムは、次の質問をまだかまだかと待ちわびている。年相応の少年っぽいしぐさに、端末を持つアイザックは頭を掻きながら問いかける。
「お前さんは、いつ覚醒したんだ。その姿だと、かなり早い段階だったみたいだが」
『胎児の頃だね。まだ僕の母親のお腹の中にいるときだよ。生まれたての時から愛男の知識持ってたから、見るものすべてに興味を持てなかった記憶があるなー』
「……そんなに早かったのか」
『うん。でも、父親はいなかった。赤子の時に聞いた話だと、精子バンクから指定した物を使って僕は生まれたみたい。母親は僕に対してずっと秀才になって私を楽させてとかほざいてたね。たぶんそれなりに頭のいい人の精子使ったみたい』
「何か、すまん」
『謝る必要はないよ。喋れて歩けるようになった時点で、その母親の下からは去ったからね。僕は最高クラスの親不孝者だよ。繋がりを頼りに保護を求めたら、リーダーであるギリアムに会ったんだ』
その時の情景を思い浮かべるかのように、ホログラムは目をつぶって上を見上げた。人工知能とは思えないほどの感情豊かな行動の数々に、ウィンたち4人は改めて驚いていた。
現時点で、カダリアだけでなく、全世界においてこれほど完成度の高い人工知能と、それに合わせて動く人の姿を投影する技術は存在しない。覚醒して豊富な知識を持っているとはいえ、たった1人の少年が作り出したとは思えなかった。
感慨深い表情のまま、ホログラムは続けた。
『レギオンズに加入したのは2歳ぐらいかな。8歳の時に教授のところに潜入したんだけど、潜入直前にそれが信じられなくて6、7歳で加入したとか事実と異なる情報が内部で錯綜してたのは見てて面白かったなー』
「まあ、無理もないだろうな。こんなガキがそんなに凄い存在だとは思えないだろうよ」
それを聞いたホログラムは笑いながら目を開けて、アイザックたちへと向き直った。一通り笑い終えて満足そうにしているところをレインが問いかける。
「お前たちは……、ログネスに協力してたんだよな?」
『うん』
「それはやっぱり俺やウィンを抵抗力としての力を発揮させるためだったのか」
『らしいね。僕が教授のところにいた時に、『穴』が開いたのを確認したみたいで、その中でも最も可能性が高いのを君だと断定したみたい』
「『穴』?」
『そっか知らないんだね。『穴』っていうのは、世界の核と直結してる道のこと。普段は閉まってるんだけど、抵抗力を生み出すときとかの非常時に開くのが確認できるんだ。ちなみに、『穴』の場所は不帰島だよ』
「あそこはそんなに重要な場所だったのか……」
自らの思い人がいる島が世界にとってかなり重要なことだと知ったレオは、驚きつつ口元を手で隠した。
ウィンとレインが新世界に心の中で問いかけてみると、確かに作ろうと思って行動したことは確かだが、それがどういった行程で行われたかは自分でも分かっていなかったらしい。新世界自身も戸惑っている様子だった。
『世界の動かし方は本能的に行われるから、もしかしたら新世界はまだこのことを知らないかも。ちなみに愛男はその穴に特殊な細工を施したみたいだね』
「……そうなのか。それと、さっきその後にらしいだとか言ってたけど、リバー自身は蚊帳の外だったって考えていいのか?」
『たまに交信することはあったけど、ほとんどこっちからの一方通行だったからね。知ることのできる情報は僅かだった。色々なことを本格的に知ったのは教授の下を抜け出す時だったよ』
そういってホログラムは大きくため息をついた。その後の視線は、ウィンとレインに向けられる。その瞳は、どこか恨めしそうなものが感じられた。
『正直に言って、僕は君のことが嫌いだった。ほとんど情報がないまま君を可能な限り監視してるのは面倒だったし、なによりウィンとして過ごしてた君を見つけた時は本当に腹が立ったよ』
「……俺を?」
突然の指摘に戸惑うウィン。それを見たホログラムはさらに大きいため息をつく。
『僕が頑張ってるのに頼みの綱である可能性が高い存在が、何もかも忘れて少女といちゃいちゃ。何かこっちがやってるのが馬鹿らしく思えちゃったよ。その時、死んじゃえばいいとも考えてたね』
「……もしかして、サノゼのシェリーさんを焚きつけたのはお前なのか?」
『ご名答。でも、僕が協力せずともいずれ彼女は行動に移してたと思うし、そうでなくとも自ら命を絶ってたと思う。あの人の精神は首の皮1枚でつなぎ留められてた』
「助けることは、できなかったのか」
『残念ながら。あそこまで深い絶望に満ちた人を救うのは不可能だと断言できる。人は時に強く、時には驚くほど脆弱になるからね』
その返答を聞いて、ウィンとレインは表情を暗くさせた。まだあの人には明るい未来があったかもしれないと考えていたが、そうなる未来がないことを知り、打ちひしがれていた。
自分がしたことが負の連鎖を生み、シェリーを追いつめることとなった。大きく人生を狂わせたことを詫びながらも、それでも生きていくことを自信の中で再確認していく。
ウィンとレインが心の中で葛藤する中、何かを感じ取ったホログラムが少し寂しそうな顔をしていた。
『そろそろ作業も終わりそうみたいだ。僕も少し休憩しようと思うけど、最後に僕から君たちへ伝えておきたいことがあるんだ』
「そうか。言ってみろ」
アイザックの手短な返答を聞くと、ホログラムは真剣な表情へと変わる。先ほどとは全く違う雰囲気が、これから話すことの重大さを物語っていた。
注意深く、ウィンたちはホログラムに耳を傾ける。そしてその口が開いた。
『愛男が言っていたケネスだけじゃなく、僕たちのリーダー、ギリアムも警戒してほしいんだ』
ゆっくり、はっきりと語るホログラム。その言葉の1つ1つに重みが感じられる。
『違和感を感じ始めたのは施設で君たちと交戦した後、拠点に戻ってから。今までするはずのないことをリーダーはしたんだ』
「今までにしなかったこと?」
真剣に話し続けるホログラムに、アイザックが首を傾げた。
『飲酒。リーダーは非常時を考えて酒は飲まないようにしてたんだ。それを突然飲んだんだ。本人は覚えがないっていってるし、記憶も確認すると飲んでないことになってる。でも、直後に出会った僕はその僅かな酒気を見逃さなかった』
「絶対に飲まないんだな」
『絶対に。出会って以降潜入まで健康管理を任されてた僕だから間違いない。もしかしたら、会う機会の多かったケネスから何か影響を受けたのかも』
「ケネスと繋がりがあったのか!?」
驚きのあまり大声を出してしまったウィン。それに対し、ホログラムはゆっくりと頷く。
『リーダーとケネスはかなり前から協力関係だったみたいで、今回君を監視してた時にも何度も交流してたみたいなんだ。実際その現場を見たことはないけど、かなりの頻度で会ってたはずだよ』
「マジかよ。一体どこで繋がってたんだ……」
『それは僕でも……って、うわわ! 先にこっちの限界!? ちょ、まだ話し終わって――』
「!?」
突然ホログラムが消えてしまった。アイザックが急いで端末の電源ボタンを押すが、反応はなかった。
周囲でその様子を見守るウィンたちは途中で終わってしまった会話が気になって仕方がない。何とかならないかと見守る。
しばらくして、端末以外にも自らの格納方陣内部も確認し終えたアイザックが大きくため息をついた。端末を持っていない左手で悔しそうに頭を掻く。
「……動力切れだ。この端末と同調してた内部の魔核も全部すっからかんのゴミになっちまった。どんだけ消費量デカいんだこの人工知能は。ああ、局に戻って補充するの面倒くせぇ……」
うなだれるアイザック。心底嫌そうな特大のため息をつく。落胆したその様子に、レインが問いかける。
「あのホログラム、リバーとはまた話せるんですか?」
「分からん。復旧後にまず無事かどうか確認しないと……。はあ、いいところだったのに――」
愚痴を漏らしている途中で、アイザックは止まった。それだけでなく、異変を感じ取ったウィンたちもその場で意識を研ぎ澄ました。
鼓動の音が聞こえてくる。かなり近い場所で。それは、扉の向こうから聞こえてきていた。その音は不思議と温かく感じられた。やがてそれは範囲を拡大していき、部屋だけでなく、新世界全体へと伝わっていく。
2人の天才によるレギオン消滅の術式の行使が始まろうとしていた。




